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『きみのお金は誰のため』読んだよ

田内学『きみのお金は誰のため』読みました。

最近立て続けての小説読破となりました。

とはいえ、本作は小説といっても、教養解説系小説のジャンルに当たるものになるでしょう。たとえば『おカネの教室』とか、『嫌われる勇気』とか、『働かない勇気』とか、『宇宙怪人しまりす医療統計を学ぶ』とか、『国家』とか、『理性の限界』とか、そういう系です。最後の方はもはや小説ぽくはないですが、対話形式で解説や議論が進むという点では通底するところはあるということで。ストーリーや会話仕立てにすることで敷居を低くしながら、読者にスムーズに何かしらの知識とか考え方をお伝えしようという目論見ですね。

それで、本作『きみのお金は誰のため』は、けっこう売れてて評判らしいのを前から耳にしていました。「お金とはなんぞや」にはかねてから関心が高い江草もこのたび読んでみることにしたというわけです。


そして読了。

いやー、良かったですね。

「お金とはなんぞや」の一般的な入門書として素晴らしい完成度だと思います。

江草個人的には今まで「お金」について散々考えてきたのもあって、さすがに意外な学びというのは正直なかったですが、お金についての一般的な誤認識を正す話として綺麗にまとめてある一冊で、大変に感銘を受けましたね。頻繁に「ほんまそれな」と首がもげるかと思うぐらいうなずきながら読んでました。

ぶっちゃけ、こういう話をnoteや電子書籍で今後江草も書きたかったところがあるので、先を越された想いさえあります。まあ、江草が書いてここまで完成されたものが作れたかというとだいぶ怪しいので、こういう本をしっかり丁寧に作られ、しかも世に広く普及させた著者や出版社の方々の仕事に感謝する他ありません。


で、本作の展開としては、進路相談で「将来は年収が高い仕事がいい」と夢のないことを語っていた中学2年生の少年が、ひょんなことから関西弁を話すお金持ちの怪しげなおじさんと出会い、「お金とはなんぞや」についてのレクチャーを受けるというものです。(独り言ですが、個人的に最近どこかで聞いたようなプロットの気がしないでもない……笑)

目次にも出てるぐらいで、たいしてネタバレではないと思うので、金持ちおじさんのお金についての教えのエッセンスをサラッと紹介してしまうと、以下の3つです。

  • お金自体には価値がない

  • お金で解決できる問題はない

  • みんなでお金を貯めても意味がない

具体的なそれぞれの意味の解説は、それこそ本書をぜひ読んでいただくべきだと思うので、ここではしませんが、つまり本書が何を言っているかというと「お金を盲信するな」「お金は無力だ」「お金に隷属するな」ということになります。もっと短く言えば「世の中に蔓延する拝金主義に対する批判」となるでしょうか。

これは江草もnoteで以前から口を酸っぱくして言ってることですが、お金が現実世界で何かをしてくれるわけではないんですよね。実際に何か頭や手や心を動かして働いている人がいて、初めて現実世界で何か仕事が行われています。お金はそうした仕事を人々の間でスムーズに分担させて回すための潤滑油に過ぎないにもかかわらず、実際に仕事をするガソリンかエンジンかのように勘違いされてしまっています。

この、世に蔓延る「お金の誤解」をひたすら丁寧に、それこそ14歳ぐらいの少年にも分かるように、解説してくれてるのが本書なわけですね。

いやー、やっぱり素晴らしいですし、この本がたくさん売れているという事実も大変勇気づけられるものがありますね。



で、本書で特に感激したのが下記の箇所ですね。

正直ちょっと本書の核心的メッセージに迫ってるパートで、少しネタバレ的でもあり、できれば本書の文脈の順を追って触れていただきたいところではあるのですが、あまりに江草が共感したところだったのでちょっと引用しちゃいます。



(ちょっと空白開けておくので、ネタバレ気になる方はここでぜひ本書を読み終えてから戻ってきてください)



では、引用します。

 誰のために働くのか?
 この問いかけに、自分や家族のためだと答える人は多いやろう。彼らは「誰のためにお金をかせぐのか」という質問をされたと考える。「働く」という言葉を、「お金をかせぐ」という言葉に自動変換へんかんしているんや。
 資産運用をすすめる銀行員が「お金に働いてもらいましょう」と言うときの「働く」も、「お金をかせぐ」という意味や。「働く女性」という表現をするとき、専業主婦は含まれない。家族のために家事をしたり、子どものために育児をしたり、しっかり働いているにもかかわらずや。ここでの「働く女性」も、「お金をかせぐ女性」という意味で使われている。これはお金の奴隷になっている証拠やと僕は思っている。

いやー、これこれ、これですよ、ほんまこれ。

「働く」を素朴に「お金を稼ぐ」と解釈してしまい、育児や家事を除外してしまう社会的風潮の問題。

江草を長くフォローしてくださってる方々はご存知かと思いますが、江草のnoteでは「お金」「仕事」「育児」の話がさかんに出てきますよね。それはまさにこの引用箇所に示されてるように、実にひとつながりの問題なのです。

「働く」を「お金を稼ぐこと」と誤解した上で、同一視された「仕事」と「お金」を崇拝してしまってる、あるいは「これが現実だ」と冷笑したり諦念してしまってる社会。それが勤労主義リアリズムであり資本主義リアリズムなのですが、そうすると「お金を稼げないけど重要なこと」がどんどん社会からこぼれ落ちていってしまうのですね。その重要なことの一例が出産育児であり、これが蔑ろに扱われた結果として、まさしく少子化の危機を世界は迎えてるのです。

本書は特にその中で「お金」に対する妄信を解く役割を果たしているのですが、その上で、「働く」と「育児」の扱いについても触れてくださってる。この点が、非常に江草の琴線をぶっ叩く内容になっていたわけです。

いやー、素晴らしいですね。(もう何回目の褒め言葉かな、これ)


まあ、褒めちぎりすぎるのもなんなので、本書の限界(Limitation)については一応付記しておきますね。

良くも悪くも、ライトに、それこそ中学生ぐらいの子でも分かるように解説されてる本だけあって、「お金に対する基本的妄信」を解いた後にやって来るはずのさらなる深淵の問題については踏み込んでないところはあります。

たとえば、MMT(財政規律の問題)とかベーシックインカム(無労報酬の是非)については、本書では話題として出てきません。そもそも出てきてないので、否定的立場なのか肯定的立場なのか保留的立場なのかも不明です。

あるいは高齢者を責め立てる世の風潮に対して喝を入れる部分。

実際、お金の神話が解けたならば、本書が指摘する通り、「国債は未来の子ども達へのツケ」「借金を残した上の世代の人間たちはずるい」なんて巷でよく聞く意見が妥当ではないことは示されるわけですが、だからと言って上の世代の責任が無罪で終わるかというと疑問は残ります。

なぜなら、(所詮「お金」の話でしかない国債残高なんかではなく)少子高齢化という「現実世界の人口バランスの歪み」を残してしまった責任はやっぱり上の世代にはあるだろうからです。

この非金銭的で現実的な問題の存在を「未来には贈与しかできない」と綺麗なワードで片付けてしまうのはいささか引っかかりを覚えるところではあります。

もっとも、あくまで「お金」の問題についてフォーカスを当ててる本であること、中学生でも読めるようにするためにある程度キレイ目に主張を提示するべきであろうこと、本書の隠れテーマが「罪滅ぼし」であることを考えると、そんなにおかしいというほどの問題点でもないのですけれど。

ついでに言うと「働いてる当人には分からなくても仕事は確実に誰かの役に立っているはずだ」と思わせるような記述が少しありましたけれど、これも江草のように「ブルシット・ジョブ問題」の存在を念頭に置いてる者からすると、少々ナイーブすぎる語りかなあと感じました。これも、あくまで「お金」についての書籍であって、「仕事」についての書籍でないから仕方はないかなとは思いますけれど。


そんな感じで、本書にもいくらか限界(Limitation)はありますが、そんなの全ての書籍にありますから、内容の完成度の高さを考えると、全然問題にならないところかと思います。むしろ、この本のおかげで多くの人に「お金にまつわるよくある誤解」が知らしめられてるからには、やっぱり素晴らしい一冊だなと思います。

オススメです。



余談ですが、しかし、やっぱりこういう小説形式の解説本っていいですね。単純に会話文体は読みやすいですし、本書もそうであったように話の展開にひとひねり加えることでエンタメ要素も添えることができるのは、読者に勉強してる感を与えず、退屈で飽きてしまわないようにするための仕組みとしてかなり有効だなと思います。

実際、『嫌われる勇気』も本書も本来の内容のコッテリ感にも関わらずベストセラーになってるところを見ると、こうした小説形式(対話篇形式)の強さを感じます。古くはプラトンも愛した形式ですし、やっぱり古今東西で愛されるだけの魅力と利点があるのでしょう。

上で、「先を越された気分」ということを書きましたけれど、もはや別のテーマでもいいので、江草もこの対話形式で何か書きたくなってきました。

ちょっと対話形式の訓練を検討しようかなー。



(付録)本書で触れた書籍たち

内容にあまり関係ないですが、せっかくなので本稿で触れた対話形式の書籍たちのリンクを付録として載っけておきますよ。いずれも対話形式の魅力にあふれた書籍たちです。

(よくよく見るとなんだかとんでもない並びな気もしないでもないですが、気にしないでおきましょう)

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