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下りのエレベーターに乗り続ける人

日本人は「ゆっくりと下って行く窓のないエレベーターに乗ってる人々」とは実にまとを得た表現だと思う。


”自分のいる高さは、本当は下がっているのだが、エレベーターに同乗している人たちとの相対的な位置関係は変わらない。だから、下がっているのがわからない。” 

そして窓がないから外は見えない。

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昔は急上昇中のエレベーターだった。そのときのエレベーターはガラス張りで外がよく見えた。しょっちゅうドアが開いて、いろんな人が乗って来たし、降りる人も多かった。私がそのエレベーターを降りてみたのは、そのガラス張りのエレベーターの外に、面白そうな世界が見えたからだ。

そして、しばらくして、またそのエレベータに乗ってみた。

中のみんなは貧しくなっていて、そして、そのエレベーターはゆっくり下っている。ドアもたまにしか開かないので、乗ってくる人も少ない。窓がないので外の様子はわからなくて怖いから、降りる人もあまりいない。ときおり業務用のドアが開かれて食料やエネルギー資源が持ち込まれるが、値段が高くなっているし、手持ちのお金が少なくなっている上にその価値もさがっているので、それもいつ買えなくなるかわからないけど、みんな文句を言わずにのっている。iPhoneは買えなくなってしまった。コンサートにも行かれなくなってしまった。そのうちにハンバーガーも買えなくなり、エレベータ内の電灯もいつか消えるかもしれない。

中には「美しいニッポン」というポスターと「決断と実行」だの「国民の声を聞く力」だのというポスターだけが貼ってあり、たった一つだけあるモニターには「日本は大丈夫」「○○政権を信じよう」というNHKニュースだけが繰り返し流れ、「ニッボンが一人勝ちする10の理由」というような記事さえかけばみんなに歓迎される、、、

なんかちょっとEquilibrium(映画)みたいだな。飢餓のほうが焼却炉に入れられてしまうよりましかもしれないが、みんなエレベータの中でほんとのところはどう思ってるんだろう。

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私はものすごく怖い。震えるほど怖い。

なぜかというとそれが現実となってる国に住んだことがあるからだと思う。まともな食料はほとんど輸入なので異常に高かった。(キットカット一つ700円ぐらいしたんだったが、別にキットカットは買わなくてもいいんだけど)買えるのは外国人と権力者達(とそのお友達)ぐらい。国が貧乏で発電用の燃料を買えないしインフラ修復の金もないからすぐ停電になり、なるとなかなか復旧しない。(そういえば停電になって諦めて寝たら夜中に明かりがついて起こされた事がなんどもあった。)

それでもその国の政府は「美しい国○○○○○」と国民に言い続けていた。疑問を口にする人はいつの間にか消えてるかもしれないという国。政治家やお金持ちは、子息を海外の学校で教育し、病気になったら海外にいって治療していた。

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エレベーターに乗り続ける人々は、そんな現実はディストピア的なドラマの世界だけとでも思ってるのかな。私はものすごく怖いよ、だって本当は隣り合わせなんだもの。”外国人”として傍観していた貧困の光景が自国になるなんかもしれないなんて。

(あ、でも、電気がなくなってキンドルに入っている何百冊もの本がもう読めなくなるのが一番怖かったりする。)