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短編小説|真夜中のプール

 呼び鈴が鳴って目を覚ました。玄関の扉を開けると親友が立っていて、今から学校に行こうと言う。真夜中だけど気分が乗ったので、靴箱の奥からスニーカーを引っ張り出した。

 校舎の屋上にあるプールに忍び込んだ。鏡みたいな水面に満月が輝いている。とても月が近い夜だ。彼がプールに飛び込むと、割れるみたいにそれは弾けた。せっかくなので後に続いてみる。

 勢いよく飛び込むと、気泡が目の前を覆った。その1つ1つが鮮やかに色を宿し、2人のかけがえのない思い出を描いている。きっかけは席が隣になったこと。映画や音楽の話で盛り上がったこと。彼の家で寝そべって古いレコードを聴いたこと。いじめられていた彼を庇って慰めたこと。友情よりも深い感情を彼に打ち明けられて、受け止められなかったこと。

 急に息が苦しくなった。思えばこの1年、ずっと苦しくて何もできないでいた。学校にも行かず、部屋に引きこもる日々。外出したのは本当に久しぶりだった。水の中で動けなくなって、溺れそうになっていると彼が助けてくれた。

 水から上がると2人並んでプールサイドに腰掛けた。そこでやっと、打ち明けられてから距離を置き、エスカレートするいじめを見て見ぬふりをしたことを謝まった。満月が眩しいくらいに照らすので、彼の顔を直視できない。

 どうすればよかったのか、はっきりとはわからないけれど、ちょうど1年前にこの屋上から飛び降りた親友は何も言わず肩に手を置いてくれた。

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