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ファンタジーの水源「サガ」を読んでみた

指輪物語やコナンがペーパーバックになるまえ、ファンタジーに飢えた人はサガやゴシック小説を読んでいた、という文章をどこかで読んだ気がする。

どこで読んだのかと、手元の本をあさってみたけれど、どこにも見当たらない。英米のヒロイックファンタジーのうちどれかだった気がするのだが、どこにも見当たらない。

ひとまず、先人たちは自分たちのファンタジー欲を満たすためにサガを読んでいたことにするとして、本記事の筆者も先人たちの感覚を追体験したくなった。だから、読んでみた。

(サガといえば北欧で船と、いうことで船の写真をみんなのフォトギャラリーからお借りしました。この場を借りて御礼申し上げます)

どの本を読んだのか?

手にとったのは以下の本。

谷口幸男 訳『アイスランドサガ』新潮社、1979

訳者の谷口幸男先生(翻訳いただきありがとうございます)は2021年に亡くなってらっしゃる。と、下記の記事で知った。

6本収録されてるサガのなかで、ひとまず「エギルのサガ」「グレティルのサガ」を読んだ。

「ヴォルスンガサガ」も読んだけれど、読んだのがだいぶ前で記憶がおぼろげなので今回はノータッチ。本記事はサガとはなんぞやという話でもない。

ある種のファンタジーファンがサガを読んでみた、という記事だ。

サガのヒロイックファンタジーらしさ

あふれるコナンみ、ファファードみ。ページを開けば彼らの前世があった。

エギルもグレティルも、コナンらしいアウトローな生き方をして、ファファードみたいに詩を吟じもする(もちろん順番が逆ではある)。

散文に詩が挿入されるという在り方は、指輪物語のようでもある(もちろん順番がry)。もっと精読すれば、サガの翻訳もしていたE・R・エディスンの『ウロボロス』らしさも感じ取れるかもしれない。

エギルにいたっては一種の「魔法」も使う。エルリック!(ピクシブ百科事典がエルリックの日本語訳事情に詳しい。嬉しい)

(引注:何杯も飲んだあとで毒入りのビールをすすめられた)エギルは短刀を引き抜くと自分の手のひらに突き刺した。彼は角杯を手にとってルーン文字(中略)を刻みつけ、それに血を塗った、彼は次のように歌った。
(中略)
 すると角杯は真二つに割れ、飲物は藁の上に流れた。

谷口幸男 訳『アイスランドサガ』新潮社、1979、p61-62

既に何杯も飲んでいたエギルが、どうして毒杯が運ばれてきた瞬間になって毒の有無を確かめる気になったのかと、引用してはじめて疑問におもったが、読んでいるときは全くスルー。それくらい夢中になれた。

グレティルのサガには「それな」みたいな描写もあって楽しかった。

女の妖怪は傷を負ったときに峡谷の中に身を躍らせたというのがグレティルの話であるが、バールズ谷の人びとは、二人が格闘している間に夜があけて女は石と化し、彼に片腕を切りとられた瞬間にとんで、女の姿をして相変わらずそこの岩の上に立っているといっている。谷の住民たちは冬の間そこにグレティルをかくまった。

『アイスランドサガ』p267、強調は引用者による

こんなふうにグロ描写もでてくるのをみて、ポール・アンダーソンの『折れた魔剣』にもわりとグロ描写がでてきたことを思い出した。

ポール・アンダースン著 関口幸男訳『折れた魔剣』早川書房、2005新装版、1974、原著1954)

サガとファンタジーは(とくにヒロイック・ファンタジーやSword & Sorcery剣と魔法と呼ばれるサブジャンルとは)、必ずしも共通することばかりでもない。

サガは扱う期間が長い。たとえば、エギルやグレティルといった主人公の祖先から始まり、没後のことまで語る。人名と地名もたくさん出てくる。主人公の家系どころか、敵対する人物やその縁者まで出てきたり、舞台があちこち移動したりするからだ。

それでも、サガはまぎれもなく、ファンタジーと呼ばれるジャンルの水源の一つなのだと感じられた。

どのようにすると読みやすくなるか?

本記事の筆者は古典が苦手だ。地名や人名がたくさん出てきてやられる。

そんなときに助けてくれたのが以下の本。

百瀬宏, 熊野聰, 村井 誠人 編『北欧史』山川出版社、1998

巻末の年表や、王の系図が、サガを読む時の助けになった。

そもそも、新潮社の『アイスランドサガ』を見つけるきっかけは以下の本だだった(なにかまた別件で手にとった気がする)。

小澤 実, 中丸 禎子, 高橋 美野梨 編著『アイスランド・グリーンランド・北極を知るための65章』明石書店、2016

巻末に中世文献翻訳のリストがある(p438)。本文はもちろん、このリストのおかげで「なんか北欧神話よみたい」程度のぼんやりした認識でも、サガにたどり着けた。

本記事で紹介した書籍が世の中にでることに関わったすべての方々に、この場をかりて御礼申し上げます。


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