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2.はじめての演奏会~1回生の夏

次の曲は、大曲だ!

「おい聞いたか、今度の演奏会、メインはサンサーンスの3番らしいぞ」
 焼きそばパンほお張る小川に高校時代からの悪友・長谷川が話しかけた。
「なんだって? あれって、だいたい『オルガンつき』ってわざわざ注釈っぽいタイトルがついている派手な曲だろ? そもそも弱小オケのうちが何だってそんな大曲を?」
「落ち着け。そばが落ちてるぞ」
「いや、落ち着けないよ。オルガンたってそこいらの学校で使っているようなオルガンじゃなくて、パイプオルガンだぞ? そりゃ中には電子オルガンで代用するところもあるらしいけれど、いずれにしたってどうやって楽器を調達するんだ? 誰が弾くんだ?」
「落ち着け。青のりが歯についているぞ」
「それにフル編成だぞ、あの曲。いまのうちのオケだと足りないパートもあるぞ。そもそもなんで一体オルガン付きなんだ?」
「だから落ち着け。それにしても、紅ショウガだけを除いて食べるなんて器用なやつだな」
「細かいところを見るなぁ・・・。去年もなんだか大曲をやろうとして失敗して、演奏会では小曲を追加して、サブメインの予定だった曲をメインにして済ませたばかりなのに。うちの幹部さんたちは何を考えているんだろう?」
「まぁ団長の亀井さんは派手好みだし、学指揮の近藤さんは大曲指向だからなぁ。あ、オルガンの演奏者はいるらしいぞ、亀井さんの彼女が弾いているらしい」
「そ、そんなぁ・・・。そんな個人的な理由で決めていいのか?」
「え? まぁ幹部さんの言うことだからなぁ。俺たちの時は俺たちの好きにすればいいわけだし」
「でも、お客さんに来てもらうんだから中途半端なというか、お茶を濁したような演奏はできないだろう」
「とはいっても演奏会は学内の講堂を使っていて会場費はほとんどかからないこともあって無料だぞ。お代を頂戴しているならともかく、無料なんだから自分たちの好きなようにしていいんじゃないか? それでもいいよという人が聞きに来てくれるんだし。ま、といってもOBOGと部員の家族ばかりだけどね。OB、OGなんか聞きに来てくれているというよりは、同窓会のきっかけみたいなもんだしな」
「……」

幹部さんはやりたい放題?

 小川は考えた。
 確かに学生オケのやっていることなんだから、自分たちのやりたいようにやってもいいような気はする。採算を気にする必要はないし、ほとんどお客さんが入らなかったからといって来年から演奏できなくなるわけではない。団長が責任をとって辞める必要もない。
「それにしてもなぁ。部員の中にはせっかくやるんだから多くの人に聞いてもらいたいと思っている人もいるだろうし、4回生の先輩たちはこの演奏会で卒業になるんだから、やはりそれなりに思い入れはあるんじゃないだろうか? 思い入れといえば団長と近藤さんはこの曲に思い入れのようなものはあるんだろうか? 本当に彼女のためなんだろうか?」
 そんなことを考えながら学生食堂に向かって歩いていると、前からOBの山川が歩いてくる。山川は小川の7つ年上の先輩。高校の先輩でもあり、そもそもこの大学に入ることになったのも、山川がちょくちょく小川の高校を訪れては大学の話をし、オーケストラの魅力を語ったからでもあった。
「あ、山川先輩、こんにちは。おひさしぶりです。なんでこんな時間に、こんなところへ? 卒業の単位が足りなかったんですか? それとも何かの証明書の発行ですか? あ、そうだ、学食の味が忘れられなくて食べにきたんですね。今日のランチは‥‥」
「相変わらずせっかちな奴だなぁ。矢継ぎ早に聞いてくるんじゃないよ。今日は就活だよ」
「え? 山川先輩、もう退職したんですか? まぁ3年目ですからね。多いらしいですね、この時期に退職する人。3年以内の離職率は‥‥」
「いや、俺のじゃない。研究室の先生に学生向けの説明会ができないか相談に来たんだ。いま、人事部にいるからね」
「そうでしたか。僕はてっきり‥‥」
「もういいから。それにしてもおまえ、なんだか浮かない顔をしているけれど何かあったのか、バッハ先生」
「また~、止めてくださいよその呼び方。恥ずかしいじゃないですか」
「いいじゃないか、恰幅の良さといい、くせっ毛の感じといい、音楽室に貼ってあるバッハ先生とイメージそっくりじゃないか」
「それに、ドイツ語でバッハというのは「小川」のことだといんでしょ。もう聞き飽きましたよ。そんな補足説明のいるような愛称は止めてくださいよ」
「それはそうと、どうしたんだ?」
 小川がここまでのいきさつを話すと山川はこういった。
「それはつまり、誰のための演奏会なのか、ということだな。そしてそれは君たちのオーケストラ部が誰のためにあるのかということでもある。まぁオケのOBである僕にも少しは関係することでもある。そうだなぁ、誰のためのものなのかということでは会社にも通じるところはあるねぇ」
「どういうことですか?」
「バッハ先生、会社は誰のものだと思う?」
「そりゃあ社長さんのものじゃないんですか? よくオーナー経営者っていうくらいですから。そうそう、テレビドラマとかみても『うちの社員はまったくろくでもない』とか言っていますよ、社長が。僕から見れば社長の方がろくでもないと思いますけど」
「そうかな?」

会社はだれのもの?

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