【ヴィネットの魔法】浮揚術(1)
ヴィネットは榎木の作品群を支える大きなテーマのひとつです。長く熱心にやってきた割には、ユーザーの評価も反応も薄く、理解されているとは言い難いのは残念至極です。【ヴィネットの魔法】カテゴリでは、この表現に欠かせない技法や考え方を示していきます。
ヴィネットとは
小型のジオラマというのは定義としては正しいのかもしれません。しかし、ジオラマのことを「土の地面があり木が植わった飾り台があれば一丁上がり」ぐらいに考えている人がほとんどの現状では、誤解を生む表現だともいえます。
僕にとってヴィネットとは、「カメラ目線のグラビアポーズ」の「普通の」フィギュアでは「ないもの」を、表現する手段全般を指します。
このことについては、とても長くなるので、後日に一章を割いて説明したいところです。
空中に散らばる瓦礫と浮いているキャラクター
ヴィネットにおける数ある表現の中で、今回は浮揚術と称して「浮かせる技法」にフォーカスを絞り解説してみようと思います。
まずは総論ではなく、非常に具体的に、僕が頻繁に使う「瓦礫が浮いている表現」の考え方を例として示します。
写真をご覧ください。
いかがでしょう?キャラや瓦礫が、ふわっと浮いている、あるいは落ちてきている瞬間に見えませんか?
もちろんこれは映像を使ったトリックではありません。透明な棒や糸を画像上で消していませんし、何かを足してもいません。モノとしてちゃんとこのまま存在します。
タネ明かしと解説
実際に「浮いている」わけではありませんから、そう見せる工夫が必要です。ベストアングルと決めた視点から見た時に、死角になる箇所でつないでいくのが基本の考え方です。
まず大きめのオブジェクトを面ではなく角で接続します。
この時、接続箇所はベストアングルからは見えない位置にします。
上の写真の赤い矢印の向こう側で、瓦礫は繋がっています。
角でつなぎ、前後にずらし、それぞれのオブジェクトが違うベクトルを向いていることで、繋がってないように見せます。
写真の向こう側の瓦礫を、より向こう側に倒すように配置すれば、もっと効果があったかもしれません。
さらに浮揚感を演出するために、細かな瓦礫を散りばめていきます。
ここでポイント!
上の写真の赤色に塗った瓦礫は2個セットで演出的に機能するものですが、この二つを直接繋がないのが重要です。
2個セットの瓦礫ですが「個別」に接続位置を設けます。不思議なことですがこの「2個セットに見える瓦礫」がお互いに繋がっていないだけで浮いているように見えるのです。
オブジェクトに浮遊感を与えるにはレイアウトが重要
浮遊感のある瓦礫をレイアウトするためには各瓦礫が縦、横、斜めの同軸線上に並ばないようにすることが重要です。
本当に浮かせることはできませんから、当然どこかに接合しなければなりません。
その際、造形物本体の縁に漫然と貼り付けるのではなく、浮揚感のあるレイアウトをした上で接合部分を工夫するのがポイントです。
例えば、上の◯をつけた例でさえ、一枚一枚の瓦礫の広い面がほぼ同じ方向を向いていますが、その中のひとつを縦横に少し回転するだけでも、個々の瓦礫が「バラバラに落ちている」演出になり得ます。
どう取り付ければ「立体的に魅力のある演出になるのか」は、立体物(CGでも)では、実際にいろいろ試せるのですから、楽しみながらやれるはずです。
それが、各人の個性ある「表現」になるのです。
このやり方は、「ベストアングルと決めた視点から見た時に、死角になる箇所でつないでいく」のが基本だと述べました。
だとすると、ベストアングル以外から見た時はタネがバレバレじゃない?と思われるかもしれません。
もちろんそういう側面はありますが、現実にはそこもうまく隠したり、気にならないように演出する工夫を施すことができます。
さらに、ベストアングルで大きな効果があるならば、他のアングルからの少々の瑕疵はあえて気にしない・・・という考えも、作品によってはありますし、そういうものも作ってきました。
少なくとも模型業界で普通に見られる「腹から生えた、地面に刺さった透明棒」で「浮いている」と強弁するやり方よりはマシじゃないでしょうか。
模型界で伝統的な「浮かせ方」
泳いでいる魚やクジラ、飛ぶ鳥や飛行機やミサイル、宇宙空間を漂う戦艦やロボット・・・浮いている表現をしたいものは無数に思いつきます。
それらを表現するためにモデラーが最初に思いつく模型界の伝統芸は、昔から「透明な棒をフィギュアを刺して飾り台に立てる」ことになっています。
かくして、腹や尻から透明な棒がつき出た、みっともないフィギュアが並ぶことになります。
「様式美がわからんか?これは人形浄瑠璃の黒子と同じ、見えないお約束になってるんや!この世界の伝統なんや!」なんて言う業界人が周りにもいて、そのことを疑問に感じないようです。なぜか皆さん腹や尻から棒を出したがるのです。
だから、浮いてるオブジェクトがたくさんある作品では、透明な棒が無数に乱立することになります(すごく笑える例がありますが、画像出すのは控えます)。
美少女フィギュアを後ろから支えている透明棒なんかも同じ考え方ですね。
棒が見えなくても、ものは浮く
「腹から出ている棒」については、魚フィギュアを例にすればわかり易いと思います。
上の図のfig.1が伝統的モデラーの浮かせ方です。緑の線が透明(じゃないこともある)棒ですね。
腹から自然界にない棒を生やすなんて・・・と言うと、岩やサンゴを腹に刺す人があらわれます(fig.2)。でも腹から生えてる細長い岩はむしろもっと不自然ですね。
どうせ岩を作るなら、魚の向こう側面につけてしまえばいいのです(fig.3-a)。魚はベストアングルが側面からになることが多いので、反対側は死角になります。ならばそこで接点をもたせればいい。
「そんなことしたら、魚が岩にくっついているように見えないか?」
そこはそう見えないような工夫(岩の形や、魚の姿勢などで印象は変わります)があるでしょう。
魚の真ん中ではなく、少し前後をずらして接点のバランスを変えるだけでも、岩についていないように見えます(頭部や尾部近くに接着するなど)。
どうしてももっと離したいなら、魚の死角になる側面から短い棒を出して岩に横向きに刺してやればいいのです(fig.3-b)。
奥行きをもたせると、浮揚感が増します。
「フィギュアはフィギュア単体じゃなきゃイヤ」という感覚も、実は分かります。ヴィネットやジオラマって需要ありませんもんね。
そういう人は「岩やサンゴなんて夾雑物が入るのが邪魔。シンプルがいい。棒で結構。」と言うかもしれません。
ならばせめて、fig.4のような取り付け方をすればいかがでしょうか。
「おんなじじゃん」
とおっしゃるかもしれませんが、棒が腹に突き刺さっているのが見えないだけマシですし、棒と魚体に前後の距離があると、意外とつながってないように見えます。一種の錯視です。
死角でつないで浮いているように見せる・・・というやり方は、生き生きとした動的なフィギュアを作る際の基本的な考えです。
浮かんでなくても全速力で駆けているキャラや、スキップしているキャラ、花やアイテムが周りに飛んでいる魔法少女などは、これらの考え方の応用で、より自然に見せることができるはずです。
最初の作例を見直してみてください。
この考え方が、いろいろな形で取り入れられているのが見えると思います。