見出し画像

炒飯 〜パラパラとしっとりの狭間で〜

18歳の頃に一人暮らしをすることになり自炊を始めた。

お恥ずかしながら当時の私は油を引くという行為も知らず、卵を直でフライパンに落とし、そのまま待てば目玉焼きができると思って50分放置したところ、白身は全て蒸発し、半熟のまま黒焦げになった黄身だけが残った。

50分も待った理由は、幼い頃に親が「目玉焼きは時間がかかるから嫌だ。スクランブルエッグにしろ」と言ってきた記憶があったから。それで50分くらいはかかるんだろなと思ってしまうほど無知で、この話をした当時の友人からは「死ね」と罵られた。

自炊にあたって一人暮らし向けの料理本を購入。最初に試したのが炒飯だった。

パラパラ炒飯への道

本に載っていたのはゴマ油を使って卵、ネギ、ハムでつくるシンプルなレシピだったので、初心者の自分でもまあ食える程度の仕上がりにはなった。しかし、それ以上の味にもならなかった。

ゴマ油きっついんだよなあ〜とか思ってサラダ油に変えたり、鶏ガラスープの素を入れたりしたんだけど、なんか上手くいかない。味というよりも食感に課題があった。なんかベチャっとするし、フライパンにコメがひっつく。

時は2002年。2ちゃんねるがネット文化のメインストリームだった時代だ。ご多分に漏れず私も2ちゃんで炒飯のレシピ情報を探していたのだけれど、あるとき掲示板に異変が起きた。

「炒飯15」というハンドルネームを名乗る者が、誰に言われるでもなく炒飯のレシピを連続で投稿し始めたのだ。

当時は新参者が下手なことを言うとすぐに叩かれるような風潮があって(今みたいに殺伐とはしてないけどね)、炒飯15も例外ではなかった。彼は物知り風の先輩みたいな口調だったこともあって、叩きのレスがつきまくっていた。

しかし炒飯15は一顧だにせず、淡々と炒飯のレシピを投稿し続けた。20回を超える投稿を終えた頃、そこにはもう誹謗は無く、ただ彼を神と崇める下々の声がぶら下がっているだけだった。

同じく下々の民たる私はそのレシピに感動を抑えきれず、夢中になってテキストをコピーし、windowsの「メモ帳」にペースト、保存した。

彼のレシピの何が斬新だったかというと、今では当たり前のように言われる「フライパンの温度」への言及である。

家庭用コンロは業務用より火力が弱いのでフライパンの温度が低く、ゆえに炒飯がベチャっとなってしまう。火力不足を補うために予めフライパンから煙が出るほど熱しておくべしという教えだった。

実際にしばらく熱してみると、本当に煙が上がった。そこにサラダ油を落とす。トロリと重たく落ちた油はまたたく間になめらかな水のように鍋肌を滑り、一面に広がった。次は卵。落とした瞬間、ジュワという音とともに縁から立った大きな気泡によって一気に膨らみ上がる。気を抜いたら固まるので即座にコメを投入する。フライパンを一度だけ大きく振って卵とコメをひっくり返し、おたまでザクザク切るように混ぜ合わせていく。

ポイントは不必要にフライパンを振らないこと。五徳から離れると温度が下がるからだ。

適当にネギを入れ、味付けは塩・胡椒・醤油のみ。頃合いを見て皿に移す。

黄金色の、香ばしい、パラッパラの炒飯が完成した。フライパンには一粒のコメも残らず、洗いたてのような艶を放っていた。あまりに感動して、その後は炒飯15の教えが自分の基礎となった。

しっとり炒飯への道

それから15年以上の月日が流れた。

私はある疑問から逃れられなくなっていた。「炒飯15のレシピは美味い。けれど、これは私の好きな炒飯ではなくて、なんか円卓とかがある中華料理屋で出てくるタイプの炒飯だ。私が食べたいのはもっと、ラーメン屋で出てくる感じのチープなやつだ」

15年の間で炒飯の美味しさの秘訣が旨味調味料(味の素やハイミー)であることは突き止めていた。しかしまたしても問題は味ではなく食感にあり、あのパラッと感が今となっては攻略すべき課題になっていた。なにしろ温度を下げるとベチャッとなるわけで、どうすれば良い塩梅の食感になるのかがわからなかったのだ。

ちょうどその頃、「町中華」という言葉が広く認知されるようになっていた。同時に町中華で食べられる炒飯にもスポットが当たり、それは「マツコの知らない世界」で「しっとり炒飯」の特集が組まれたことで一つの文化としての地位を確立したものと思う。その様子を見て、私が抱いていた疑問はおかしなことではなかったと確信した。

ラードを使う、あらかじめ卵とコメを混ぜる、マヨネーズを加える、醤油を増やすなど、さまざまな方法を試したが全然うまくいかなかった私に、天からの啓示があった。それが下記のまとめである。

ここで重要なのは「中華スープを入れる」「唐揚げに使った古い油を使う」の2点。

実はどちらも過去に試したことがあった。しかし前者はベチャってしまい、しかも「中華スープっぽい味」になってしまった。後者はあまりにも油が汚くて臭かったのでうまくいかず、いずれも失敗だったのだ。

ただ、ベチャるなら中華スープを入れる量を減らせばよかっただけだし、油が汚いのは保存前に揚げカスをキレイに除去できていなかったからだ。ベストを尽くせていなかった。

そういうわけでこのたび、ニューヨークにおりながらにしてこのレシピを試してみることにした。

実食

つくって食った。

写真も撮ってないんですけど、結果から言うとかなり美味しかったです。

もう少ししっとり感が欲しいなとは思ったけど以前のようにパラパラではなく、理想には近づいていた。家に味の素が無いので旨味は足りないが、なんとなく「これに味の素を足すとヤバい」と容易に思い描けるほどの完成度だった。

どのように作ったか、私のケースを記しておく。

●コメ
炊きたて。150cc(1合弱)を片手鍋で炊いた。1合だと多すぎて調理がもたつく。水はほんのちょっと少なく、硬めの炊きあがりになるように。

●調味料など
・油:肉を炒めたサラダ油の残り。ゴマ油、ラードは使わない。
・醤油:小さじ1程度で。鍋肌ではなくコメに直接かけた。
・塩こしょう:ふつうの味塩こしょう。
・中華スープ:味王という味覇の類似品。予め熱湯で溶いたのをスプーン3杯程度。足りない気がしたので次回は4杯入れようと思う。
・味の素:今回は無し。

●具材
・卵
…のみ。家に何も無かったので。その代わり2個使った。まあ十分美味しいよ。


おわり。

この記事が参加している募集

いただいたサポートは、記事かマンガをつくるために必要な支出として使わせていただきます。いつも読んでいただき、ありがとうございます!