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【読書感想文】「魔女の逃亡ガイド―実際に役立つ扉ファンタジー集」アリクス・E・ハーロウ著 原島文世訳

どんな作品?

司書は少年を救えるのか?たとえ規則と掟を破ってでもと、いうお話。

あるいは、魔女の逃亡ガイド。

と、書くと表紙に「パニくるな」と書いてあるガイドブックみたいに聞こえてしまうかもだけど(あちらも役に立つことは言うまでもないのだが)、本作が言及する本のだいたいは実在する本だから、まさに本作はブックガイドにしてポータルだ。

(扉とファンタジーという点で、みんなのフォトギャラリーから画像を拝借しました。ありがとうございます。うさぎは招いているのか?それとも、こちらへ来たがっているのか?と、想像して楽しませていただいてます)

書誌情報など

あらためてこの作品の書誌を紹介すると、以下のとおり。

アリクス・E・ハーロウ著 原島文世訳「魔女の逃亡ガイド―実際に役立つポータルファンタジー集」(『SFマガジン』2021年8月号に所収、原作の発表は2018年)

本作は、区切りの記号に応じて10のセクションに分けられる作品で、文庫本見開きにして約10ページ半。

28字*25行*2段*13頁-(28*25*2)=16800
16800/1600=10.5
(引き算は解説と広告の部分を引くためのもの)

人によるのだろうけれど、本記事の筆者は小説と言ったら文庫本という感覚がなかば染み付いているので、なんとはなく文庫本という尺度にあてはめたくなる。短編のなかでも短い部類のはずで、分量の上でも文章の上でも読みやすくてかつ、素敵な言葉がたくさん入っている。

§

著者のブログによると、雑誌に掲載されたあとで、Cast of Wondersというウェブサイトでreprintされたとのこと。Cast of Wondersを見たら、なんと全文がまるごと掲載されててびっくり。

宣伝のため?短編を無償公開というのもよくある話になりつつあるのかも。

ここが素晴らしい

本作の何が素晴らしいって、逃避を否定しないことだ。「貴重な羽を広げ、どこかほかの世界の光にきらめかせるまで」逃げてもいいんだよと、語り手(わたし)は言ってくれる(『SFマガジン』2021年8月号、245頁下段、以下ページ数を出したときはSFマガジンのものをさします)。

また、本作には良い響きの言葉がたくさんあって「最終章に午前三時の懐中電灯のにおい」(244頁下段)だなんて、それそれと笑顔で頷きたくなる表現である。夜ふかしして読書する子どもは、部屋の照明を使わずに(使えずに、というべきか)読書するのだ。

ほかにもあって、たとえばパリやティンブクトゥの図書館について述べるくだり(247頁下)は、思わず手で筆写したほどに愛おしい。

本作は、こうした過去へのロマン(憧れ、そこへ行きたいという、おっかなびっくりな願望)をもつ一方で、ラードが必要な料理本、1960年代に埋め立てられた公共プール(242-3頁)について語ることで21世紀の感覚も備えている。脱帽。

§

さて、こうしたメインの流れとは別にあるお楽しみのひとつとして、本作品の表題にもなっている『魔女の逃亡ガイド―実際に役立つポータルファンタジー集』という<本>はいったいどんな本なのだろうと、想像をめぐらせるという楽しみがあるとおもう。

249頁下段の記述からして、<本>たちの中には紀元前にまで遡るものがあると、みて差し支えなさそうである。

また、<本>の一つである『魔女の逃亡ガイド』は広大な時間と範囲にまたがる内容をもっている(247頁下)。

ガイドは、ある時点で一気呵成に編纂されたのだろうか?システム手帳みたいに、累代の編集子たちが時間をかけてページを足していったのだろうか?いや、装丁の描写(252-3頁)からして、リングは入っていないだろう。

もしかすると、遠い昔に編纂された本で、編纂時点より未来のこと、まだだれも知らないはずのことを書いた本なのかもしれない。

§

ところで、ガイドは*いつ*出版されたのか?

出版年(252頁下)を見ても???が増えるばかり。どうやら、舞台となるユリシーズ郡の公共図書館システムは、西暦を入れることが予想されそうなフィールドに数字以外も入力できる設計にしてあるようだ。

結局のところ『魔女の逃亡ガイド』がどんな本なのか、かすかな手がかりをもとに空想するほかないのだけれど、短編小説「魔女の逃亡ガイド」は現に手元にある。翻訳、出版、物流などなど、関係した皆様に大感謝です。

よもやま

1.
本作の途中(251頁)に広告があって、どんな広告かといえば「記憶を保管する図書館」が登場する作品「館内紛失」をおさめた『わたしたちが光の早さですすめないなら』の広告である。図書館が舞台の小説にぴったりの嬉しい広告。

2.
本作の舞台であるユリシーズ郡というのは、架空の土地だろうか。カンザス州にグラント郡が存在するが、本作の舞台である南部とは離れているようにおもう。

3.
本作では、図書館が著者名に応じて割り振る記号としてアルファベット3文字が出てくる。たとえば、ル=グウィンならLEG、デュマならDUMというように(242, 246頁上段)。こうしたアルファベット3文字からはゲームブック「ソーサリー」シリーズの魔法を連想した。

4.
本作の原題は「A Witch’s Guide to Escape: A Practical Compendium of Portal Fantasies」で、このCompendiumという単語からダンジョンズ&ドラゴンズのルールブックが連想できて、またまた魔法の匂いがたちのぼる。

翻訳に際して「集」となったのは、たぶんp240の挿絵に調和する段組にするためだとおもう。

5.
本作に登場する本のうち、以下の三点が実在するのかどうか、ググっただけではわからなかった。断言できる根拠はないのだけれど、著者のハーロウ氏は、著者名または書名のどちらかを、変えているような気がする。

『逃げ出した王子』、<タヴァラリアン年代記>、『もうなにもかもどうでもよくなるとき―うつ状態にある十代の若者が生き抜くためのガイド』。

5.
ファンタジー、逃避、扉という点で、C.A.スミス「柳のある風景」(井辻朱美訳『イルーニュの巨人』収録)を思い出して読み返した。


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