記事に「#ネタバレ」タグがついています
記事の中で映画、ゲーム、漫画などのネタバレが含まれているかもしれません。気になるかたは注意してお読みください。
見出し画像

【読書感想文】シーベリー・クイン「道」初読

どんな作品?

子どもたちにお馴染み、あの人の来歴を解き明かす短編ファンタジー小説。

どうすれば読める?

「道」(以下、本作)を収録している物理書籍あるいは物理雑誌で読める。

筆者は『幻想と怪奇 7』(新紀元社、2021)で読んだ。
発表は『ウィアード・テールズ』1938年1月号(前掲書による)。

シーベリー・クイン著 荒俣宏訳「道」(牧原勝志編『幻想と怪奇 7』新紀元社、2021 末尾の注に「風間賢二編『クリスマス・ファンタジー』筑摩書房(1992)より再録」とあり)

なにか発見があるかなとおもって、本作の分量を概算してみると、文庫本見開きにして約24頁だった(あくまでも概算)。
25字×22行×2段×36頁÷(40字*40行)=24.75
タテ書きかつ、紙で読むという点では、いい感じの分量だと思う。

よもやま

シーベリー・クインの生没年は1889-1969。
生年だけを見るとラヴクラフト(1890-1937)と同年代の作家。

「道」は、これまでいくつもの媒体に収められてきたようなのだけど、恥ずかしながら本記事の筆者は2021年になるまで全く「道」を知らなかった、どころかシーベリー・クインの名前すら知らなかった。それでも本作を存分に楽しめた。

これを機にシーベリー・クインについて、ある程度は調べておかねばと、SF encyclopediaにあるクインの項をDeepL翻訳にかけてみた。

それによると(以下、おおまかにまとめてます)

・ウィアード・テールズは、クインの作品を100以上掲載していた。
・うち93はオカルト探偵「ジュール・ド・グランダン」ものだった(*)。
・クインは兼業作家で、霊安室関係の弁護士(**)でもあった。
・葬儀社むけの業界紙の編集を15年ほどしていた。
・「道」は1948年にアーカムハウスからも出版されている。

*復刊する前、最初のウィアード・テールズの1923年3月号から1954年9月号までの約31.5年で93本、単純に平均すると1年に3回は「グランダン」ものを書けていたということ。書けるというだけでも凄いとおもう。

**本記事の筆者には、いまいち意味が取れなかった。相続のことだろうか?
なお、この項目には「道」そのものへの言及はなく書誌があるのみだった。

つづいてオカルト探偵(Occult detectives)の項も翻訳にかけてみた。

かなりの分量があって、筆者には難しい内容。おおまかにまとめると、

・19世紀のイギリスと、アメリカでのオカルトへの関心が、オカルト探偵の土壌となった。
・オカルト探偵自体は「ジュール・ド・グランダン」もの以前からあった。
・タイタス・クロウもオカルト探偵に含まれる。

§

せっかくなので「ジュール・ド・グランダン」ものの一つ「影のない男」(1927年発表、仁賀克雄編『吸血鬼伝説』原書房、1997に所収)を読んだ。


*ここから下は「影のない男」のネタバレを含みます*


同作は、禁酒法時代のアメリカを舞台に、探偵が吸血鬼と闘う短編。
人々の営みに、なんとはなく時代の雰囲気を感じる。

たとえば、ミニスカートが挑発的とされていたり、サックスとピアノで人々が踊っていたりといったところに(『吸血鬼伝説』p158)。つまり、アコースティックなジャズで踊ったり、ホットパンツがまだ無かったりする時代のお話だ。

本記事の筆者にとってはこれがはじめての「グランダン」もの。同シリーズについて高い評価を見つけることはできなかったのだけれど、「誰がやったか」について一捻りしてあるところは、さすがプロだなあと思う。

最後に、比較的新しい情報を。「道」は演劇にもなったらしい。アメリカのStained Glass Play houseという劇場で、1991年に上演されて、さらに2020年には、同劇場で朗読劇にもなったとのことだ。

本記事の筆者が知らなかっただけで、きっと、「道」は根強い人気を保っているのだろう。なにせ「あの人」が題材なのだから。グーグル検索やツイッター内検索をすると、ファンの声がいろいろと見つかってうれしい。

話が飛ぶけれど『幻想と怪奇 7』に収録されているウィアード・テールズの表紙絵をみると、表紙のフォントを変えると印象も変わると、いうのがよく感じ取れる。

感想(ネタバレあり)

まず最初に、楽しく読ませて頂いた感想ブログのURLから(リンク先のエントリにも、多少のネタバレがあります)個人的には、こうした感想ブログを見つけるのも読後の楽しみのひとつ。

新・凡々ブログ「死者との誓い」https://byakhee.hatenablog.com/entry/20210223/p1 2021/2/23掲載 2021/12/3アクセス

SilverFish Files「クリスマス・ファンタジー」 http://sfish.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-cde1.html 2010/12/14掲載 2021/12/3アクセス

さて、筆者の感想はというと(感想にしては堅苦しく、批評あるいは研究には到底及ばない粗さで恐縮なのだけど)

まず、主人公の登場シーンがヒロイックファンタジー風で抜群のつかみだ。主人公は、襲いかかってきた輩をやすやすと返り討ちにしてのけ、それでいて殺しはせずに追い払い、星空を見上げて古詞をつぶやく(『幻想と怪奇7』216頁下段)。

この出だしのおかげで、本作の主人公は、ただ腕っぷしが強いのではなく、内面も豊かな人物だと分かる。

そんな、血と汗の臭いがするオープニングが、最後には心温まるエンディングに結実するのだ。素晴らしい。

余談だけど、連想した作品がある。「燃えよドラゴン」だ。時代背景がぜんぜん違うながらも、(ブルース・)リーは、月を指差すことについて若者に教えることでもって、文武両道の主人公であることを見せたと思う。

§

始まりと終わりの間を見ると、運命(あるいは使命ミッション)が主人公の在り方を定めてはいるものの、要所では主人公が自らの意志で動く。

たとえば、赤子連れ夫婦を助けたのは、まぎれもなく主人公の意志だ。赤子を助けたあとの場面から例をあげるなら、十字軍による虐殺を止めようとしたり、冬場に子どもたちへのプレゼントをこしらえたりと、いった点だ(『幻想と怪奇7』220頁上、242頁上、244頁)。

運命に流されるだけではない、主体的に善をなす主人公なのだ。

個人的には好きなタイプの作品だ。たしかに、気持ちがどん底のときに読んだら、筆者もつらい思いをするかもしれない。だが、ちょっと弱ってるときなら、こうした作品は筆者をエンパワーしてくれる。

§

ところで、本作は「この」地球上の(大まかな意味で)古代〜中世を舞台設定としている。

以下もまた、一個人の好みの話になるのだけれど、本作は「既存の」ものに結びつく作品だからこそ、本記事の筆者の琴線に触れたのだとおもう。つまり、地中海世界の歴史、西欧の文化、北欧の神話といった「既存の」ものに、本作はつながっているのだ。

物語、小説、神話の区別は筆者の手には負えないけれど、「既存の」という変数には古今東西の歴史、アーサー王伝説、ケルト神話、八尺様などなどが代入できる。

とにかく、シーベリー・クイン「道」は、発表から80年以上たったいまでも、十二分に楽しめる名作で、読めてよかった。再録するという決断をしてくださったことに感謝です。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?