見出し画像

りんどうにて (2)

『先日,部屋を整理していたら,幼稚園の頃の写真が出てきた。由紀子先生をはさんで僕と岬が二人並んでいる写真だ。体育着に「みさき」「けんいち」と書いてある。岬はにこにこと笑っていて,ぼくは澄まし顔だ。
 もう一枚,絵を展示した写真があった。覚えているかな,「おとうさんとおかあさん」という題で書いた絵。
 岬は絵が上手で,いつも金紙だった。裕二君も上手だったな。ぼくの絵は,目があるんだかないんだかわからないような顔だし,どっちがおとうさんかもわからない。みんなの絵が貼られていたからはずかしかったけど,岬のおかあさんは僕の絵を見て何か言ってたね。何だったかな,でも,母は「そうかしら,ありがとう」って言ってたような気がする。少なくとも,がっかりはしなかったと覚えてる。
 あとは,運動会かな,覚えてるの。かけっこ。名字が近いから何人かで走るといつも岬と一緒だった。ぼくは一生懸命走るんだけど,いつも岬が勝ってたね。小学校でもそうだった。
 そのくらいかな,幼稚園。
 あ,そうだ,園ではなくて,神社の裏山に行ったときのことを思い出した。小学校1年生だっけ。どっちかな。ともかく,岬と一緒に裏山に行って,洞窟で遊んでたら蜂に刺された。ふたりともわんわん泣いて帰ったら,ぼくだけ叱られた。岬のおかあさんは,「まあまあ」って言ってたけど。
 卒園式,覚えてる? ぼくは忘れちゃった。小さいころの記憶って,あいまいなもんだね。写真はあるけど,どんなだったか。覚えていないんだ。』

 幼稚園か。そういえば,裏山に行ったっけ。神社はふたりの遊び場だった。いや,ふたりだけではない。神社の境内は公園のようなもので,小さな子どもを持つ親はそこで子どもを遊ばせるのだった。親がおしゃべりをしている間に,子どもだけで神社の裏山へ行くことは日常茶飯事だった。たいてい声を掛ければ届くところにいたからだ。そこに,奥行きがせいぜい2mくらいのちょっとした穴があり,子どもたちは洞窟といって遊んでいたものだ。
 神社。岬はふいに思いだした。その頃,ここはまだ「村」だった。村長の息子の結婚式が神社でおこなわれ,たくさんの人が見に行った。角隠しをつけたお嫁さんと村長の息子が並んでいる。
 岬が「およめさん,きれいだね」と言うと,父が「そうだね。岬も大きくなったらきれいなお嫁さんになるかな」と言った。
「うん」
「岬は誰のお嫁さんになるのかな」
「おとうさんがいい」
「あはは,おとうさんのお嫁さんにはなれないなあ」
「じゃあ・・・けんちゃん」
「あはは,それはいい」
周りの人が皆笑ったので岬はなんとなく恥ずかしかった。そこに健一はいなかったのだけど。
 そうだ,結婚のことなど何もわからない子どもだったけれど,岬にとって健一とはそんな存在だったのだ。
また一筋涙が流れた。

============================================

ここまでの話

 喫茶「りんどう」にいくと,おばさん(岬のおば)が,健ちゃんから預かったといって分厚い封筒をよこした。
 あけてみると,「『岬ちゃん,ごめん。24分ので行く。』」と書いてある。
岬は急いで駅に向かうが,列車は出ていってしまった。
「りんどう」に戻って,健一からの手紙を読みはじめる。

りんどうにて (1) はこちら

いまのところ,7話完結の見込み。

→りんどうにて(3)