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でこぼこ道に光さすオネエ三人の自分語り

キアヌの松葉杖――マサヤ語る

びっくりしてるヒマなんかないよ。
銃声が聞えたら、反射的に伏せないと。
 
デトロイト駐在の商社マンなんて、聞こえはいいかもしれないけど、不安ばかりでね、ふるえながら生きてた。
 
ところがある朝――
テレビのキアヌ・リーブスに見とれちゃって……
コーヒーポットをとり落としたの。
運わるく足の甲を直撃、大やけど。
松葉杖で通勤するはめになっちゃった。
 
そしたらね、その日から、世界がぱっと一変したの。
バス停までよろよろ歩いてると、車がとまって、
「おこまりでしょ。お乗りなさい」
それも一台や二台じゃないんだから!
バス待ちの列のうしろにつくと、みんなして先頭をゆずってくれる。
バスがきたら、席を立って手をさしのべてすわらせてくれる。
エレベーターに乗るときも、ドアをあけるときも、スーパーで物をとるときも、そばにいる笑顔がいつも助けてくれる。
サンキューてわたしがいうよりさきに、
「ひとに親切にするチャンスをあなたはわたしにくれました」
サンキューて、こっちが言われたわ。
 
健康なうちは、わたしにとってデトロイトは危険と恐怖が支配する暗黒都市だった。
なのにひとたび杖をつく弱い身になってみると、そこは、いたわりの光が照らすきらきらした街だったの。
日本はやさしい善意の国でアメリカはおっかない悪意の国。
そんなふうに裁く気持がみるみる溶けていってね。
世界が焼き直されるっていうの?
見えてなかった世界があらわれたみたいでさ。
そのあとは、おだやかな気持で毎日をおくったわ。
松葉杖は心の目からうろこを落とす魔法の杖だったのね。
杖をおくってくれたキアヌに、愛をこめてサンキューよ。


茶色のランドセル――ツキヒコ語る

ワクチン?
打った打った。
いくつになってもいやなものね、注射ってやつは。
 
注射といえば、わたし、小さいころカゼこじらせて、こんなぶっといの打つはめになったの。
まくりあげたわたしの細腕に、お医者が針つき立てて言ったわね。
「男だもんな。痛くないよな」
男だって女だって痛いにきまってるじゃない!
わたし、ぎゅっと目をつむった。
つむった目から涙ぽろぽろ。
しまいにわんわん泣いちゃった。
自分でびっくりするくらい。
いまにして思えば、あれは注射の痛さより、男だからああしろとかこうするなとか、ひとが決めた窮屈なわくに押しこめられるのがつらかったのね。
 
わたし、ランドセルが茶色だったの。
かわいがってくれたおばあちゃんが買ってくれた牛革よ。
でも当時、ランドセルは黒か赤。
男は黒で女は赤。
学校広しといえど、わたしだけが茶色なの。
いじめられたわ。
ヲトコヲンナ! 茶色のかばん!
男子はわたしを棒でつついた。
女子はそれ見て笑ってた。
わたしはもちろん、めそめそ泣いた。
泣きぬれて、わたしはひとり、くる日もくる日も、自分と足をからませ歩いたわ。
ほかのだれともちがう、自分だけの自分とね。
わたしはわたし……わたしはわたし……
おまじないを胸のなかでつぶやきながら。
そうやってるうちに、あらふしぎ。
鳳仙花の種がはじけるみたいに、わたし、わくから飛び出したの。
そこになにが待っていたと思う?
自由を生きる本当の自分よ。
自分とひとつになったとき、こわいものもなくなった。
かがやいてみたら、いじめの闇は消え、友だちも寄ってきた。
 
わたしはわたし……わたしはわたし……
ことばのワクチン、心に一本、おすすめするわ。


でこぼこ道に光さす――サクノスケ語る

過去や未来に「いま」をぬすまれちゃいけないわ。
若いうちは、このさきに幸せが待ってると思うでしょ?
それが年とると、あーあ、いちばんいい時は過ぎちゃったとなげくのよ。
でも幸せって、未来でも過去でもない、いまだけの心なの。
わたしたち、どこか遠い空想の世界じゃなく、いま、ここを、生きてるんだから。
思い返してみてよ。
心配ごとなんて、実現するためし、めったにないわ。
あれはまぼろしみたいなものなのよ。
でも、のぞみはちがう。
のぞみは、ほんの近くでひかってる。
だからって、ふんぞり返っていても、むこうからはきてくれない。
多少の忍耐が必要ね。
どんなのぞみもすぐかなうなら、のぞむというすてきな気持も用なしだわ。
よろこびの予感も味わえない。
ひたむきな努力もありゃしない。
忍耐ってね、信じる心なの。
山は動くとすなおに信じて、石をひとつひとつ運ぶこと。
小石でもいい。
つらい時は、ひとつぶの砂でもいい。
毎日、運ぶの。
ほめられるためにやるんじゃないわ。
うまれてきたのは、ひとの期待にこたえるためじゃない。
それぞれがみつけた自分の道を歩くため。
もちろん道はでこぼこね。
つまづくこともしょっちゅうよ。
だからこそ、強くなれるの。
わたし、どうかラクな人生をおくらせてくださいって、天の神さまに願ったりしない。
苦しみを乗りこえる力をお与えくださいって祈るのよ。
そんなふうに歩く自分の道にはさ、ふと見れば、あちこちかわいい花が咲いてるの。
そういう小さなおくりものに、感謝すればするほど気づくわね。
幸せだから感謝するんじゃなくて、感謝するから幸せになるんだって。
のぞみは、自分の道を歩くときだけ、夢のようにかなう。
いつしか道は、透明な光のなかにある。


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