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【4人声劇】爪と牙

■タイトル:爪と牙


■キャラ

真田恵子(さなだけいこ):女

高校2年生

快活な性格で現代文教師の二宮に恋心を抱く


二宮航平(にのみやこうへい):男

現代文の教師、温厚で優しく人気が高い


佐倉慎司(さくらしんじ):男

少し緩めの生物教師

二宮の同僚で、仲良し


小鳥遊怜央(たかなしれお):男

恵子のクラスメイト

恵子とは中学からの同級生で、淡い恋心を抱いているが

恵子の気持ちは知っており、一歩踏み込めない関係性


――――――――――――――――――――――――――――


真田:おはよう!二宮先生!


二宮:おはよう、真田さん

今日も元気ですね


真田:先生は今日も元気ないね、眠そう


二宮;欲しかった小説の新刊を読んでいたら、夜中でして…でもいいところだったからやめられなかったんです


真田:えぇ、私たちには夜更かししないで早く寝ろって言うくせに?


二宮:授業中に寝ちゃうからですよ?

僕たちは眠くても授業中には寝ませんから


真田:そりゃあ、先生が寝たら大問題だからねぇ…


二宮:不公平ですよねぇ、生徒は自由に寝てしまうのに

先生も校長の話は少し眠くなりますから…ちょっと寝たくなっちゃいます


真田:ふふっ、先生の癖に職務怠慢じゃない?


二宮:ちゃんと職務は果たしていますよ

それにしても、最近は毎日早くに来てますけど自習ですか?


真田:まあ…そんなところ…かな


小鳥遊:…はよっす

   

真田:あ、怜央


二宮:小鳥遊くん、おはようございます


小鳥遊:うす…こんな場所で話し込んでないで行こうぜ、恵子


真田:うん、またあとでね先生!


二宮:はい、3時限目に


(二宮に見送られながら二人は歩き出す)


真田:…あれ、今日って現文3時限目だっけ

それまで憂鬱だなぁ


小鳥遊:だろうな、朝から顔が緩みまくってたぜ

    

真田:えぇ、ほんと?

やめてよ~恥ずかしいなぁ


小鳥遊:…そういや昨日、2組の奴に呼び出されてたろ…なんかあったのか?


真田:あれ、見てたの?

いやあ、実は告白されちゃってさ


小鳥遊:え、マジ?

どうしたんだよ


真田:…お断りしたよ

私が二宮先生好きなの知ってるじゃん


小鳥遊:それも…そうだよな…でも、相手にされてないじゃん

てか、気づかれてもないだろ


真田:そ~なんだよぉ

どうにか気づいてもらえないかな…


小鳥遊:どうにか…ねぇ…まぁ学生は学生と恋愛しろってことなんじゃないの?

俺は…昨日見た海外ドラマのヒロインと恋に落ちるわ


真田:怜央の方が無理な恋なんじゃないの?

そういえば怜央って彼女とかいたことないよね

モテそうなのに


小鳥遊:別にそんなことねえよ


小鳥遊:(NA)

無理な恋…そう言われてしまえばそうなのかもしれない

だって俺は…


――――――――――――――――――――――――――――


佐倉:いやぁ、1日はあっという間だなぁ…悪いな小鳥遊、理科室の掃除手伝ってもらって


小鳥遊:いや全然大丈夫っすよ


佐倉:…もしや何か悩んでるな、若人(わこうど)よ


小鳥遊:…んなことないっす

別に何でもないんで


佐倉:そう?なら、何も言わないけどさ

あ、それちょっと危ないから気をつけろよ


小鳥遊:なんすかこれ


佐倉:アルコールランプ

瓶にアルコールと紐入れただけの簡単なランプだよ

燃料用のアルコールは体にいいもんじゃないし…今の季節だと、蒸発したアルコールに引火して爆発したりすることもあるからな


小鳥遊:うえっ、マジすか


佐倉:火さえ起こさなきゃ大丈夫だけど十分気をつけろよ

そういや、君ら体育祭の準備中じゃなかった?

うちのクラスの子、ダンス考える~とか言ってたよ?


小鳥遊:吉田が秒でダンス作ったんで

後はTikTokしてる奴らで素人でもできる振りにするんだって意気込んでました


佐倉:あぁ、TikTokね

TikTokってあれだろ?ほら、なんかするやつ


小鳥遊:語彙(ごい)死んでるじゃないっすか


佐倉:俺、SNSとかやらないからさ


小鳥遊:あぁそれで…クラスの女子がアカウント探したのに見つからないって嘆いてましたよ


佐倉:ほんと?教師のSNSとか探されちゃうんだ~怖いね

小鳥遊もやってんの?SNS


小鳥遊:まあ、Twitterとかインスタくらいっすけど

佐倉先生もTwitterとかしたらどうすか?

女子からバンバンDM来ますよ、きっと


佐倉:Twitterって最近Xに呼び方変わった奴?

ニュースで見たな、そういえば

そういうのは教師じゃなくてクラスの連中とやった方がいいよ


小鳥遊:そう…っすよね…


佐倉:なんかあるんじゃないの?グループLINE…みたいなのとか、連絡とり合うツール


小鳥遊:あぁ、普通にありますよ

今なんて、ばんばん盛り上がってます


佐倉:はは、時期だよな、にぎやかでいいね


(理科室の扉が勢いよく開き真田が入ってくる)


真田:失礼しま~すっ!


佐倉:お、真田じゃん

どったの?


真田:クラスで喧嘩が始まりそうなので、ちょっと避難を

怜央もいるって聞いたしね


佐倉:あ~もめるよなぁ、熱い奴であればあるほど

真面目にイベントに取り組んでくれるならそれはそれで嬉しいけどさ

あんまりひどいなら二宮先生に言えよ


真田:たぶん大丈夫だと思います

でもやっぱりあのピリッとした空気ってあんまり得意じゃなくて…


小鳥遊:…大丈夫か?


真田:うん、大丈夫だよ!私は全然平気!


佐倉:…さて、小鳥遊、これを職員室まで持ってってもらえるかな


小鳥遊:…わかりました…じゃあ


真田:頑張ってね~


(小鳥遊は佐倉の目を見ると、一度頷き理科室を後にする)


佐倉:…真田、毎朝早く学校来て自習してるらしいじゃん

偉いな


真田:え?ありがとうございます


佐倉:毎朝二宮先生が校門に立ってるもんな

誰よりも早く来れば、他の生徒より長く話せる


真田:うぇ…!?バレてましたか…


佐倉:俺も二宮先生ほどじゃないけど早く来るからね

あんまりこういうこと言うのもどうかと思うけどな

先生のこと好きになったっていいことないよ?


真田:…わかってます、でも、好きって気持ちに嘘はつけません…


佐倉:…じゃあ、なるべく周りにバレないように気をつけな

学生っていうのはこういうことに関しちゃ、残酷なもんだよ


真田:…どういうことです?


佐倉:そのうちわかるさ…いやわからないほうがいいか

なんにせよだ、二宮先生をあんまり困らすなよ?

ほら、理科室もう閉めるから、教室戻りな


真田:は~い


(真田が理科室を出ていく)


佐倉:…子供ってのは向こう見ずでかわいらしいね

二宮先生は大変だろうけど


――――――――――――――――――――――――――――


(廊下を歩く小鳥遊と二宮)


二宮:ありがとうございます

小鳥遊くんのおかげでひどい喧嘩にならずに済みました


小鳥遊:たぶん佐倉先生がアシストしてくれたんだと思います

俺はただ先生を呼んだだけなんで


二宮:佐倉先生が?

あぁなるほど…まあそのおかげで喧嘩を止められたんですから、功労賞ですよ


小鳥遊:…すごかったっす、あっという間に喧嘩止めて


二宮:大切なのは、お互いの意見を聴き尊重し合うこと…僕はその手助けをしただけです


小鳥遊:だけって…難しいことですよ…めちゃくちゃ言い合ってたし


二宮:伊坂幸太郎のモダンタイムスという作品の中に

人はいつだって、得意なやり方で世の中とぶつかっていくほかない、と書かれています

誰しもが得意なことも、考えも違うんですからぶつかるのは当然です

小鳥遊くんは小鳥遊くんなりの得意でみんなと向き合えばきっとうまくいきますよ


小鳥遊:そっ…すか…ありがとう…ございます…それじゃあ、俺、行くんで


二宮:はい、また何かあれば呼んでください


小鳥遊:…っす


小鳥遊:(NA)

教室でクラスメイトが喧嘩をすれば、俺達からすれば大事件だ

でも、先生はあっという間に解決して去っていく

その後ろ姿が…かっこよかった 

たぶん恵子にとってもそうだったんだと思う


―――――――――――――――――――――


真田:(NA)

1年前、自分には高いハードルだったが、頑張って頑張ってこの高校を受験した

そして入学式の後…私は先生に出会ったのだった


二宮:…ふぅ~、おや?こんなところで何をされてるのですか?


真田:え、えぇっとその…ここ喫煙所って知らなくて…


二宮:新入生の方なら無理は無いです…案内しましょう


真田:…どうして新入生ってわかったんですか?

あ、校舎で迷うのなんて、新入生くらいか…


二宮:ふふ、それもそうですが、在校生の顔と名前は覚えてますので


真田:えぇっ!めちゃくちゃ凄いじゃないですか!

   

二宮:生徒一人一人と向き合うことが、教師の本分ですから

教師が生徒を知ろうしなければ、生徒だって教師を頼ろうとは思えないですからね

まあでも、教師があまりぐいぐい行くのは鬱陶しいでしょうから…気を付けないとですが

そこの廊下をまっすぐで突き当りを右に行けば玄関ですよ


真田:ありがとうございます


二宮:それでは…あ、良ければ、お名前を聞いてもいいですか?


真田:あ、真田です、真田恵子


二宮:ありがとうございます、真田さん

入学おめでとう、良い学校生活を


真田:(NA)

あの日から、何かがあると先生を頼った

いつもどんなことでも真剣に向き合ってくれる先生に、私が惹かれていくのに時間はかからなかった


――――――――――――――――――――――――――――


(喫煙所で煙草を吸う、二宮と佐倉)


二宮:…ふぅ~、いいんですか、佐倉先生

グラウンドの方に行かなくて


佐倉:ふぅ~…体育祭も終わって、興奮冷めやらぬ中、キャンプファイヤーにフォークダンスですよ?

生徒にとっては合法的に女子と手を繋げるチャンスでじゃないですか

あ、ほら、鈴木と島田が踊ってますよ、あそこくっつくと思ってたんだよなぁ…

ね?僕ら教師が出る幕じゃないでしょ、生徒の自主性にゆだねます


二宮:ふふ、そう言ってさぼりたいだけでは?


佐倉:…わかります?


二宮:なら…共犯ですね…


佐倉:二宮先生はさぼってるわけじゃないでしょ

真田が悲しんだんじゃないですか?


二宮:真田さんは分別(ふんべつ)のある子ですよ…20分くらいお願いされただけです


佐倉:それ…分別あります?


二宮:ありますよ…ふぅ~


佐倉:二宮先生も知らぬ間に影響受けちゃってんですかね

1年の時から先生に良く懐いてましたし


二宮:どうでしょうか

まあでも、僕と一緒にいるよりみんなと一緒にいる方がいいじゃないですか


佐倉:おや、そりゃまたどうして


二宮:将来を一緒に過ごすのは僕ではなく、クラスメイトです

みんなと共有できる思い出がたくさんあったほうがいいでしょう


佐倉:…僕らにとっては、人生の長い長い時間のうちのほんの3年間ですけど、

彼らからしたら唯一無二の3年間ですよ

可能な限りで彼女の気持ちに向き合ってあげることも大切では?


二宮:…何がおっしゃりたいんですか?


佐倉:真田さんが残したい思い出には、二宮先生とのものもあるんじゃないですか?

…ってことですよ


二宮:…ふぅ~


佐倉:僕は二宮先生こそ分別のある大人であり、優秀な教師だと思ってますから心配もないですしね

それじゃあ、僕は教頭に怒られたくないので行きます

学生ってのはエネルギッシュですから、頑張ってください


(佐倉は煙草を消すと、喫煙所を出ていく)


二宮:…残したい思い出…ですか


(喫煙所の扉から真田が顔をのぞかせる)


真田:…先生?


二宮:真田さん…?

どうしたんですか?喫煙所に生徒が来るのはあまり良くないですよ


真田:…先生と話したくて 

ちょっとだけ…ダメですか?


二宮:そうですか…なら…少しだけ

 

真田:やった!…こんな夜中に先生と話すのは変な感じがしますね


二宮:そうですね…しかも今夜は満月ですから

とてもいい夜です

  

真田:なんだか…月って幻想的な気がしませんか?

 

二宮:月は古来(こらい)から様々な象徴ですからね

神話で月は女神として扱われることもあります

満ち欠けを繰り返し何度でも空に現れる月を不老不死の象徴とするものもあります


真田:…月で例えるやつもありましたよね!

あ、月の言い換え…というか、そのほら告白の…言い方で…


二宮:あぁ、月が綺麗ですねという奴ですね


真田:それですそれです!月が綺麗ですね…って、どうして愛してるって意味なんですか?


二宮:諸説あるようですが、日本人は直接的な表現を避けると考えたからだと言われています


真田:え~でも、月が綺麗ですねじゃ告白されてるとは思えないですよ…誰がそんなこと言ったんですか?


二宮:夏目漱石だそうです

彼は教師もしていたのですが、I love you を月が綺麗ですねと訳したことが起源と言われていますね


真田:今そんな英訳したら、木田先生に怒られちゃいますね


二宮:ふふっそうかもしれませんね

しかし、夏目漱石はそれだけの言葉で愛が伝わると思っていた…それは素敵なことだと思います


真田:…先生もそれで伝わると思いますか?


二宮:…今は伝える方法が増えすぎていますから…月も綺麗ですねくらいは言わないといけないかもしれませんね


真田:え~、月のおまけですか?


二宮:とんでもない

あれほど綺麗に輝く月と並ぶほどなんです、おまけなんてありえない


真田:…私は好きですよ?…先生の言葉選び


――――――――――――――――――――――――――――


(喫煙所の様子を少し離れた場所から眺める小鳥遊と佐倉)


佐倉:いいの?行かなくて


小鳥遊:あれを邪魔するほど…野暮じゃないっす


佐倉:そっか…かっこいいぞ、小鳥遊


小鳥遊:…やめてくださいよ


佐倉:はは、俺と踊るか?


小鳥遊:クラスの女子が踊りたがってますからそっちとどうぞ

LINEでここにいるって言っておいたんで


佐倉:あ、お前、それはよくないぞ!


小鳥遊:ははっ、そんじゃ戻りますね…


小鳥遊:(NA)

月をバックに映る恵子の横顔はすごく綺麗でずっと見ていたかった

でも…彼女の視線の先に写る物を見たとき…俺はその場にいることが出来なかった

――――――――――――――――――――――――――――


真田:(NA)

楽しい体育祭も終わり、先生との素敵な思い出も作れて最高に幸せな私は!


真田:テスト勉強に追われてるのでしたぁ…


小鳥遊:誰に言ってんだよ…ほら、そこ数式間違ってんぞ


真田:えっ、あ、ほんとだ!


小鳥遊:ほらここで代入して…


真田:あぁなるほどね…いやあ、怜央がいないと私は終わってると思うよ


小鳥遊:終わるなよ…うちの学校いうて進学校だからな


真田:部活しながらこの勉強についていくなんて無理だもんなぁ

みんなすごいよね


小鳥遊:そうかもな、とりあえずこの範囲は大丈夫そうか


佐倉:…よぉ、頑張ってるな


真田:あ、佐倉先生ぇ…生物の問題って何が出るんですかぁ…!


佐倉:言えるわけないだろ

ちゃんと範囲勉強してれば、そんなに難しくなんないよ


真田:先生はみんなそう言いますけど、普通に難しいです…


佐倉:はははっ、まあ頑張りな

それよりも…外、見てみ


小鳥遊:あぁ雨…すごいっすよね


佐倉:さっきまでこんなんじゃなかったのにな

もう暗くなってきてるし、教師陣で残ってる生徒を送ってこうかってなったんだ

迎えが難しそうなら、送ってくぞ?


小鳥遊:まじすか、助かります


真田:おぉ…神様仏様佐倉さまぁ…


佐倉:ははは、ほら、行こうぜ


(廊下で二宮と遭遇する、佐倉、小鳥遊、真田)


二宮:あぁ佐倉先生、2年生はあと5人です


佐倉:そうですか、それじゃあ小鳥遊をお願いします

   真田は女子だから、古川先生の車な


真田:陽菜ちゃん先生の?


二宮:最近は男性教師の車に女生徒が乗るだけで問題になりかねないですからね


真田:世知辛いですなぁ


佐倉:お前が言うなよ 

古川先生来るまで少しかかるから、待っててくれな


真田:はいっ


二宮:では小鳥遊くんはこちらへ


小鳥遊:はい、じゃあな恵子


真田:じゃあね怜央


――――――――――――――――――――――――――――


(二人は二宮の車に乗り込む)


二宮:すいませんね、狭い車ですけど


小鳥遊:いえ…全然 

ありがたいっす…


二宮:最近は毎日残って勉強していますね

去年も小鳥遊くんが、真田さんに勉強を教えていたようですし、今年も2人そろっていい成績が取れそうですね


小鳥遊:…先生は手伝わないんですか?


二宮:もちろん、頼ってくれるなら喜んで

でも、先生が自分から声をかけて、個人に勉強を教えるのは不公平ですから…できたら生徒の皆さんから声をかけてくださると嬉しいです

それに、真田さんは毎回現文は100点近い点数を取りますからね

そこまで心配してないんです


小鳥遊:あいつ…家だと現文ばっかり勉強してんですよ

    他の教科も頑張ってほしいんすけどね


二宮:…信頼ですよ


小鳥遊:え?


二宮:真田さんはどの科目の授業態度も課題も意欲的です

まあ、一度僕の教科で悪い点取れない~って言われたことはありますが…他の教科も頑張っているはずです

ただ、小鳥遊くんがいるということが、彼女にとっての安心感なんだと思います

頑張ってもわからない、至らないところをフォローしてくれる人がいる

何の気なしに寄りかかれる人がいる…それはとてもありがたいことなんですよ


小鳥遊:…そうすかね


二宮:そうですよ

小鳥遊くんが一番わかってるんじゃないですか?

真田さんを一番信頼してるあなたなら


小鳥遊:…中学の時、俺いじめられてたんす


二宮:小鳥遊くんがですか?


小鳥遊:大したことじゃないっすよ

クラスの女子がSNS用の動画撮ってるのに誘われたんす

断ったら…ちょっとずつ無視されるようになって、それがどんどん広がって…最後にはみんなそうするようになってました

でも、恵子だけはずっと話しかけてくれたんです

    

二宮:そうでしたか…


小鳥遊:すげえ嬉しくて…ありがたくって…だから俺も何か返したいんす

 

二宮:素敵な関係ですね…話してくれてありがとうございます


小鳥遊:いえ…


二宮:…さぁ、そろそろおうちです

 

小鳥遊:ここで大丈夫っす

ありがとうございました


二宮:いえ、お気をつけて


小鳥遊:…先生っ


二宮:はい、なんでしょう


小鳥遊:俺、先生のことも…信頼してますよ


二宮:ありがとうございます…僕もですよ

それじゃあ、さようなら


(車で走り去る二宮)


小鳥遊:…あぁちくしょう…せめて嫌いにならせてくれりゃあな…


小鳥遊:(NA)

家に入って数分であっけなく雨は止んでしまった

この雨みたいにあっという間に俺たちの夏は終わってしまった


――――――――――――――――――――――――――――


(廊下を歩く、二宮と佐倉)


佐倉:始業式…疲れましたねぇ


二宮:やはりうちの校長の講話には睡眠導入効果があると思うんです


真田:おっ、先生方


佐倉:おお、真田じゃないの、どうした?


真田:いやあ、めちゃくちゃ疲れたので、先生たちもそうかなって思ったらねぎらわずにはいられずにぃ…


佐倉:疲れたなら帰れば?


真田:ひどっ!


二宮:僕たちはまだまだ仕事がありますから…

 

佐倉:そうだそうだ、他の奴らとさっさと遊びに行くんだな


真田:そうしますぅ~このあとカラオケなんです!

私の夏の練習の成果がついに披露されるんです…!


佐倉:そうかそうか、楽しんでこいよ

二宮先生、俺生物準備室寄ってから戻りますね

それじゃあ


二宮:はい、それでは


真田:…先生


二宮:なんでしょう


真田:私、あんまり先生のとこ来ないほうがいい?


二宮:なぜでしょうか


真田:友達とカラオケ行くって言ったら少しホッとした顔したから


二宮:そんな顔しましたかね…頼りたいときに好きに頼ってくれていいんですよ

それが僕の役目ですから


真田:先生…


二宮:でも、同級生と仲良くしてくれると嬉しいのは事実です

友達は一生の宝ですから


真田:先生も高校の同級生とかとは仲良いの?


二宮:僕はあまり友達が多いほうではなかったので、今後悔してます

友達は無理に作らなくたっていいですけど、折角3年間一緒なんです

可能な限り仲良しな方が色々困りません


真田:なんか現実的な感じですね


二宮:はは…ところですぐに休み明けテストも来ちゃいますので、気は抜きすぎないように気を付けてくださいね


真田:確かに!うわ~カラオケ前に思い出させないでくださいよ~


二宮:メリハリですよ

では、僕は戻りますね


――――――――――――――――――――――――――――


(職員室で話す、二宮と佐倉)


佐倉:…いやあほんと、若い学生と一緒に日々を過ごしてると時間の流れが一瞬じゃないですか?

こないだ始業式したと思ってたら、もう文化祭の準備してますよ


二宮:そうですね…


佐倉:いいんですか、クラスみなくて


二宮:教師がいたら邪魔ですから、生徒の自主性にゆだねてます


佐倉:そんなこと言って、さぼってるだけじゃないんですか?


二宮;今回ばかりはそうもいかなくて…中間テストがまだできてないんです


佐倉:うわ、僕もです

奇数年と偶数年で2パターン作って回してたんですけど、ついに生徒にバレはじめまして

学年主任にも文句言われそうなんで、どうしようかなと


二宮:それいつぶりにテスト作るんですか…?

それにしても…文化祭って毎年少し怖いんですよね


佐倉:まあ大きいイベントだと、教師陣は冷や冷やですよね


二宮:…それもそうなんですけど


――――――――――――――――――――――――――――


小鳥遊:…こんな場所にいたのか


真田:自分の分は終わっちゃったからね


小鳥遊:俺も…やること無くなっちまって

なんか…クラスが2つにわかれてるな


真田:そうだねぇ…吉田も笹川もやる気がすごいから…私、グループLINE抜けちゃおうかな

   

小鳥遊:なんで?


真田:みんなが同じ方向向いてなきゃ悪!みたいな感じがしてさ…

ちょっと息苦しいんだよね


小鳥遊:…じゃあ抜けたらいいんじゃない?


真田:大丈夫かな…変な感じになっちゃいそうだし


小鳥遊:恵子がそれでいいって思ったならそれでいいんじゃないか?

あ、でも文化祭終わるまでは我慢したほうがいい

さすがに空気が悪くなりそう


真田:そっか…そうだよね


小鳥遊:大丈夫だよ、俺が…俺も、二宮先生もいるんだからさ


真田:うん、ありがとう


――――――――――――――――――――――――――――


小鳥遊:(NA)

とは言ったものの、大きな事件もなくわだからまりもなく文化祭はスタートしたのだった


真田:怜央、見て見て!綿あめの機械だ!久々に見た!


小鳥遊:ほんとだ

小さいときに食べ放題で良く作ってたよ


真田:私も~作ってみようよ


小鳥遊:いいぜ…ってあれ、佐倉先生と二宮先生か?


佐倉:だから、綿あめはこう本体の棒を回しながらね…こう…巻いてくわけですよ


二宮:なるほど、自転と公転ですね

僕は棒を乱暴に回していたから、綿菓子もついてこなかった…

暴君に下の物がついてこないのは綿菓子も同じですね…


小鳥遊:何言ってんだよ、先生


二宮:あぁ、小鳥遊くん…見てください、驚くほど綺麗にまとまらないんです


小鳥遊:ほんとだ


真田:先生、下手だなぁ…


二宮:ほんとですよね…見てください…佐倉先生なんて

原宿とかで売ってるカラフルなやつ位のサイズにしてます


真田:すごっ!


佐倉:そうだろそうだろ!


小鳥遊:いやまじですごいっすね

どうやってんすかそれ?


佐倉:お、お前も聞きたい?しょうがないな!こっち来な!


二宮:ははは…


真田:先生…


二宮:はい?


真田:文化祭が終わったら、少し時間をくれない?


二宮:…どうしてです?


真田:…話したいことが…あって…


二宮:…わかりました、喫煙所にいると思いますので声をかけてください


真田:ありがとっ


――――――――――――――――――――――――――――


小鳥遊:(NA)

楽しい文化祭はあっという間に終わってしまった

そして、恵子がいないことに俺は気づいていた


(喫煙所で煙草をふかす二宮のもとへ真田がやって来る)


二宮:…ふぅ~


真田:…先生?


二宮:真田さん、待ってました


真田:片付け終わらせてから来たら…少し時間かかっちゃって


二宮:いいんです…クラスの出し物も盛り上がったようで良かったです

    

真田:そうだね、楽しかった…先生はいつもここで煙草吸ってるね

佐倉先生と一緒か…一人で…


二宮:学校で吸うのは、僕と佐倉先生だけですから…校長先生が喫煙所を失くそうとしてまして肩身が狭いんです

禁煙はどうもできなくて…


真田:そうなんだ…先生って何でもできそうな雰囲気だったけど

できないこともあるんだね…綿菓子も巻けないしさ


二宮:そうですね…できないことが多すぎて悲しくなってしまいます


真田:私…先生のこと、全然知らないのかも


二宮:そうでしょうか?少なくとも生徒で一番僕に詳しいのは、真田さんだと思いますよ?


真田:私…もっと、先生のこと知りたい


二宮:まだ2年生の中盤です

嫌でももっとたくさん知れますよ


真田:先生…私っ


二宮:真田さん


真田:っ…!…はい


二宮:先生は、真田さんにはいい生徒でいてほしいと思ってますよ


真田:あ…はい…


二宮:この後は打ち上げですよね…楽しんできて下さい

僕はあと一本吸ってもどろうと思います


真田:はい…二宮…先生…


真田:(NA)

その煙草の煙は、まるで先生と私を分ける境界線みたいに見えた

ただの煙のその先に私は踏み込むことができなかった          


二宮:(NA)

教師としての正しさとは何か…いつも悩んでいる

自分の中の最善を尽くしたいと願っているのに

どうしていつも間違ってしまうんだろう…僕はそう後悔することになった


――――――――――――――――――――――――――――


小鳥遊:なんだよ…これ…


小鳥遊:(NA)

クラスLINEに流れた一つのメッセージ


(憔悴した真田のもとへ、小鳥遊がやってくる)


小鳥遊:恵子!


真田:…怜央


小鳥遊:お前…大丈夫か?


真田:全然…大丈夫だよ…


小鳥遊:…大丈夫じゃねえだろ


――――――――――――――――――――――――――――


(学校の一角で小鳥遊と話す佐倉)


佐倉:…真田が、二宮先生に告白したって噂が流れてるってわけね…

それで、どうして俺に?


小鳥遊:恵子は二宮先生に知られたくないと思うから…


佐倉:二宮先生がそんな事実なかったって言ってもな…火に油になりそうな気もするし…ほんと怖いねぇ…学生の残酷さっていうのは


小鳥遊:俺…どうすればいいかわからなくて…でもあいつのために何かしてやりたいんですけど…


佐倉:…お前があいつにとっての本物のナイトにでもなれれば話は違うのかもしれないけどなぁ


小鳥遊:俺には…


佐倉:…さて、どうしましょうかね…


――――――――――――――――――――――――――――


佐倉:(NA)

デリケートな話題ってやつは学生の餌になる…人気の高い教師である二宮と隠れファンの多い小鳥遊を独占しているという噂が流され…さらには全てが嘘のでっちあげまで

真田は誹謗中傷(誹謗中傷)の攻撃を受け始めた

 

真田:(NA)

いじめはどんどんエスカレートしていった

学校内のみならず…SNSには多くの罵詈雑言が匿名で並び…それは二宮先生の耳にも届いてしまった


(学校の端で煙草を吸う二宮)


二宮:…ふぅ~


真田:…先生


二宮:真田さん…大丈夫ですか?


真田:…大丈夫…じゃないかもです

正直、結構まいってて


二宮:…すいません…私の力不足で


真田:…いいんです、もとはといえば…私の…私のせい…っ…ですから…


(真田は涙を流す)


二宮:…やはり、許せません


真田:…え?


二宮:どんな理由があろうとも、罪のない人を泣かせるほど追い詰めていいわけがない

傷つけていいはずが無いんです


真田:…ありがとう先生

でも、どうしようもないよ…

昨日テレビで、アフリカの動物のドキュメンタリー見たんだ

ライオンとかがさ爪とか牙で、獲物を捕まえるの…どうして人には鋭い爪も牙もないと思う?


二宮:…僕は現代文の教師ですから…それは佐倉先生の分野です


真田:私ね、人は爪も牙も無くても、簡単に人を傷つけられるからだと思う

少なくとも…今私は傷つけられてる…


二宮:…今、古文の授業は山月記でしょうか


真田:え…はい…李朝が虎になるやつ


二宮:どうして李朝は虎になったのでしょうか


真田:え…なんでだろう…わかんないな…


二宮:李朝の悪い部分が虎になって表れたんです

でも李朝はそうは考えなかった…自分が自分ではない虎に支配されると言ったんです


真田:…何が言いたいんですか?


二宮:真田さんの言う通りです

あなた方を傷つける人たちは爪も牙も持っていて…人だって簡単に殺せる…


真田:私は…殺されるだけですか…?

   

二宮:李朝は最後に友達に諭(さと)されます

自らの悪を暴かれるんです


真田:暴く…


二宮:真田さんが受けていることは立派な“いじめ”であり、それは悪です…

友の悪は諭(さと)さなければなりません


真田:できるかな…


二宮:大丈夫です…僕がいますから

まあでも、このままだと僕が虎になるかもしれないですねぇ


真田:その時は私が諭(さと)すよ…先生


――――――――――――――――――――――――――――


小鳥遊:(NA)

二宮先生の動きは早かった

学校への働きかけ、教育委員会への訴え、そして…


小鳥遊:…何も話すことはないです、しつこいですよ


佐倉:ほら、マスコミのみなさ~ん、生徒への嫌がらせはやめてもらえますか

ほら、小鳥遊、早く入れ


小鳥遊:ありがとうございます…


佐倉:困ったもんだね、マスコミってやつは節操(せっそう)がなくてさ


小鳥遊:…二宮先生って


佐倉:今日も来てないよ


小鳥遊:そうですか…


佐倉:びっくりだろ、真田があんだけやられても学校は何もしてくれなかった…


小鳥遊:まあ…正直…それに噂で聞きましたよ…その…二宮先生に何かしらの処分をって


佐倉:馬鹿な話だよ

さっさと対応してくれりゃあ、こんだけ大ごとにはならなかったのにな

いじめを隠蔽(いんぺい)しようとした学校は叩かれまくり…外はマスコミだらけ

責任は誰が取るのか…ってさ

二宮先生が悪いってのかよ…あ、これオフレコな


小鳥遊:…わかりました


佐倉:小鳥遊…


小鳥遊:はい


佐倉:…今真田を支えてやれるのはお前だけだぞ、行ってやれ


小鳥遊:…っす


――――――――――――――――――――――――――――


(人気のない校舎の一角)


真田:…どこもかしこも虎だらけ…ってか…


小鳥遊:恵子


真田:怜央…


小鳥遊:…隣、いいか?


真田:…うん


小鳥遊:…ごめん


真田:…どうして?


小鳥遊:俺、中学のとき恵子にいじめから守ってもらったのに…何も…できなくて…


真田:そんなこと…ないよ…今こうして助けてくれてる

私の方が…ダメダメだよ…私のせいで…先生は…うぅ…!


(真田は泣き出す)


小鳥遊:恵子が悪いわけじゃないよ…今言われてることだってほとんどひどい捏造(ねつぞう)だ


真田:それでも…私のせいだってことは変わらない!

私が先生のこと…好きになったから…ほんとはわかってたの…叶わない恋だって…でも、もしかしたらって…そんな可能性にすがって先生に迷惑かけて…ほんとバカみたい…


小鳥遊:…違うよ

先生はいつだって真摯(しんし)に向き合ってた…お前の気持ちにも…先生はちゃんと向き合ったんだ…それが迷惑だって言うのか…!

二宮先生は迷惑だって思いながらお前を助けたわけじゃないだろ…お前にそんな風に思われたくて助けたわけじゃないだろ!!


真田:怜央…そうだね…ごめん…!

先生が頑張ってるのに…私が負けてちゃ怒られちゃう…!


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小鳥遊:(NA)

じきにいじめを行ったクラスメイトはSNS上で特定され、個人情報が世間にばら撒かれてしまった

過激ないじめを起こした生徒には学校からも正式に処分がくだった 


真田:(NA)

私が先生と不純な関係である証拠もあるはずはなく、堂々と過ごすうちにいじめ自体も下火になっていった

もちろん、そうすることができたのは…私を支えてくれた人たちのおかげだ


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佐倉:…学校も大胆な人事は避けたみたいですねぇ

二宮先生は大きな処分もなく、続投かぁ


二宮:まあ、真田さんも、僕も悪いことしたわけじゃないですからね

むしろ、もう校長の長話を聞かなくていいと思うとすっきりです


佐倉:ははっそうかも、校長は責任取って辞任かぁ

ていのいい逃げ文句ですよねぇ


二宮:できることは全部やったんです

悔いはありません…佐倉先生、一つ聞いてもいいですか?


佐倉:なんですか?


二宮:人間ってどうして動物みたいに爪や牙が無いんでしょう?

武器がないからこそ…陰湿に、そしてより計画的に人は人を追い詰めるのではないでしょうか


佐倉:爪や牙が無いか…そんなの決まってるじゃないですか

思いっきり食いしばって、思いっきり握って、思いっきりぶん殴るためですよ


二宮:…ははっ、人間も存外物騒ですねぇ

ちょっと伝えてきます


佐倉:おう、いってらっしゃい、二宮先生


二宮:(NA)

学校はとても狭い場所で構築される小さな社会

この小さな社会で僕は全力で教師を全(まっと)うする

愛すべき生徒たちが爪と牙を得ぬように…誰かの爪と牙の餌食(えじき)にならないように…


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