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【読書感想文】「地獄堕ちの朝」フリッツ・ライバー著

冒頭がメッチャかっこいい短編時間SF小説を読んだ。まさしく「最初からクライマックス」――文字を追うだけでテンションがあがる作品というのがあって、本作「地獄落ちの朝」も例外ではない。

(注:最初からクライマックスは、東映の特撮作品「仮面ライダー電王」にのセリフで、フリッツ・ライバーの短編小説「地獄堕ちの朝」とは関係がありません)。

 時間旅行ってやつは、血湧き肉躍るような子供っぽい楽しみとはかぎらない。おれの場合、そいつがはじまったのは、額に神秘的なしるしをつけた女がホテルの寝室、おれが酒瓶といっしょに隠れていたホテルの寝室の開いた戸口からこっちを見つめて、こう訊いたときだった。
「ねえ、バスター、あなたは生きたい?」

フリッツ・ライバー(中村融 訳)「地獄堕ちの朝」
(中村融 編『時を生きる種族』東京創元社、2013に所収、p215)
(原作の初出は1959)

分量はというと、約16000字。ざっと以下のように計算した。

42文字*18行*22頁=16632

あらすじ

(この見出しの中では、全体で75%くらいのところまで触れます。伏線はあっても対応する結末はない、という意味でネタバレは無いです)

先ほど引用した冒頭部が示すように、本小説は一人称の時間SFだ。主人公は酒に溺れていて、その語りは雄弁だけどなんとなくぼやけている。

あらすじを短くまとめると、以下の通り。

酒で朦朧としたどん底の男は、謎の美女に出会い、生きることを選んだ。女は現在・未来・過去を改変する「蜘蛛スパイダー」なる組織の一員だった。女曰く、男の生命線を時空連続体から切り離し、四次元の自由を与えたのだとか。男は訳のわからぬまま入団テストに飛びこみ、時空を翔ける。

主人公はどんな人?

短くまとめれば、アルコール依存に苦しんでいる男性、ということになる。主人公はアルコール依存の禁断症状に苦しみながら「だれかを殺したか、瀕死の彼だか彼女だかを放置してきたばかり」(p216)と記憶を絞り出している。

このように、主人公は誰かを殺したらしいが仔細を思い出せないという背景があるので、本小説をSFミステリということもできるかもしれない。誰が殺されたのか、という疑問で引っ張るミステリだ――私はミステリに(も)弱いので見当外れなことを言っていたら申し訳ない。

余談

再読してみて、初読では見落としていた伏線に気づいたときの瞬間は気持ちよかった。

それにしても、主人公の名前は何というのだろうか。「バスター」のようで「バスター」ではないらしい。

本小説の英語版が電子書籍になっている。この短編一本だけでの電子化。以下のプレビューを見ると「バスター」の綴りは”Buster”だ。バスター・キートン(Buster Keaton)のサイレント映画がヒントだったりするのだろうか?

感想

気に入った描写

冒頭部分以外で、ぐっときた描写をあげるなら、以下の描写だ。

(引注:エレベーターの)ケージはフロアをふたつ半降りて止まった。戸口は、立坑のくすんだ紫色の壁にふさがれていた。

前掲書p221

つまり、著者はケージは階と階の間で止まったというかわりに、ふたつ半と表現している。この「ふたつ半」という数を使った描写を私は気に入った。

ライバーの魅力の一つは数を使った描写だと、私はなんとなく思っている。たとえば「ランクマー最高の二人の盗賊」(『妖魔と二剣士』所収)や「骨のダイスを転がそう」(『跳躍者の時空』所収)のように。そうした数の技巧を本作でも読めて、私はとても嬉しい。

ちなみに「骨のダイスを転がそう」は『危険なビジョン〔完全版〕2』にも収録されているらしい(と、ぼかしてかくのは筆者が危険なビジョン未読のため。エリスンの序文のために買おうかな…)

また、主人公が組織に入るためのテストを受けるまでの会話も、私のお気に入りだ。なぜ気に入っているのか?遠回りをして書くと、一般的に、何かに入るためのテストというのは志願して受ける。だが、本小説の主人公は志願らしい志願をした様子もない。

強いて言うなら、以下のセリフがあるだけだ。

「わかっていたと思う―つまり、組織に加わるんだってことは―あんたの最初の質問に答えたときに」

前掲書p222

つまり、男が拒絶とも同意ともいえないことを述べたら、スカウトの女が同意として受け取った、というように読むことが出来る。

このあと、会話の流れは組織とはなにかと、いうことに移って、加入するかどうかの話はもはやでてこない。

以上のように、この場面は、あいまいな雰囲気のまま合意が形成される場面といえる。このように曖昧なまま次の段階へと進む会話から、私はなんともいえない本物らしさを感じ取った。

感想*ネタバレあり*

疑問

結末部分を読んで、私は二つの点が気になった。

なぜ、男は「その記憶にしがみついた」(p236)のだろうか?

男は、その記憶にしがみついた理由として、以下のように述べているが、これはどのような意味だろうか?

自分がどちらの側であっても、永久に闘いつづけるしかないとわかったのだから。

前掲書p236

私がぼんやりと思ったのは、以下のようなことだ。男は生まれ変わった自分の境遇について慰めを見出そうとしたり、あるいは思考を停止させて平穏を得ようとしたりするために、その記憶にしがみついたのかもしれない。

男は何にしがみついたのか?

さて、その記憶というのは何か? 女が「あなたが生まれる、あるいは生まれ変わる先の側が”正しい”のか、あるいは”善”なのかはけっしてわからない」(p236)と述べたことだろう。

上記の女の言葉が最初に登場するのは、もっと前すなわちエレベーターの中での説明の場面である(p223)。

エレベーターの中で、女は以下のように述べていた。この言葉は3つの部分にわけることができる。

「(1)本当に大きな組織なら、よく見せるまでもないわ。(2)あなたが生まれる、あるいは生まれ変わる先の側が”正しい”のか、あるいは”善”なのかはけっしてわからない―(3)あなたにわかるのは、それが自分の側であり、生きて、仕えるうちに、それについて学び、意見を持とうとすることだけ」

前掲書p223(強調と括弧つき数字は本記事の筆者による)

このように男は、女から聞いた言葉のうち一部分だけすなわち(2)の部分だけを、記憶から引き出した。言い換えれば、男は自分が何物に生まれ変わるのか分からないことに執着したといえる。

このさき何が分かるかについて、男は何の関心も示していない。

なぜそれにしがみついたのか?

繰り返しになるが、男は(2)にしがみついた理由として「自分がどちらの側であっても、永久に闘いつづけるしかないとわかったのだから」と述べている。

この(2)を対義語を使って書き換えると、以下のようになる。

あなたが生まれる、あるいは生まれ変わる先の側が、”誤っている”のか、あるいは”悪”なのかはけっしてわからない。

ここまでの流れをうけて、私は以下のように想像した。

男は、蜘蛛スパイダーの一員として永久に闘い続ける運命を受け容れるにあたって、自分が悪を成しているのだと証明されることはあり得ないと、いうことを慰めにしようとした。男は慰めを得るために、これから自分が何を学び、何を考えるかについて、意識を向けないことにした。

付け足すと、結末に到るより前、テストを終えた段階で男は、四次元の自由を行使できるようになって万能感に酔っており「すべての時間と空間がおれの私有地であるかのようだった」(p233)と、述べるほどだった。

しかし、その万能感のあとで男は、ある事実を確認して、結末部分に到って、万能どころか絶望に近い無関心となった。

結末部分では、四次元の自由を行使できる(おそらくは未来を知ることすらできる)という万能感が、男から消え失せているようだ。この万能感が消え失せていることを根拠に、男は「これから」に意識を向けていないと、いうことが出来るような気がする。

ちょっとだけ現実臭いことを書かせてもらうと、自分が所属する組織(あるいは集団、国家、地域、グループ、コミュニティ、適当な言葉を放り込んでもらえればなにより)が善に向かっているのか悪に向かっているのか、ということへの悩みというのは、わりとありえることかもしれない。

余談

正しいとか善とかいう単語と、蜘蛛という単語を並べたとき、私はふとおもった。著者ライバーが組織の名前として「蜘蛛」を採用した理由は、読者のいる世界に現実に存在する生物としての蜘蛛が、正誤、善悪とは無関係という意味での中立だからかもしれない、と。

たしかに、ある事物が中立だからといって、その事物の名前を拝借した組織が中立とは限らない。

しかし、中立とは限らないからといって、善とも悪とも断定できない。主人公が属する組織の善悪や正誤は、謎に包まれたままだ。

そんな謎の組織には「蜘蛛」という中立の名前がふさわしいだろう。

話は変わって、本作を読んでいたら、同じく同じくライバーの「影の船」(『猫は宇宙で丸くなる』竹書房、所収)を連想した。どちらも一人称で曖昧な語り手である点が共通で、私は「影の船」もスキ。


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