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詐欺師が会社にやってきた 社長がM資金詐欺にひっかかる4つの理由

1.ある日の役員応接(わたくしの経験。しかも2度)

 客:「ところで、○○さん。ご苦労も多い中、あなたは本当に頑張っていらっしゃる。今日はそんなあなたを応援するつもりでまいりました」

 わたくし:「恐縮です」

 客:「実はここだけの話ですが、国は産業の育成と国家の発展のため、ごく少数の選ばれた経営者だけが手にでき、自由にご利用頂ける資金を管理しています。今回この資金をあなたに委ねるにあたり、わたくしが仲介させて頂くことになりました。この資金は、無利子、無担保、無税、使途自由、しかも返済の必要はありません

 わたくし:「存じませんでした」

 客:「そうでしょう。これまでこの資金を手にしてきたのは、お名前を出せばどなたでもご存じのような大企業の経営者ばかり。そういう方々ですからちゃんと機密を守って下さる。皆さんその資金で会社や事業を興したり、建て直されたりして日本の産業をひっぱってこられました。今度はあなたが資金を受ける番です

 わたくし:「それは光栄です」

 客:「これは会社でなく、あくまであなたを見込んで、あなた個人の口座にご用意する資金です。したがって会社に相談する必要はありません」

 わたくし:「そうなんですか」

 客:「ご用意する総額は〇千億円。あなたにお願いしたいのはこの資金を受け入れる、という自筆の覚書に押印を頂くだけです。さあ、どうでしょう。受けていただけますか」

 わたくし:「はあ。(心の中で、〇千億円?ありえないでしょそんな話)」

 パターンは色々あるようですが、おおむねこんな内容で面談が進行します。ちなみに来客の指定により面談は1対1です。

 お読みになっている方は、こんなうまい話があるはずがない、しかも企業の経営者たるものこんな話を信じるわけがない、そもそもなんでそんな人物に会うのか、と思われるでしょう。

2.社長の心理

 ①自分を見込んできた話である 

 この話は聞いたことがある。どの経営者にも来る話ではない。ついにわたくしのところに来たのだ。 

 ②今それだけのカネがあれば

 いまカネが必要だ。でも会社としてこれ以上の借り入れは無理だし、すぐに現金化できる資産もない。増資も既存株主の理解を得られないだろう。今、もし、それだけのカネがあれば。

 ③カネを出せ、と言われれば慎重になるが. . .

 くれるという話。なくてもともとで、失うものはないではないか。

 ④あの人の紹介なら

 話の内容はともかく、ここは紹介者の顔を立てておこうか。覚書だけのことなら。

3.それ、100%詐欺です。そして高くつきます。

 もちろん99%以上の経営者は、これが戦後から何度も繰り返されている古典的な詐欺である、と知っています。覚書をわたすこともありません。ところがごく少数の社長が、どういうわけかそうは思わず、前述のどれかを考えるようなのです。

 まず、①の心理状態にはちょっとコメントのしようがありませんが、②の心理はわからないでもありません。

 少なからず社長というものは、カネについて、今あれば、あるいはもっとあれば、と考えるもの。厳しい状況ではなおさらで、冷静さを失っている可能性もあります。個人口座へ入金、といわれても私腹を肥やそうという意識はなく、あくまで会社を救うために、と考えているのです。

 ③には実は落とし穴があります。受け入れると入金に先立ち、1回ないし数回にわけて手数料等を要求される、というもの。どうせ〇千億円入るのですから〇千万円など安いもの(?)でしょう、というわけです。でも支払ったが最後、その手数料がもどることはありません。◯千億円などもちろん入金しません。支払ったほうは表沙汰にしたくないので泣き寝入りです。

 もうひとつは、覚書が週刊誌や悪い筋に渡ってしまったついては取り返すのに必要だ、という口実でカネを要求される、というものです。ここで詐欺だ、と気がついてもあとの祭りです。

 覚書だけとはいえ代表者の押印入りですからそれなりの重みがあります。なぜそんなものを渡すのか。これにも事情があって、仲介者は政界や官界の権力者の名や役所名を出したり、あるいはよく知っている人の紹介でやってきたりします。

 もちろん紹介者が詐欺だと知って紹介するはずがなく、単に挨拶したいので紹介してほしい、といわれて口をきいてるにすぎないのですが、とにかくあの人の紹介なら、あの人の知人なら、顔を立てておこうか、ひとつ貸しができるかも、あるいは義理がはたせるかも知れない、という④の心理が働くのです。

 また、あろうことか、わたくしの場合、1人は実際に知っている人がやってきたのです。こういう場合よほど多忙でなければ面談はお断りしないものです。そこで「XXさん、これはよくある詐欺の手口です。それをご存知でおっしゃっているのですか」と聞いたところ「まったく知りませんでした。ある人から依頼され、あなたと御社のためになるなら、と思ってお伝えしただけです」と言って、そそくさと退散されました。

 仲介者が詐欺師の仲間なのか、本当に事情を知らないお人よしのお使いなのか、これはわかりません。でも仮にトラブルになれば、「わたしは知らなかった。依頼者とは連絡が取れなくなった」ということになっていたでしょう。

 わたくしの場合面談型は2回でしたが、それ以外に同様の書簡を郵送で受けったこともあります。誤字や架空の名称が多く、見るからに怪しい文書でしたが、これも百や千の単位で郵送すれば、中には騙されてしまう社長もいるのでしょうか。

 戦後の占領下でGHQが接収した財産がその原資である、と言われるM資金。現在はもちろん、当時からそんな資金は存在しません。

 しかしコロナ禍で窮する企業が多いせいか、手垢のついたこの手の詐欺がゾンビのように復活しているそうです。ここからは想像ですが、「実は戦後75年の今年をもって資金は終了します。最後の機会を利用して国難のコロナ禍を切り抜けるのがあなたの使命です」なんてバージョンが登場するかも。

注:財務省は今年2月に同省からの「基幹産業育成資金」と称した資金提供話を信用しないよう、HP上で注意喚起をしました。