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育児休業

娘が生まれて2ヶ月経ち育休が始まった。
生きていくうえで割ける時間とパワーには限りがある
その時大事にしたいことを選択する自由がある程度認められるということが環境としてとても有難い。
自分の代わりとなる人材がいることも同時にありがたい。自分の病の事もあり産まれてすぐのこの状況で6ヶ月間家族にだけ向き合える時間を作れたことに感謝をしている。

選択できる自由があるのは会社としてよいが、自分とは違って、替えが効かない環境(部門、部署)にいる人も多いのではと当然推察する。生き方は人それぞれなのでそれを尊重できる職場であって欲しいとは思うし、仕事を頑張りたい人は仕事に時間を使えばいい、育休を取る人が正しくて、取らない人が悪者であるという雰囲気を出してしまうのも良くない。
あくまで選択できるという状態(環境)がつくれること会社にとって大事だ。
前述した、替えが効かない組織や、人を育成できていない組織では選択できる環境は作れない、代わりとなる人がいない、任せれる人が居ないのは人材を育成出来ていないまたは、充分にひとを配置しない組織の怠慢なのでは?と思う。
人が居ないという物理的な制約さえクリアできれば長期の休みが会社に損失となるという考えは必ずしも正しくなく、損失を出す原因つまり属人化された状態をいかに作らないかが大事である。

うちの会社の独自の制度で、手当を引継ぎを受けた者に出すというのは引き継ぎをする側の心理的には申し訳なさが軽減され、一つの方法としてはよいと思った。少しは残された側にもモチベーションになってくれると嬉しい。

一方で、業務の内容、難易度など、職種によって変わるため、どのような基準で支給するのかが難しくなるし、価値観は変容しているので、金銭的な報酬では業務負荷を受け入れられない、という人が出てくる可能性も考慮しなければならないのではないかということも同時に思う。有給とは別の休暇を与える、福利厚生をプラスアルファで選択的にできる、など様々な可能性を考えてみることも大事なのかもしれない。
<追記>
タイムリーだったので育休中のリスキリング発言について私見を。
前提としてベビーシッターやハウスキーパーでない限り育児も家事も対価の発生しない労働である。とおもう。(強いて言えば対価は子供の笑顔と成長の実感、これに勝るものはない)
育児が大変なのにリスキリングを推奨すると捉えると育児に専念するための育休をなんだと思ってるのかという反感を得やすいが、どれだけ会社の仕事、個人事業の仕事が忙しくても学ぶ人は時間をなんとか捻出するし、寝る間を惜しんで資格の勉強をする人はいくらでもいる。
どんな状況であってもスキルを身につけたいと思う人がそれをできるように後押ししてくれると言う事であれば言ってることはそこまで的外れではない気がする。
育児に専念するということもまた人によって幅のある捉え方にもなる。確かにいつ泣き出すか、いつまで泣き続けるのかも予測も予想もつかない中ではあるが、パートナーと負担をシェアして周囲にも頼れる状況、環境をちゃんと整備することで生活の全てが育児しかない、ということはなくなる。という考え方もあると思う。これは生活の全てを育児に費やすということを否定も肯定もしていない。
要は本人の思うところ次第で如何様にもできるのではという結論である。自分は育休中に何かしらリスキリングをしたいと思っているし、結果、それどころではないかもしれない。半年の育休後にもしかしたら全然違うことを言ってるかもしれないが、その時は経験した人からしか文句を受け付けませんw


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