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本を出したいなと思って文章を書いてみた。

本を出すというのは、文章を書いている人なら一つの夢ではないでしょうか。

でも本を出すなんて素人にはムリな話ですよね?

でも、それがそうでもないのです。

アマゾンでは無料で誰でも本を出版することができます。いわゆる電子書籍ですね。

https://kdp.amazon.co.jp/ja_JP/

まぁ、それは知ってはいたのですが、そうは言われてもやっぱり何だか面倒な感じがするし、どうせ誰も読まないし、

いや、そんなこと言ってたら何も始まらないです!

僕はnoteを一年前に始めて、もう怠惰な自分にはほとほと呆れているのです。

だから、何でも始めてみようと思います!

だって、何も始めないより経験したことから学ぶことがあるから。

ということで、本を出すためにちょっと文章を書いてみました。

ここから先はその下書きです。書き出したら意外に書けるもので8000字くらいまで来ました。

問題はこの気持ちを継続できるかどうかですね(笑)

興味のある方はお読み下さいね。

では!

タイトル(仮)「ど素人の僕がいつか本業にするためにやっていて気づいたこと」

はじめに


みなさんはじめまして。

はずれスライムと申します。

いきなり怪しいなと思った、そこのあなた。僕は怪しい者ではありません。

ただの素人です。「ど」がつくくらいの。
普段は普通のサラリーマンです。

でも、自分語りをするほどの肩書きはありません。
本名を明かすつもりもありません。

単純にドラクエが好きで、ちょっと普通の人より変わってるなと思われがちだから、この名前にしてみました。いわゆるペンネームですね。

僕はnoteというプラットフォームで、はずスラと呼ばれるようになり、細々と文章を書いていたりします。

こんな本を出すくらいだから、オンラインサロンをしたり、クラウドファンディングで何かの事業をしたり、YouTubeや音声配信とかでウハウハなんじゃないか?とか思ってくれたりしたのかもしれませんが、今のところ、何の実績もありません。

でもね、でもよ。

そんなど素人でもこうやって本を作って販売することができるんですよ、今は。
そんなのとっくに知ってるよ、という方はここから先の話も読む必要はないです。

でもね、でもよ。

あなたが今この文章を読み続けているということは、何かのヒントが欲しいなと思っているからではないでしょうか?


あなたは僕と同じ「ど」素人で、いやもしかしたら、僕の方がまだ素人なくらいに何も知らないのかもしれません。

というのも、今から約1年前の僕がまさにそうだったからです。


参考までに今の僕の肩書き?を紹介すると、

noteのフォロワーが約200人、Twitterのフォロワーが100人位です。


Twitterはたまにバズりますが、瞬間的なものでフォローにまでつながることはないし、noteの固定ファンはおそらく20人以内かと思います。

今年の始めからYouTubeもやっていますが60人ほど、最近始めた音声配信は1ケタというくらいの素人です。

でもね、でもよ。

毎日細々とnoteを更新しているおかげか、全体の閲覧数は32万ほどになりました。まさに継続は力なり。自分でも信じられないくらい、ありがたいことです。

だからnoteをやっていない人から見れば、やっているというだけでちょっとスゴイなと思われたりもします。

そして、ここからが大事なんですが、やってみて分かるということがあるんです。

だから、僕はこの本の中で、素人だからこそ学んだことを書いて、今読んでいるあなたにも何かの気づきがあれば嬉しいなと思うのです。

僕にできたんだから、あなたにもできるという本は世の中にたくさんありますが、本を出せる時点でその人は成功者であるわけで、まだ何の結果も出していない素人が書くほどの説得力はありません(!)

そして、この本が僕にとってもいつか、あ〜あんな頃があったんだな懐かしい。あの時の気持ちを忘れずに、今日も頑張ろうという本になればいいなと思いながら書いています。

そうです、自分のためです(笑)

素人の僕が書くことですから、本当に今すぐにあなたでもできます。
できますが、そのためには、少しお金が必要だったり、何より勇気が必要です。

僕が現在尊敬している人は、メンタリストのDaiGoさん、イケダハヤトさん、マコなり社長、西野亮廣さん、中田敦彦さんです。

この方々には、僕が見るところ共通点があります。

それは、みなさん地道で真面目で努力家だということです。

僕は手軽に稼げる副業話には興味がありません。

そんなのはあったとしても宝くじくらいの確率で、仮にそれでうまくいったとしても、自分の努力に対価を感じられないようなものに人生を捧げたくないからです。

頭の固い人間かもしれませんが、僕は先ほど挙げた人達よりも年を重ねているおじさんなので、愚直に自分が納得いく時間を過ごしたいのです。

世間的に見れば、僕はもう夢を叶えるほどの年齢でもないし、家庭もないし、―まぁ、ないない尽しで、以前の僕なら、もう何をやっても遅いよなと諦めて余生(大げさか)を過ごしていたと思います。

でもね、でもよ。

1年前の僕よりも、今の僕の方が楽しくて、そして苦しい。

漫然と休みの日にゲームをして過ごす僕より、おっ、今ちょっと面白い映像が撮れそうかもと思って、ゲーム実況動画を作ってみたり、暇つぶしに読んでいた本の内容をnoteやYouTubeで紹介することで、気づきを得たりする自分の方が生きてるんだなぁと実感します。

今だって誰が読んでくれるか分からないこの文章を書きながら、誰かが読んでくれるかもしれないと思うだけで、書いてることに充足感を覚えるーそんな生活を自分がするようになるなんて夢にも思いませんでした。

過去の僕は、まるで「へんじがない。ただのしかばねのようだ」でした(笑)

「○○でもしようかな?」
「○○だったら、〜するのに」
と考えたことは誰しもあるでしょう。

でも実際やってみたら、なかなか大変で、大変だからこそ楽しいのです。


ここまで読んでくれたあなたなら、きっと何か新しい生活を送ってみたいと考えているはずです。

僕は僕のために書いています。
でも、あなたはあなたのためにこれを読んでいます。

一緒にパーティを組んで冒険の旅に出てみませんか?


僕は草むらに潜んでいるスライムから外れて旅に出ることにしました。

これから先もいろんな経験をするでしょう。

結果はまだ出ていません。でも、何もしないよりマシです。当然ですが、何もしなければ、何も変わりません。

あなたが羨むあの人も始めは何もありませんでした。たくさんの失敗をして、今があります。楽な方法などありません。

地味に信念を持って弱い自分と戦うだけです。ちょっといいかもと思ったあなたは、どうか最後までお付き合い下さい。

そして、僕に気づきを下さい。


どうぞよろしくお願いします。

1.時間は全ての人に平等

もうさんざん言い尽くされていて、とても当たり前のことですが、時間は平等です。お金で時間を節約することは確かにできます。

例えば外食したり、掃除を頼んだり、効率のいい情報を買ったり。

ですが、僕はど素人、潤沢な資金があるわけでもなければ、裕福な暮らしをしているわけでもありません。

だから、みなさんと特に変わらない生活を送っていると思います。
仕事がある日は全くフリーな時間がせいぜい2時間程度。出勤の往復で3時間以上。

別に激務ではありませんが、仕事帰りは眠くて何もやる気が起きません。職場では重要なポストではありませんし、ただ自分の時間と引き換えにそれなりの対価をもらう、誰でも代わりが勤まる仕事です(言い方!)

コロナが起きて、みなさんもいろいろ考えたと思いますが、僕も人生について考えさせられました。

仕事を頑張らないとは言いませんが、そこまでの情熱はないし、先も見えています。まぁ、だから重要な立場にないのでしょうが、むしろコロナ禍でリストラにならなかっただけマシです。この先どうなるかも分かりません。

でも、たとえ僕がリストラの対象に会い、生活ができる程度のアルバイトで暮らすようになったとしても、僕の今の生活態度が変わることはないでしょう。

具体的に言えば、僕は今と変わらずnoteやYouTube、音声配信などをやっていると思います。

そして、何かに打ち込めるものがあるからこそ、僕はどうとでも生きていけると思っています。

理想的には、そういったものから収益を得て暮らせるといいですが、それは現状難しい。でも、時間を忘れるほどのめりこめるものがある僕は幸せだなぁと思います。

人生にはゆとりが必要です。こころの平穏は生活に張りや潤いをもたらしてくれます。

誰かの役に立つかもしれない。ひいてはそれが自分のためになるかもしれない。

そう思って、何かを作るだけで僕は苦しくて楽しいのです。

と言っても、毎日何かをするというのはなかなかしんどいものです。特に何の結果も出ていない今は、心のどこかで、そんなことしても時間の無駄じゃないかという思いがあるのも事実。

でも、もしこれが人気YouTuberだったらどうでしょう?

毎日、毎週、何かの動画を挙げて、オンラインサロンで有益な情報を出し続けて、みんなの期待に応え続ける大変さに比べれば、僕はいつ辞めてもいいし、いつ作り出してもいい。

全ては自分しだいです。

そう考えると、今の僕は実に気楽なもので、あー今日も何もしなかったという日も多々ありますが、でも、ちょっとは何かしたなという日もまた多いのです。

例えば、僕は通勤の電車は各駅停車を選んで座る時間を作っています。

もっと早く行ける電車もありますし、つり革につかまって過ごすこともできますが、この時間が僕にとっては何より大切な時間なのです。

本を読む時もあれば、スマホでnoteを書く時もあります。単純に寝ている時もあります。というか、帰りはまず寝ています。

でも、心を落ち着ける時間を確保することが僕にとってはとても有意義な時間の過ごし方なのです。

休みの日は山積みになった本の中から読みたい本を読みたい分だけ読みます。ゲームもします。アニメやドラマも見ます。

それは昔から変わりませんが、前書きにも書いたように、これは誰かに紹介したいかもということが出てきたら、突然noteを書き始めたりします。

俗にいうアウトプットを前提にしたインプットというやつです。怠惰な日常の過ごし方に飽きた自分は少し変わったなと思います。

ところで、人気YouTuberやブロガーってスゴイと思いませんか?

毎日、1日をフルタイムで自分のやりたいことに使うんですよ。できます?


奇しくもコロナで自粛という経験を多くの方がされたと思います。リモートワークをされている人も増えたことでしょう。

YouTuberってお金も時間もあって、適当に好きな動画撮ってお金もうけができるからいいよな〜。

自分でYouTubeをしていない時の僕はそう思っていました。


こんなのただゲームやってるだけやん!とか女性を武器にしてるだけやん!とか、ただ野次ってるだけのヤン族でした。

でも、実際に自分がやってみて、そして、お金こそ無いけれど、1ヶ月近くも給付金や給料をもらって、ある意味公認の有給を頂いてみて。

わー、これは大変だなと改めて思いました。自分にはとてもできないな、と。

後でまた改めてお話ししますが、僕はYouTubeで書籍紹介をしたり、ゲーム実況をしたりしています。

顔出しはしたくないので、書籍紹介には動画作成ソフトを使っているのですが、この動画を作るのがなかなか大変なのです。

YouTubeの規約で10分以上の動画にはいくつも広告を挟める(=収益が増す)というものがあると聞き、10分以上の動画作ろうとするのですが、1分の動画に1時間以上かかります。

収益化には、一定の総動画再生時間と登録者数が必要なので、僕は全く条件を満たしていないため、別に10分以上の動画を作らなくても構わないのですが、動画の種類には大きく分けて、フロー型とストック型というものがあり、

要は、一回見たら終わりの今が旬の情報系動画と何回も繰り返し見てもらう蓄積系の動画に別れ、僕は後者を目指しているので、しっかりとした内容で繰り返し見てもらえるような動画を作るには、編集に多大な時間が必要なのです。


例えば、ある本を紹介するには、まずその本を読まなければいけません。

次に、その本を自信を持って薦めることができるか選定が必要になります。そのためにはたくさんの本を読む必要があります。

紹介する本が決まったら、その本のどこに共感したのか、紹介するポイントや要約が必要になります。いわゆる台本の下書き作りです。

ある程度の台本ができたら、今度はそれをどう表現するのか、僕の場合ならホワイトボードアニメーションソフトを使っているので、自分の頭の中のイメージを具現化する作業に移ります。

ちょっとした紙芝居を作っているような感覚です。ある程度できあがったら、台本を作り込み、アフレコやBGM・効果音を付けます。

アフレコと言っても、僕はプロの声優さんやアナウンサーではないので、何回も何回も録り直すことになります。

なぜかうまく発音できない言葉や、イントネーションがおかしい、言い間違いが多い、説明がもどかしい等々、悔しくて何回もやり直し、まぁ何とかこれでいいかなと思いながら、先へ進みます。

アフレコした音声にアニメが同期するように調整したりするうちに、わずか10分の動画に半日以上かかることもよくあります。

できた動画を見ても、反省点だらけでボツにしようかとも思うのですが、せっかく時間を費やして作成した動画なので、アップロードします。きっとこの悔しい経験が次に活かされると信じて。

―というような経験をするとYouTuberってスゴイ!と感心してしまうのです。

いくら時間があっても、お金があっても、こんな生活とても毎日はムリです。


始めの1週間くらいはそれなりに過ごせても、自分の生活習慣を規則正しく送るのはなかなか難しいものです。

僕はせっかく頂いた休みだから、とそれなりには過ごせましたが、これが毎日、1年、2年となると続ける自信が今はまだありません。

そして、いざ仕事が始まってみると、生来の怠け癖が出てきて、僕なんかがYouTuberで生活していけるはずは無いし、どうせ誰も見てないし、一応、仕事あるし(一応は失礼だろ!)などと考え始め、自分に言い訳が始まり、サボってしまうのです。

時間は全ての人に平等です。自分の人生を楽しんでいる人ほどお金を出してでも買いたいのが時間だと思います。

しかし、時間は自分の意志が無ければ作れないし、時間があってもそれを活かそうという意思が無ければ、ただただ流れていくだけです。

時間があればできるのにと思う人は、時間があっても何もしない人です。アドラー心理学で言うところの目的論ですね。

あなたは時間を作ろうとしていますか?


2.本屋さんには表情がある

みなさんは本を読みますか?

ここまで読んで下さっているあなたなら、きっと本を読むのが好きな方ではないかと思います。

こうして文章を書いている僕ですから、もちろん本は大好きです。読書好きの人は文章を書くのも好きだと思います。

だって本を読んでいると、自分の意見って出てきませんか?

もし出て来ないなら、その本はあなたにとっては心に響かない本でしょう。そういう本はすぐにページを閉じてしまって、別の本に移りましょう。

本には膨大な世界があります。当たり前ですが、本は人が書いた文字の集積です。本を出すにはたくさんの人の手が必要です。

何かを誰かに伝えたい、どんな本にもどこかの誰かに気づきを与えるものがあると僕は思っています。

本との出合いは人との出会いだとも。


一番いいのは、いろんな人と出会って話して、たくさんの経験を積むことだと思いますが、時間は有限。多少の時間を使って効率よく他人の経験から学ぶことができる本というものは人から人へ受け継がれる宝物です。

およそ本には、人間が思いつくあらゆるものが包摂されています。


あなたが何かに興味を持った時、何かに悩んだ時、きっと誰かがそのことについて書いた本があるはずです。

もし、無ければあなたが書いて誰かと共有しましょう。きっと共感してくれる人がいます。そういう文章は誰かの胸を打ちますよ。

僕は本屋さんが大好きです。服にも食事にも興味の無い僕は、同じお金を使うなら形に残る本というものを選びます。

誰かと食事をしながらおしゃべりするのも楽しいものですが、僕は本を人だと思っているので、本との対話も楽しいのです。

へー、そんな考え方をするのか。
ん?それはおかしくない?
よく分からないぞ。
それはヤだな。

とかいろんな感情に翻弄されながら、自分の価値観をかき回される経験をした人は本との出合いに、いや出会いにワクワクしていることでしょう。

本屋さんには表情があります。

人と待ち合わせをする時、僕は本屋さんを指定することが多いです。


あわてんぼうの僕は時間に余裕が無いとテンパってしまうので、何でも早めに行動を起こします。約束の時間より前もって行動できないと後悔します。

だから、特に初めていく場所には少なくとも30分より前には行きますし、慣れた場所でも15分前にはいるようにします。

しかし、本屋さんが近くにあると、その本屋さんの表情が知りたくて1時間以上も前に行きたくなります。

なぜなら、本屋さんの中でうろうろすることが僕にとっては、テーマパークを散策するよりもはるかに楽しいイベントだからです。

ところで、表情、表情って何を言ってるんだと思ってますよね?

本屋さんが好きな人なら、分かってもらえるでしょうが、本屋さんは全部置いている本が違います。

扱っている本は同じなのですが、本の置き方が違うという方が正確な表現でしょうか。

小さな本屋さんはスペースが無いので、ベストセラーやよく売れる漫画、雑誌しか置いていません。

いわゆるパレードの法則で、およそ商品というものは全体の2割程度売れるもので利益を出していると言われます。売り場面積が小さくなればなるほど、売れるものしか置けないわけです。

しかし、大きな本屋さんは違います。
ほとんど売れない本がたくさん置いてあります。


年に一度しか手に取られないような本も誰かのために置いてくれています。

通常、売れない本は出版社へ返本され(岩波文庫のような例外もありますが)消えていきます。

というか、世に出るほとんどの本はすぐに消えて行きます。

何年も前のベストセラーもブックオフで大量に並ぶことはあっても、大きな本屋さんでさえ置いてないことがあるくらいです。

たくさんの本との出会いを求めるなら、大きな本屋さんに行かないとマッチングはしません。電子書籍はマッチングアプリとしては有効ですが、場末のバーで素敵な人と出会うことはあまりありません(何の話?)

大きな本屋さんには一生読みきれない本がたくさん本棚に詰まっています。

あー、ここにある本を僕は死ぬまでに全部読むことはできないんだなぁと思うと切なくもありますが、逆に言えば、行くたびにいろんな本が目に飛び込んでくるわけですから、楽しくないわけがありません。

表紙や帯、平積みされている本だけではなく、ぎっしり詰まった背表紙からも誘惑してきます(大丈夫か?)

時間が無い時は、小さな本屋さんでベストセラーの流れを知り、ゆったり過ごせる時は、小柄な僕の両側にそびえ立つ本棚に圧倒されながらブラブラ散歩します。

そんな空間が僕はとても好きです。

最近では、カフェと併設されている本屋さんも増えてきましたが、あれは苦手です。飲食した手でまだ買っていない本を触るなんて僕には到底できません。

もし、僕の買った本のとあるページにコーヒーのしみとかあったりしたら、とっても不快ですが、わざわざ本屋さんへ文句を言いに行く勇気は僕には無いし、時間も心も奪われたくはないので、そういう本屋さんには足を運びません。

最近では入場制の本屋さんである「文喫」や本棚に囲まれたホテル「BOOK AND TOKYO」などもあります。


僕はまだ行ったことがありませんが、そこでは飲食もできるようです。

えっ?何が違うのと思いますか?

これはあくまで僕の想像ですが、わざわざお金を払ってまで本屋さんに足を運ぶ人は、本と戯れる時間を大切にしているわけですから、きっと本を丁寧に扱うと思うんですよね。

何よりそこにいる人達が僕は好きです。スライム仲間です(オイ!)

僕は以前、noteでナカムラクニオさんの『世界の本屋さんめぐり』という、世界中の本屋さんを紹介した素敵な本について書いたのですが、その記事は1年以上も前の記事なのに未だに読んで下さる方がいて、現在2500人ほどの人が見てくれた僕の中では人気の記事です。

そして何より、著者であるナカムラさんが感謝のツイートまで下さって感激しました。

こういった出会いが僕には何度かあるんですが、それは全てnoteを始めたから、SNSがある時代に生まれたからこそできたことです。

ネットが無い時代だったら、僕の文章を誰かが読んだり、ましてや著者ご本人から感謝のメッセージを頂くことなど無かったわけです。

くどいようですが、僕はど素人です。フォロワーさんも多くはありません。


そんな僕でも、こんなに多くの人に目を通してもらえることがあるのです。


別にそれでお金がもらえたりはしませんが、お金を払ってできる経験でもありません。

文章をなぜ書くか?

それは読まれるためでしょう。自分のためだけに書いている文章なら非公開の日記で済むはずです。

なぜ公開しているのか?
公開したら、何が楽しいのか?


それはあなたが実際に自分の手を動かして、書いて、公開しないと体験できないことです。

どうせ文章を書いて公開するなら、「今日は楽しかった」で終わる文章より、読んで楽しかったと思える文章を書いてみませんか?

もし書くことが無ければ、本屋さんへ足を運びましょう。本屋さんは広大な海です。海岸にはきっとあなたの心に刺さるキラキラした貝殻が落ちているはずですよ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーといった感じで、これまでnoteを始めて経験したことを書いていきたいなと思っています。

ちなみにナカムラクニオさんの紹介記事はこちらです↓

果たして、僕に本が出せるほど書くことがあるのか。そして、そのモチベーションはいつまで続くのか、それは読者であるあなたしだいです。

なんでやねん!

お気づきの点やアドバイスがございましたら、コメントお待ちしております。

続編などはこちらから↓




スキはログインしていなくても押せます!ワンちゃんでも押せるほど簡単です。励みになりますので、ここまで読んでくれた記念に押して下さい。いくつになっても勉強は楽しいものですね。サポート頂いたお金は本に使いますが、読んでもらっただけでも十分です。ありがとうございました。