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Grisha side


"新型ウィルス特殊犯罪取り締まり室
及び政府特殊鎮圧部隊待機室"

ここは主に新型ウィルス感染拡大を受けて起こり得るテロやデモを未然に防ぐため、集団で密会しているような動きを見せる者や政府の要請に対して反発する企業や飲食店を取り締まる部署である。要は、政府に逆らう奴を鎮圧する係だ。

「グリシャ、この店もやっぱ抑えておいたほうがいいんじゃないかな」

会議室の重苦しい疲労の空気を跳ね除ける溌剌とした声が届いた。
書類から顔をあげると、ホワイトボードの前に居たアイザックがこちらを振り返った。ホワイトボードには、監視対象となっている飲食店やそれに関する人物たちの名前が並んでいる。
夜の繁華街は悪巧みの巣窟だ。クラスターになり得る要因も揃っている。政府は力を入れて警戒している。

I「最近できた小さな店とはいえ、政府関係者も通ってるしそもそも女店主の経歴が怪しい」

アイザックは私のいる机に歩み寄りながら説明する。机の上にパサッと置かれた書類の一番上には女店主の写真が添えられていた。
隠し撮りされたもののようだが顔はハッキリと確認できる。

I「しかもあの抗体を持ったとされる人物と親しい男が頻繁に出入りしてる。最近だと昨日」
G「政府が知り得ない情報のやり取りがあるかもしれないな」

アイザックが頷く。そして踵を返しホワイトボードの前に戻る。
ペンを片手に情報を書き込んだ。

I「あと昨日のお偉方のパーティーで暴行事件があった。事件っていうか…まあ被害の度合いは喧嘩のレベルではあるけど、それにしちゃ派手に逃げてる。鑑識の話だと間違いなく素人ではない」
G「その男との関係は」
I「喧嘩を起こしたのがそいつ。派手な金髪のねーちゃんと歩いてたって目撃情報もあった。自分がマークされてるとは全く気づいてないらしい。被害者が知り合いで裏も取れてる。間違いない。そんで…一緒にいた派手なねーちゃんってのが、この店の従業員で"ハニー"で通ってるらしい」

これまた隠し撮り風の写真。ハニーブロンドに赤いドレスの女の横に、腑抜けた顔で写っているタキシードの男。

G「ターゲットBは新型ウィルスについて重要参考人だ。暴行事件を起こしてくれたのはラッキーだな」
I「相手があの成金エドガーだし、引っ張っても違和感はないと思うけど」
G「…Bの動きは」
I「今はおそらく店の中だ。出てきたという連絡がない」

犯人を逮捕する瞬間は慎重でなくてはならない。突入が必要な場合、事前に感づかれる、あるいは突入はしたが間違いであった場合は次の成功確率はぐんと低くなる。
ここは仕掛けるべき時か、注意深く考えねばならない。

G「万が一Bが居なかった場合、不当な営業をしていたとして店主を捕らえろ。そこから情報を引き出す」
I「了解です!」
G「それと、あいつを連れて行け。特殊部隊の中でも指折りだ」
I「はい、了解です。…って、どこにいます?」

アイザックが部屋を見回す。
目当ての姿はどこにもない。おそらくはいつもの場所にいるだろう。散歩がてらに探しに行くとしよう。

G「私が探して来よう。準備を進めろ。早くても今日の夜には作戦開始だ」
I「聞いたか!鎮圧部隊、突入準備はじめとけ!事務手続きはすまないが最優先でやってくれ!今日の夜には作戦開始目指すぞ!」

部屋の各所から返事がくる。私はそれを聞き届けてから部屋を出た。
ドアの外からでも慌ただしく動き始めたのがわかる。アイザックを班に入れたのは正解だった。
あいつは根が明るく、人のために動くことを苦と思わない。こんな時でも他人のやる気を引き出そうと動いている。

G「さて、私も行こうかね」

アイザックの気遣いに奮い立たされるのは部下に限った話ではないのだ。


"屋外射撃訓練場"   09:00-12:00 貸切

会議室から歩いて15分はかかる訓練場は、近づけば近づくほど一定の間隔で発砲音が聞こえてくることが分かる。
貸切とだけ札が下がっている時は決まってあいつが使用している。
4時間もひとりで撃ち続けるというのは並大抵の集中力ではない。卒業間近の士官学校の訓練でさえそこまで追い込むことはしない。

いよいよ近づくと、一人の男が撃ち続けている。こちらから覗き見える的は一点のみが黒く穴になっている。ターゲットの頭部の中心だ。恐ろしい精密さだ。

G「オーウェン」

名を呼びながら肩を叩く。オーウェンは耳当てを外して振り返った。ヘーゼルの瞳は、鷹の目によく似ている。

G「仕事だ」

人一倍大きな体が私の方に傾いた。ヘーゼルの瞳が薄くなる。

O「イエス、マム」

政府特殊鎮圧部隊隊長、オーウェン。
士官学校を主席で卒業、当時の隊長から抜擢され特殊部隊に配属。今となっては若くして隊長を務める。なんと言っても緻密な射撃の腕と、突入時の冷静沈着さ、近接戦も得意ときている。
この男に苦手なものなどない、と士官学校時代から恐れられているらしい。女が苦手、という噂もまことしやかに流れているが、事実は定かではない。

G「早くとも今日の夜には突入してもらう。調整しておいてくれ」
O「感染防止策のおかげで訓練自粛ばかりで…おかしくなるところでした」

パンッと乾いた音を1つ。オーウェンが放った最後の弾丸だ。先ほどの的の穴を抜け、後ろのコンクリートの壁が削れた。

O「まあ、鈍ってはいませんのでご安心を」

もとよりこの男が鈍っているところは見たことがない。
恐ろしく、頼りになる男だ。