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りんどうにて (4)

『中学生になって,セーラー服を着た岬が急にお姉さんぽくなった。女子って,ずいぶん変わるもんだね。あ,美里ちゃんみたいに,あんまり変わんなくてかわいいままの子もいたけど。』

 中学生になってからのこと。はじめての「中間テスト」で英語がさんざんだったことや,水泳大会のこと,文化祭のことなど,いろいろ書いてある。
 岬は「あれ?」と思った。二年生までざっと目を通して,クスっと笑ってしまった。
 おばさんが,
「あら,岬ちゃん,さっきは泣いてたけど,こんどは何か面白いこと書いてあったの?」
と聞いた。
「ううん,そうじゃなくて,健ちゃん,バレンタイン事件のこと書いてないんだもの。」
「何,そのバレンタイン事件って」
「健ちゃんがね,他の小学校から来た子のことを好きになったの。それで,2月にバレンタインってあるでしょ,そのときに起きた,ちょっとした事件よ。小学校で私が嶋田君を好きだったことは書いてあるのに,健ちゃん,自分のことは書いてないんだから」

 中学校には村内の2つの小学校から生徒がきた。健一が好きになったのは別の小学校から来た子だった。そのころには,岬と健一が毎日一緒に登校するわけではなく,帰りも部活が違うから別々だった。それでも,健一がその子を好きになっていたことがわかったのは,2月のバレンタインのときだ。岬は健一と同じクラスだったから,バレンタイン事件のことは一部始終知っている。

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 バレンタインの日,健一の机の中にチョコレートがあるのが見つかった。
「おい,健一,チョコあるぞ。」
「お,ハートのリボンじゃないか」
と友人がはやし立てる。
誰なのか,名前は書いてない。
しかし,健一には心当たりがあった。いや,心当たりというより願いというべきだろう。あの子がくれたんだろうか,という。
ところが,手紙はおろか,本人からの申し出もない。
「健一,誰だった?」
「わからない」
「ラブレターもないのか」
そんなやりとりが繰り返され,健一の自作自演ではないかという話さえ出た。
名前がわかっていればすんなり収まったのだろうが,そんなこんなで話が大きくなった。ついに担任の先生が口を出した。

「バレンタインのチョコなんて,大げさにやるもんじゃありません。誰とは言いませんが,本人は大げさにするつもりはなかったのでしょうけど,結果的にそうなっていますね。男子もチョコレートくらいでわーわー言うもんじゃありませんよ。」

 岬は,その時のクラスメートの様子を見ていた。健一はもちろん下を向いているが,多くの女子が半分笑っている中で,ひとり目を伏せている子がいた。隣の小学校から来た安井涼子だ。
 怪しいと思っていたら,その日の放課後,校庭の隅に,健一と安井がいるのを見つけた。そして,安井が半分泣きながら走っていくのも見えた。

「ちょっと,健ちゃん,安井さん泣かしたね」
と岬が言うと
「いや,向こうが勝手に泣いたんだ」
と答える。
「どういうことだか,白状しなさいよ」
なにしろ他でもない岬の詰問である。
健一が言うには,
「あのチョコレート,もしかして安井さんがくれたんだったらうれしいからお礼を言おうとしたんだ。それで,校庭の隅に呼びだして,『あのチョコ,君がくれたの?』と聞いたんだ。そしたら,半泣きになって,走ってっちゃったんだ。」
「それ,いきなり聞いたの?」
「うん」
「もう,健ちゃんのばか。いきなりそんな言い方したらだめじゃん。はじめはさしさわりのない話をしてさ,さりげなく聞くもんだよ。だけど,なんで安井さんだと思ったの?」
「いや,安井さんだといいなと思って」

そうか,安井さんが好きなんだ。

「しょうがないなあ,とりもってあげるから」
岬はそう言って,翌日安井に近づいた。はじめは,小学校はどんなだった?というような話で,自分の学校の話をし,健一が幼なじみだという話を続けた。
「そういえば,昨日健ちゃんと校庭で話してたでしょう」
「え?見てたの?」
「たまたまね。健ちゃん,悪気があったわけじゃないから。チョコレートは安井さん?」
「うん」
「なんだ,それなら話は簡単じゃん,健ちゃんも安井さんのこと好きなんだよ」
安井ははずかしそうに黙っていたが,感触はよかった。
それから,さりげなく健一と安井を観察していたが,どうやらうまくやっているようだった。はた目にはそれほどわからないように。

 そんな話をおばさんにすると
「へえ,そんなことがあったの。それでどうしたの」
「それがね,2年生になるときに,その子転校しちゃったんだ。」
「あらまあ,健ちゃんがっかりね」
「うん,2年生ではクラスが分かれちゃったからどうだったかわからないけど,がっかりしたんじゃないかな」
「で,その話は手紙には書いてないんだ」
「うん」
「そうか。思い出したくないのか,それとも岬ちゃんに気を使ってか」
「えーっ,だって,キューピットやってあげたんだよ。」
「それはねえ,今になって,一時的にとはいえ岬以外の子を好きになったってことを申し訳なく思ってるんじゃない?」
「そうかなあ」
そう言いつつ,岬は健一がどういう気持ちでこの手紙を書いたんだろうと思った。ラブレターじゃないし,思い出を書いてるだけみたいだけど。

 中学校時代のことを書いた終わりの方に,高校進学のときの話があった。3年生でまた健一と同じクラスになっていた。

『どこの高校を受験するか決めるころ,岬が職員室に呼ばれて,東高はむずかしいだろう,って先生から言われたよね。うちの中学から東高に行ってるのは毎年10人前後。岬は10番くらいだったのかな。ちょっとしょげた顔をしてたでしょ。ぼくは岬は受かると思ってたから,受けろよっていいたかったけど,直接言うのは気が引けて,母に相談したんだ。そしたら,母が,岬のおかあさんに言ってあげるって。どうなるかなと思っていたから,岬が受けるって聞いて安心した。それで,岬が受かってぼくが落ちるんじゃしょうがないから一生懸命勉強したよ。受かったのは岬のおかげだね。』

 そうか,そんなことがあったんだ。母は,先生から危ないと言われたと話したとき,始めのうちは岬が決めなさい,と言ってたけど,そのうち,落ちることを恐れているようじゃこれから先何もできないよって話にかわったっけ。健ちゃんから「合格発表,一緒に見に行こう」と言われたのも,それでだったのかも。結局10人受けてみんな受かったっけ。てことは,私みたいに言われてあきらめた子もいたんだろうな。「受かったのは岬のおかげ」って,健一ならよほどのことがない限り受かるに決まってた。部活でも実績出してたし,生徒会でも役員やってたし。私はそういうのあんまりなかったから勉強で頑張るしかなかった。絵のコンクールで県知事賞をもらったことがどれほど役に立ったかもわからない。

「ねえおばさん,高校受験の時,おばさんは健ちゃんが受かるって思ってたよね」
「そうだね,健ちゃんは優秀だったからね。苦手なのは美術だけじゃなかった?」
「私は?」
「岬もがんばってたからね。二人でそろって合格できるといいと思ってたよ。」
「手紙にこんなことが書いてあるんだ。『岬のおかげ』だって」
「それはね,岬ちゃん」
おばさんはそこまで言って,あとは笑っていた。

ふたりは高校生になった。JRで5駅離れた町の県立高校だ。毎朝同じ列車で登校するようになった。

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※チョコレートボックスのイラストは,イラストACから でおさん 作

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