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短編小説|我慢を止めよう

 食べたいものを食べたいときに片っ端から食べた。嫌いな奴には嫌いと面と向かって言ってやった。便意に苛まれたら、どこであろうとその場で解き放った。今までの私は我慢をしすぎていたらしいので、医者から言われた通りに我慢を止めた。

 ところが、何もいいことが無い。体重は増える一方で、職場では孤立し、満員電車で排泄したら警察沙汰になった。

 医者に文句を言うと、程度を知らんのか、と呆れられた。程度がわからないから私の頭は壊れ、あなたを頼ったんじゃないか。腹が立った私は医者の掛けていた眼鏡を奪い、走って逃げた。

 そのまま海岸まで走り、海に向かって眼鏡を投げようと考えた。そうすれば、少しはすっきりとするような気がしたのだ。しかし、医者は足が速い。後で聞いたところによると、学生時代は陸上部に所属していたらしい。待合室であっけなく捕まってしまった。

 医者は私を押し倒し、馬乗りになって顔を殴った。何発も何発も殴った。誰か止めてくれればいいのに、待合室にいた患者は誰も助けてくれない。きっと、みんなもどこか頭が壊れていたのだろう。仕方なかったのかもしれない。

 私を殴る医者の姿に父親が重なった。彼は毎日のように酔っ払って幼い私を殴った。文句も言わずに耐え続けたのは、我慢していればいつか優しくしてもらえると思ったから。結局、そんな時は来なかったのに。

「これだからイカれた連中の相手は嫌なんだ。はい、次の方どうぞー」

 殴り疲れた医者は私の手からメガネを奪い、肩で息をしながら診察室へ戻っていく。鼻が曲がり、歯もほとんど折れてしまった私は床で大の字になって動けない。

 すると1人の少年が近づいてくる。虚な目をした彼はここの患者らしい。血まみれの私にハンカチではなく、マイナスドライバーを無言で差し出す。どうやらあの医者に腹を立てているのは私だけではないようだ。

「いくら我慢したって、この様だよ。やっちまいなよ」

 今度は少年と幼い自分が重なり、話しかけてくる。あの時、少しでも父親に抵抗していれば、私は幸せになれたのだろうか。こんな後悔をお前にしてほしくない。

 ドライバーを手に、これで歯を奪ってやれば楽しいだろうかと考える。私はゆっくりと立ち上がり、診察室へと向かった。


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