余暇と風の匂い
目が覚めたら外は薄ぼんやり明るかった。雨が降っているのかと思えばそうでもないようで、窓を開ければ気持ちよいすずしさの風が部屋に吹き込んできた。
さむいさむいと泣きそうになる季節はそろそろ終わりらしい。家に誰もいないのをいいことに、キャミソール一枚でしばらく布団の上で過ごしている。今日の風はなんとなく懐かしいすずしさで、だけど私はこれをうまくことばにすることができない。
教育熱心な家庭で育ったので、月曜はピアノ、火曜はそろばん、水曜は英会話と日々忙しなく過ごしていた。とは言え子どもの生活だ、残業続きの今の生活にも充分な余暇があるように必ず穏やかな時間がそこにも存在していたはずなのだが、思い出す幼い頃の余暇というものはあまりにはかなく、そして尊い。
寝室として使っていた和室で浴びた風に、似ているのだ。今日の風の匂いは。寝室は子ども部屋とは異なる部屋だったから、そこにいるのは大抵夜から朝までだ。あるいは子ども部屋で勉強しているふりを装って忍び込んだ、休日の日中帯。そしてそんなことができるのは、塾の宿題やピアノの練習を終えた、貴重な余暇の時間だけだ。それが春だったのかは定かではないが、私の記憶の中ではこのすずしい風と尊い余暇とが、どうやら結びついているらしい。賃貸マンションのワンルームなのに、和室の畳の匂いまでしてくるようだ。
あれだけ貴重に思っていた余暇に実際なにをしていたのかは、正直思い出せない。だらだらと本を読んでいたのかもしれないし、姉と駄弁りでもしていたのかもしれない。特にやりたいこともなかったのだろうが、今にして思えば正しい余暇の使い方であったように思う。風の匂いをかぎながら、何をするでもなくのんびり過ごすということは。
そういうわけで、今日はあの頃のように1日のんびり過ごすと決めた。もう少し布団の心地よさを堪能したら、この風を浴びに散歩にでも行こうと思う。
よろしければサポートお願いします。頂いたサポートでエッセイや歌集を読み、もっと腕を磨いていきます!