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【登山道学勉強会】登山道に関する最新研究2023④ #21

登山道に関する日本の最新研究を紹介 その4

今回は「ロングトレイル」に関する研究の紹介となります。「登山道」と「トレイル」は厳密には違うもの考えていますが、登山道の一部をロングトレイルとして利用している場合もありますし、共通している部分や参考になることもあるのと思います。紹介するのは「日本のロングトレイルが持続的に発展するための要件」(山川, 石川, 黒田, 藤田, 難波,2023)です。


日本のロングトレイルが持続的に発展するための要件

抄録
ロングトレイルは,人間と自然の共生,壮大な歩く舞台として日本でも注目を集め始めている.だが,利用者を集め継続的に発展,運営しているトレイルがある一方,困難に直面しているものもある.この違い,すなわち日本のロングトレイルが持続的に発展するための要件を明らかにするために,トレイル利用者,ボランティア,寄付者の観点からトレイルの基礎調査,有識者インタビュー,既存トレイルへのアンケート調査を行った.その結果,ロングトレイルの発展のため適正な組織による各トレイルの維持管理が課題であること,そして「維持管理」「安全の担保」「適正な運営管理」と共に,より普遍性が高く理解・共感しやすい「テーマ性」が重要であることが示唆された.

「日本のロングトレイルが持続的に発展するための要件」
(山川 泰明, 石川 雅士, 黒田 敬祐, 藤田 佑磨, 難波 美帆)

最近では日本でも認知度を得てきたロングトレイルですが、まだまだ新しい文化です。この研究ではインタビューやアンケートを通じて、ロングトレイルが持続的に発展するには何が必要なのかを考察したものとなります。その内容は登山道の持続的な発展を考える上でもきっと役に立つことでしょう。今回はこの研究内容から個人的に印象に残った点をいくつかピックアップして紹介します。


日本のトングトレイルの立ち位置

「日本のロングトレイルが持続的に発展するための要件」をもと一部を抜粋して作成

・米国のロングトレイルは,自然や内面にフォーカスしており,自然の魅力や精神的な成長を重視する傾向がある
・日本のロングトレイルは,地域の文化交流をより含んでおり,地域の文化や歴史に触れることができるという特徴がある
・日本のロングトレイルは自然の利用促進のみならず,地域活性のヒントになりうることを示唆

「日本のロングトレイルが持続的に発展するための要件」

この研究でまず日本のロングトレイルが発展した経緯をまとめつつ、海外の各ロングトレイルとの比較が行われています。ロングトレイルの特色を「身体的充足←→心理的充足」と「地域文化の交流←→自然」という二軸でまとめると、ひとえにロングトレイルと言っても、それぞれ重視されている点は違うということですね。もちろんこれらは明確に分けられるものではなく、場所や部分的に違ってくるだろうと思います。アメリカのロングトレイルでも、例えばアパラチアントレイルなどは”地域の文化交流”が大きな魅力の一つとなっていますね。


普及への課題

・維持管理:ロングトレイルの機能(歩くことを楽しめること)が継続的に提供出来ている状態
・ 安全の担保:責任の所在が明確であり,事故の予防への対策がなされており,実際に事故が生じた際の連絡体制が周知・確立されていること
・ 適正な組織運営:維持管理や安全の担保を目的として, 財源が確保され,人員が確保され,さらに運営のための仕組みが確立されていること

「日本のロングトレイルが持続的に発展するための要件」

今はでは日本全国でロングトレイルが誕生し、新しいロングトレイルの開発が計画されているところもあります。ですが、すべてがうまくいっているわけでもないようです。例えば、「長距離自然歩道」は作ったのはよかったのですがほとんど管理されず認知も利用もされていなかったり、北海道の北根室ランチウェイは2020年に人手やお金、地元の理解などの問題もあり閉鎖となりました。

先行研究をもとにロングトレイルを普及する上で必要な事としして大きく3点にまとめられています。一つは「維持管理」が行われているか、つまりは「持続可能なトレイル」となっているかです。二つ目が「安全の担保」で、事故やそれに伴う責任問題などトラブルに対応できる体制が取れていることも必要です。そして、これらの二つを実現するための人材や財源を確保するためには「適正な組織運営」が作らていることが重要となります。


トレイルのテーマ性

アンケート結果と突合したところ,より普遍的なテーマをもつトレイルでは,利用者数が増 加傾向であると回答されていた

「日本のロングトレイルが持続的に発展するための要件」

この研究では各地のロングトレイル運営団体に対して、持続的な発展に関する項目3点(維持管理、安全の担保、適正な組織運営)、運営に関する項目3点(利用者、ボランティア、寄付者)に関するアンケートが行われました。そのアンケート結果から推察されたのが、テーマ性のあるロングトレイルは利用者が増加傾向にあるということでした。このことからテーマ性が人を惹きつける要因になっているのでは?と推察されてます。

またテーマ性があることで、他のロングトレイルとの違いが明確になり寄付が集まりやすくなったり、利害関係者など関係する 人々の意識が統一されることで管理・運営組織の観点にもメリットがあると考えられます。


持続可能な発展の条件

前述の結果からロングトレイルの持続可能的な発展に必要な条件とは何なのかが考察されています。まず「発展」の定義をここでは”利用者、ボラン ティア、寄付者の推移が現状維持か増加している状態”と仮定されています。ロングトレイルはその地域への経済効果はあるかもしれませんが、”道”そのものがお金を生むものではないため、維持には寄付やボランティアに頼らざるえないという現状があります。

アンケート結果を見ると、発展していると見られるロングトレイルにはテーマ性があり管理・運営組織もしっかりしているという共通点が見られました。このことからトレイルのテーマ性と管理・運営体制が相互作用しているのではないか、という仮説ができます。例えばテーマ性があるから利用者や寄付者も増え、そうすると維持管理も行うことができ、また組織がしっかりすることでボランティアを集めやすくなったり、PRやイベントが行いやすくなります。そうすると利用者が増え…、と好循環が生まれるというわけですね。


登山道とテーマ性

いかがでしたでしょうか?かいつまんでの紹介になりますので、気になった方は原文を読んで頂きたいと思います。個人的に一番印象的だったのは、「テーマ性」が持続可能性に大きく関与しているという点ですね。

今年の山岳業界では富士山に代表されるような、利用過多や遭難事故の問題が大きな話題となりました。利用者を増やすことより入山料や予約制など、いかに制限するか?の議論の方が活発に行われている印象です。山岳管理に携わっている方のなかでは、人が増えることによる破壊や撹乱に問題意識や不安を感じている人の方が多いかもしれません。その一方で予算などの割けるリソースが限られていてる中で、維持管理されず廃道となる登山道もあり、今後は選ばれる登山道淘汰される登山道が生まれてくる可能性もあります。

もしかすると、これらの問題に対して「テーマ性」が解決の一助となるかもしれません。たとえば富士山の周りには「富士山ロングトレイル」が存在します。富士山の登山を規制する一方で、ロングトレイルには富士登山に引けをとらないテーマ性を持って誘導することができれば、富士山にとっても地元の関係者にとってもロングトレイルにとっても、良い状況を作り出せるかもしれません。

一度、自分が関わっている登山道が持ちうるテーマ性とは何なのかを考えてみても良いかもしれません。



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