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月着陸船とアルテミス計画 〜なぜSpaceXが選ばれたのか?〜

先日非常に驚くニュースが耳に届いた。

NASA(アメリカ航空宇宙局)がアポロ以来初となる月面着陸を目指す「アルテミス計画」で、月着陸船の開発担当にSpaceX社を選んだということである。宇宙ファンにとってこれは非常に驚くニュースとして受け入れられている。

今回の発表はどのような背景の元、行われたのか。またなぜSpaceX社が選ばれたのかということについて説明したい。

1アルテミス計画

現在NASAは、2024年までに再び人類を月面に着陸させることを目指す「アルテミス計画」を進めている。この計画では人類が月へ行くだけではなく、さらにその先にある火星への到達を目標としている。

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Credit: NASA/JPL-Caltech

火星は地球から遠く、直に行けるようなものではない。技術的に不可能ということではないが、その分多くの燃料や物資を積み込まないといけない。そこで、一回月へ行ってから火星へ飛び立つという計画がなされている。具体的には、月の周囲を回る有人拠点「ゲートウェイ」を建設し、一度そこで物資の補給などを行ってから火星へ向かうというプランだ。


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↑月周回有人拠点ゲートウェイ (Credit: NASA)

話を月面に戻す。人類が月面に着陸するためには「月着陸船」が必要である。今から60年前アポロ計画の様子をテレビなどで見た人もいるかもしれない。月に降り立つ4本の足を持った宇宙船。あれが「月着陸船」である。僕の世代も月着陸船と言えば、アポロ計画で使用された形状のものが頭に浮かぶ。

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Credit: NASA

さて、そもそも人類が地球から飛び出し月に着陸するためには何が必要だろうか。様々な小さな機械を除いた場合、大きく3つに分類される。「ロケット」と「宇宙船」、「月着陸船」である。アルテミス計画ではこれに先ほど書いた「ゲートウェイ」があるので4つだ。

月着陸船としてのスターシップはどのような役割を担うのか。

NASAによれば現在絶賛開発中のSpace Launch System(SLS)というロケットを使い宇宙へ行く。先端にはOrion(オリオン)宇宙船が搭載され、ここに飛行士が乗り込む。

月の周回軌道に到着したら、ゲートウェイに移動し、そこからスターシップに搭乗し、月面に降り立つ。月面からゲートウェイに戻る時もスターシップで行くことになる。

月面着陸用のスターシップは、地上で使用されるバージョンとは異なり、「翼」や「耐熱システム」を排除した機体となることが提案されている。

2スペースXが選ばれるまで

今回月着陸船の候補としてスペースXが選ばれるまでの過程を説明する。

話の起点は2020年5月1日だ。NASAは月着陸船を開発する会社として「ブルーオリジン(ナショナルチーム)」「ダイナティクス」「スペースX」の3社と2021年2月まで、9億6700万ドルで契約を結んだ。

・ブルーオリジン(ナショナルチーム):アマゾンの創設者ジェフベゾスが率いる宇宙企業。ブルーオリジンは、ロッキード・マーティン、ノースロップ・グラマン、ドレイパーと協力して開発を行う。ちなみにこれらの企業は古くからアメリカの航空宇宙産業、軍事産業に関わっている会社である。
・ダイナティクス:25社以上で結成するチームを作る。この会社は国際宇宙ステーションなどにハードウェアを供給。
・スペースX:アメリカの民間有人宇宙船「クルー・ドラゴン」やそれを打ち上げる再利用型ロケット「ファルコン9」を開発。

(月着陸船の詳細については以下の記事を参照。)

選ばれる過程は公開される「Source Selection Statement」という資料にまとめられている。なおここから示す4つのスクリーンショットも上記の資料から引用させてもらったことを断っておく。

まず選考は

①技術 ②価格 ③マネジメント

の3方向から行われる。

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結果は、以下のような文言で評価される。最も良い評価が「Outstanding」で、その反対が「Unacceptable」である。

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そして実際の評価が以下の通りだ。

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ここでは①技術と③マネジメントという2つの方法の結果が示されている。スペースXについては、マネジメントが最高評価を得ている。(ああ、ダイナティクスの「技術」、、、、)

しかし、3社の選考で決め手となったのは「価格」である。スペースXが最も価格が安く、順にブルーオリジン、ダイナティクスの順だった。それについて言及された部分が以下。

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これがざっとした選考の過程だ。もし、英語で読みたい、確認したいという、もっと詳しく知りたい方は以下のリンクから報告書を読んでください。

https://www.nasa.gov/sites/default/files/atoms/files/option-a-source-selection-statement-final.pdf

③「価格」以外にスペースXが選ばれた理由は何か?

スペースXが選ばれた他の理由として「実績」が挙げられると筆者は考えている。スペースXは、これまでもNASAとのコンペで様々な契約を結んできた。例えば、国際宇宙ステーションへの物資輸送契約や民間初の有人宇宙飛行の機体開発、アルテミス計画でゲートウェイへ物資を運ぶ契約などだ。現在アメリカの宇宙開発はスペースXに支えられて、回っていると言っても過言ではない(?)だろう。

そして、そこで得た補助金を使って「実績」を積み上げているのだ。無人輸送船「ドラゴン」や11年ぶりにアメリカが開発した有人宇宙船「クルードラゴン」の打ち上げ、ISSへのドッキング、帰還などを驚くべきスピードで成功させてきた。

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Credit: NASA

さらにこれらの宇宙船を打ち上げる「ファルコン9」ロケットは、毎週のように打ち上げられて、第一段目の機体は地球に帰還し、再利用されている。これは少し前では考えられなかったことだ。もちろんこの技術の積み重ね・実績もスターシップの開発に生かされている。

また、昨年5月に選定された3社の中で実際にその機体を飛ばしているのはスペースXだけだろう。昨年にはスターシップの飛行試験を行った。着地に失敗してしまうことも多かったが、良いデータが取れたに違いない。すでに6機のスターシップ 試験機が飛行しており、開発の見通しが一番立ちやすいという理由かもしれない。

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Credit: SpaceX

④今回のコンペから見えてくること

このコンペから見えてくることは、「アルテミス計画の危うさ」である。

実は今回の発表が出た時に驚いたことがある。Space Newsの報道にもあるのだが、実は3社の中から2社が選ばれる予定だった。しかし、蓋を開けてみればスペースX一択だった。

これについてSpace Newsによると、NASAが月着陸船開発のために要求した予算の4分の1しか、実際に配分されずに1社しか選ぶことができなかったようだ。

この出来事からアルテミス計画の予算自体に制限があることが窺える。

さらに使用される超巨大ロケットSLSもつい先日、ロケットの燃焼試験を行ったばかりである。今年の後半に打ち上げ予定で、オリオン宇宙船は無人の状態で打ち上げられ、月の周りをぐるっと回って帰ってくるのだが、果たして今年にできるのか。

スケジュール的にも予算的にも厳しいように思える。なかなか見通しが立たない。

今回はスペースXがロケットや宇宙船として開発していたスターシップが「月着陸船」に選ばれたことで注目を浴びた。しかし、そこには予算の制限やスケジュールの遅れなど国家が行う宇宙開発の難しさが見え隠れしていることが分かる。今後はアルテミス計画の流れを追うばかりではなく、その背後にある「国家が行う宇宙開発の限界」というのを頭の片隅に入れてニュースを追っていきたい。

Credit: NASA, SpaceX
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