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羊と人間と、地球との共存が僕の永遠のテーマ

静かに、しかし強い意志を感じさせる声で訥々と話すのは青沼頌平(あおぬましょうへい)くん。埼玉県出身で茶路めん羊牧場の羊飼い見習い。2022年の5月末に2年半の研修生活が終わり、長野県の白馬村で自分の牧場を始める。

茶路めん羊牧場のメンバー、プラスお手伝い

メインの生産物は羊毛と羊肉。羊肉は出荷先を白馬村や長野県内にすることで、環境にできるだけ負荷をかけない地産地消を目指したいとのこと。

白い顔、ピンクの鼻先がチャーミングな
ポールドーセット

将来的には日本でまだ珍しい羊乳のチーズ製造も視野に入れているため、肉付きが良く泌乳量も多いポールドーセット種を牧場経営のパートナーに選びました。牧場の規模は多くても母羊を100頭にする予定なので、牧場全体では200〜300頭くらいになると思います。
「母羊100頭」。それ以上増やさずに、自分と羊それぞれが共生できる生活を目指したいです。母羊100頭というと多く聞こえるかもしれませんが一般的な羊牧場の規模からすると少なめです。少ない頭数で飼うことで羊の状態をよく観察することが出来ますし、1頭あたりの畜舎の面積を広くとれます。羊にとって快適な環境を提供し羊のコンディションを上げることによって肉や羊毛など生産物のクォリティを上げていきたいです。
それに付帯して、人間の食用に適さない廃棄作物を飼料に利用するなど、環境に配慮したエサの工夫などを組み合わせたいと考えています。

厳冬期、もはや誰だか分からない

いつ羊に興味を持ったのかは定かじゃないんだけど

青沼くん、少し変わった経歴の持ち主。大学では音楽を学び、バンドマンとしてライブ活動をする日々。羊とは観光牧場を訪れた際に遠くから眺める程度の距離感だったそう。

牧場の雰囲気や匂い、風景が好きで旅行が好きだったのもあるけど徐々に「牧場ありきの旅行」に変化していきました。牧場にいる動物の中でも、羊が段々気になる存在になっていって…。

いつのまにか羊沼にハマっていたんだね

伊香保グリーン牧場でシープドッグショーを見たとき、牧羊犬に立ち向かったり、かと思えば一心不乱に逃げたりする、羊それぞれの個性的な動きや、その後の毛刈りショーの姿を見て「何だこの動物は!」と思ったんです。そこから、旅行イコール羊のいるところに行く、になりました。

「よし、動くぞ!」と思ったきっかけ

各地の観光牧場を回っているうちに、人が来ても驚かない羊ではなく、人が近寄るとまとまって逃げたりする、「羊らしい動き」をする羊を見てたいと思いました。その時はまだ羊飼いになりたいとは思っておらず、羊の写真が撮りたくて2017年10月に北海道と東北の生産牧場をぐるっと回る旅をしました。

旅での写真。お気に入りの1枚だそう

その時自分の想像を遥かに超えた、羊と真摯に向き合う羊飼いの姿に衝撃を受け、憧れを抱くようになりました。外から見ているだけでは飽きたらなくなり、羊のことを知れば知るほど「羊の全てを愛している羊飼い」への尊敬を抱くと共に、自分もそうでありたいと思うようになりました。

茶路での研修期間中にも休みの日には牧場を回り
先輩羊飼いと積極的に情報交換をしていた

「青沼先生」たる所以

私は彼を「青沼先生」と呼んでいる。文字通り、私にとって彼は毛刈りの先生なのだ。

「ロングブロー」という、まさに毛刈り!という部分。このアングルがめちゃくちゃ好きだ

彼は独学とは思えないほどとても毛刈りが速くて美しい。羊に関わろうと思い立って働き始めた牧場で、たった1人で70頭の羊を毛刈りしたそう。初めのころは毛刈りそのものに時間がかかるし、毛刈りしやすい体勢にするための保定が甘いと、隙をついた羊に逃げられてしまう。毛を刈り始めたら中途半端にしておけないので捕まえて刈る、逃げられる、捕まえて刈る…それをたった1人で70頭。想像を絶するしんどさだと思う。でもやり切ったのだ彼は。そんな胆力を持っている人ってなかなかいないんじゃないか。

毛刈りが終わった羊達
のどかな風景だけれど、羊飼いの努力のたまもの

最初のうちはとにかく羊にケガをさせないように気をつけて毛刈りをしていました。毛刈りはバリカンを持つ右手の動きも大切だけど、皮膚を伸ばしたり刈りやすくするために左手をどう使うかも重要です。羊の負担を減らすためにスピーディに毛刈りを終わらせることも大切だと思いますが、いかにスキンカット(皮膚を切ってしまうこと)を減らし、きれいにフリース(1枚につながった羊毛)をとれるか意識しています。

スカーティングも毛刈りと一緒に行う大切な作業

羊毛は、羊が1年かけて育んでくれた貴重な生産物。それを良い状態で収穫することも羊飼いとして重要な仕事の1つだと考えています。毛刈りは自分の成長を実感しやすい作業なので、とても好きな仕事です。

2021年、青沼くんは惜しくも非公式開催となってしまった毛刈り大会でノビスクラス(初心者向け部門、と言いつつ毛刈りの猛者も出場している)で優勝を果たしている。かっこいい。

バリカンはもちろん自分で調整

なぜ彼が白馬村で羊飼いになるのか

埼玉県出身の彼が、なぜ長野県を就農地に選んだのか。その理由を尋ねてみた。

雪山の白さと空の青さのコントラストが美しい

長野県白馬村を就農地に選んだのはいくつか理由があります。1つ目は、白馬村の自然の美しさに胸を打たれたから。2つ目は、羊は暑さや多湿に弱いため、標高が高い白馬村は彼らに適した環境であると思うからです。3つ目は、白馬村にはスキー場跡地が点在し、そのままでは荒れ地になってしまいます。そこで羊を飼うことが土地の有効活用につながると考えています。
白馬村に住んでいる人たちは環境問題に熱心な人が多く、後述する僕の理念に適っていた事も理由の1つです。村全体で自然を大切にしよう、という雰囲気に心を惹かれました。

雪深い街、夏はさぞ緑が美しいことだろう

また長野県は農産物の一大産地で、生産段階で人間の食用にならないものがどうしても出てしまいます。それらを羊の餌にしたり、糞をたい肥にして畑に戻す事で、羊を軸にした1つのサイクルが生まれます。
これは、僕が目指す「羊と人間と地球の共存」のための大切な柱になると信じています。羊飼いとして、羊と生きていくために彼らに感謝し大切に飼うだけではなくその場所を与えてくれる地球へも尊敬と感謝の気持ちを持っていたいと考えています。年々、環境問題が深刻になっていますが、できる限り環境への負荷をかけずに羊飼いを続けていきたい…これは僕にとって一生をかけて取り組まなければいけないテーマです。


「1人前の羊飼いになることが僕なりの恩返しです」

先輩羊飼いへのメッセージは?と聞いたところ、このように返してくれた青沼くん。
色々な牧場を巡り、先輩方から受け継いだ知識を、次の世代に伝えていくこと、羊飼いとして生きる自分の姿を発信し羊の魅力を伝えることが自分の役割だと語ってくれた。「羊に対して強い思いを抱きながら羊飼いとして生きている人がいる、その事を心に留めてほしい。」とも。その目はとても真っ直ぐで、美しく輝いていたのが印象に残っている。

冒頭の写真の毛刈り後の「エリー」
彼の牧場の唯一?のサフォーク種になるそう

長野は遠くて近い。「見習い」ではなくなった彼の姿を見に行くのが楽しみだ。

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