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高等学校「情報Ⅰ」:共通テスト試作問題を検討する

 「平成30年告示高等学校学習指導要領に対応した大学入学共通テストの『情報』の試作問題(検討用イメージ)」がいくつかの団体に公開され,情報処理学会がWebページに「参考資料」としてPDFを掲載した。
 情報処理学会はこれを

そこに示されている試作問題は,個別に見れば実際の出題に向け様々な推考・洗練を要するにしても,セットとして見たとき,カバーする範囲・難易度ともに極めて適切に設定されていると本会は考えます。

と評価している。

 ここでは,実際に授業を行なっている現場の感覚で,試作問題を検討する。公開された試作問題を上記の情報処理学会のWebページなどを通してダウンロードして参照されるとよいだろう。
 なお,授業を行なっているのは,県下で十指に入る進学校である。

第1問

 情報に関する法規や制度,情報セキュリティの重要性,情報社会に おける個人の責任及び情報モラルについての基本的な知識を問う

 現行の教科書の知識でもほとんどは答えられるが,実際にWebからデータを取得したり,Webに載せたりする経験があるかどうかで違いが出るだろう。現行の教科書ではあまりやっていないことがらである。
 たとえば,Webから何かのデータを取得するとき,そのデータ形式は何か。必ずしも Web でなくてもよく,データをやりとりするのに適した形式が何か,という知識である。選択肢から考えれば,「CSV」に確定するだろう。
 しかし,現行の教科書では,CSVでデータのやり取りをするような実習例はないし,ExcelからCSVに書き出す,という実習もほとんどやっていないだろう。
 筆者の場合,統計を扱うにあたって,CSV形式でデータを用意して,Rで処理する,という授業をやっているが,ディレクトリ指定の手間を省くために(単なる手間というだけでなく,ディレクトリの概念は教科書に載っていないのと,ちょっとしたハードルだからだ),テキストエディタで開いて,カットアンドコピーをする,という方法をとっている。
 これからは,直接CSVファイルを読み込むという実習になるだろう。新課程の教科書には当然入ってくる内容と思われるが,それだけ実習のレベルがあがる,ということでもある。

第2問

 情報の表し方や身近な動画のデータ量に関する基本的な知識・技能を問う

 現行の内容とほぼ同じ。2進数,16進数とデジタルデータ量の計算である。現役生でも十分答えられる。しかし,1学期にやったこの内容を,今,テスト問題として出したとして,5問中何問正解を得られるか。平均で2.5問,1問以下が半数をこえるかもしれない。実際に期末試験で出しているような内容だが,習った直後(学期内)の試験でも,正答率は
 基数変換と2進数・16進数を使った問題 43%
 データ量の計算(音声と画像各1問)  48%          
だった。
 ちゃんと理解していれば,どうということのない問題である。しかし,基数変換や2進数,16進数は,こちらが思っているより生徒の理解度は低いのだ。なぜかというと,原理を理解していないからだ。よくある,「10進数を2進数にするには,2で割って,余りを・・・」という手順の暗記だけでは対応できない。ところが,教科書には,原理はちゃんと説明されておらず,手順だけが示されている。このあたり,指導者がちゃんとわかっていないといけないだろう。
 ただし,正答率が低い理由はもうひとつある。「生徒がちゃんと勉強していない」ということだ。用語を選択肢から選ぶ問題でも60%(得点/満点)しかない。期末試験の前に「1学期まとめ」プリントを渡しておいても,である。「どうせセンター試験には出ない」という気持ちもあるだろう。2学期は「これではまずい」と思ったか,用語の問題の正答率はあがった。いや,そうではなく,用語の学び方を変えたからかもしれない。教員が「説明」するのではなく,教科書を読み取らせた。教科書だけでわからなければネットで調べてもよい。問題形式のプリントを渡して教科書を読ませたのだ。結果として,いかに教科書が読めないかがこちらには把握できたが,生徒側からすれば,「自分でちゃんと考えた」ということかもしれない(推測に過ぎない)

第3問

 画像処理(画像を白と黒の 2 色のみで表現する2階調,明度と画素数等)
に関する問題

 現在の教科書では学んでいない内容だ。カラー画像を2階調に変換(二値化)することはもちろん,「しきい値」についても学んでいない。今の生徒では,問題の意味を把握することもできないだろう。意味を知っていれば(できた画像は白と黒しかない)答えられる問題ではある。
 これも,原理だけではなく,適切な画像処理ソフトを使って「モノクロ化」をした経験があるかどうかも関わってくるだろう。

第4問 

動的モデルかつ 確率的モデルのシミュレーションにより検討し,結果を分析していく問題

 待ち行列の問題である。社会と情報(第一学習社)の教科書には,モデル化とシミュレーションは「発展」として載っている。「情報の科学」の方には,発展ではなく,章として設けているから扱いが違う。「発展」なので,やらない学校もあるだろう。筆者はこれをやった。交差点の通過ではなく,窓口での受付だ。教科書ではExcelを用いて,待ち時間の表を作るようになっている。それも,窓口が一つの場合だけだ。「やってみよう」には

(1) 待ち時間の平均値を求めてみよう。
(2) 窓口の手続きに要する時間を変え,結果を考えてからシミュレーションをする。
(3) 窓口の手続きの時間も乱数にする。

というものがあるが,窓口が2つの場合を「やってみよう」とはなっていない。教科書に掲載されているExcelの計算式をそのまま打ち込み,「やってみよう」をやるだけでは,待ち行列についての理解は得られないだろう。やはり,窓口を複数にしたものをやってみるべきだ。それによって,問題の意味の把握ができる。
 しかし,窓口が2つの場合についてExcelでシミュレーションするのは面倒なのだ。筆者もやってみたが,セルに入れる計算式がそう簡単ではなかった。(If のネスティングが必要)これを生徒に「やってみよう」と持ちかけるのはほとんど無理だ。
 したがって,窓口が2つの場合についてはプログラミングでシミュレーションを行なった。もちろん,窓口が1つの場合のプログラムを作ってからである。
次の表を手作業で作る,という時点でつまづいている者が何人もいた。

 窓口が2つの場合についてのシミュレーションを行う。
 ・客は,到着したらひとつの待ち行列に並ぶ。
  複数の客が同時に来た場合も順に並び客に番号をつけるが,到着時刻は
  同一とする。
 ・待ち行列の先頭になったら,空いている方の窓口で手続きを受ける。ただし
  両方の窓口が空いている場合は窓口1で手続きを受けるものとする。
  すなわち,窓口が1つの場合とは異なり,前の客の終了時間ではなく,
  2つの窓口の終了時間を見て,どちらの窓口に行くかを決める
 たとえば,窓口の処理時間を4分,到着間隔は0〜6の乱数とすると,次のようになる。空欄を埋めよ。

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期末試験では窓口が3つの場合を出題した。条件は
・空いている窓口にいく。複数空いていたら番号の小さい方にいく
・全部塞がっていたら,最初に開いた窓口にいく
である。これで,上のような待ち時間の表を作らせたところ,昨年は正答率50%を切っており,今年でも58%だった。条件を読み取る時点でこの正答率である。

 試作問題の第4問,交通渋滞の問題は,提示された図をいかに読み取れるかが鍵になっており,条件の読み取りと結果の分析という点ではとてもよい問題だと思う。図3と図4から,国道の青信号が60秒から50秒に変わった,ということがまず読み取れるかが鍵だ。しかし,高正答率は残念ながら期待できない。期末試験にそのまま出してみたい気はするが,白紙答案が多くなりそうだ。図が読めないからだ。

とてもよい問題だ。しかし,今の生徒には無理だ。

 この現実をどう変えていくか。教材と授業を変えていくしかない。教科書に載っているだけのシミュレーションではなく,条件を変えて実行させることによって,条件の把握,結果の分析ができるようにしていかなければならないのだ。場合によっては,待ち行列のときのように,表計算ソフトよりプログラムを作る方がいいだろう。現在の教科書の「モデル化とシミュレーション」では,プログラミングが入っていないが,新課程では入ってくる可能性がある。プログラムを作るには,まず条件の把握ができなければならない。結果を分析するためには,そのためのプログラムも書いて,出た結果について考察しなければならない。かなり高度な学習になる。筆者の勤務校にはそれができてしまう生徒が何割かはいるが,「何割か」でいいものかどうか。7割以上の生徒ができるようにするための教材研究と授業計画が必要である。

第5問 

シフト暗号(シーザー暗号)を解読する問題。

この問題には,他に比べて長い解説文がついている。

(i) 課題解決のために必要な情報と,それを得るために必要な処理の明確化
(ii) その処理を実現するプログラムの作成とその実行による課題解決,という一連の過程の中でプログラミングの基本となる考え方や技法を問う問題である。

というのが趣旨である。
また,

高等学校の授業で多様なプログラミング言語が利用される可能性があることから,問題中で使用するプログラミング言語は,公平性を鑑みて,大学入試センター独自の日本語表記の疑似言語としている。

と書いてあるが,「高等学校「情報Ⅰ」のプログラミングのために(8) 共通テスト試作問題に見る方向性」でも書いた通り,センター試験「情報関係基礎」とは若干変わっており,一番近いのがPythonだ。JavaScriptで授業を行なっていても十分答えられる。必要な知識は,変数,リスト(配列)の要素のインデックスによる指定,条件分岐と繰り返しだけだ。
「一番近いのはPython」と書いたのは,これを教材化して,グラフまで表示するとなるとJavaScriptよりPythonがやりやすそうだと考えたからである。VBAは,グラフ化するには便利だが,「等しくない」の記号や,配列の要素の表し方(角カッコでなく丸カッコ)といった点で,若干ハンディがある。

難易度としては,現在の「情報関係基礎」のプログラミングの問題とあまり変わらない。設問の立て方も適切だ。

第6問 

二要素認証の情報セキュ リティ上の有用性に関する正しい理解を問う

 二要素認証(二段階認証)については,現行の教科書には載っていない。教科書編集時点ではまだあまり一般的ではなかったのだろう。このように,情報に関する知識は年々どんどん変わってきている。やったことがあれば簡単な問題。そうでないと意味がわからないかもしれない。
 問題は1問だけだが,このような時代に合わせた問題が出題されるとなると,教科書にはなくても,現在の動向を見て,適宜話題として授業でとりあげていく必要があるだろう。

第7問 

通信状況か らネットワークの不具合の原因を推定する

 ネットワークのトラブルを調べる問題だが,現行の教科書のネットワークに関する知識でも解ける。ただし,IPアドレスについてちゃんと学んでいれば,の話である。

第8問 

Web サーバの仕組みとアクセスログの分析,SNS 発信
件数と Web サーバ訪問件数の関係を回帰分析する総合的な問題

 Webページは,HTML・CSS・画像ファイルなどで構成されることや,リンクについての知識が必要になる。現行の教科書にも載ってはいるが,実習をやっていなければ問題の意味さえわからないかもしれない。これも,現行の教科書編集時点では想定していない設問だと思われる。
 キーポイントは,表2のアクセスログが読み取れるかどうかだ。検索や,リンクを貼った文字列などをクリックしてWeb ページに行くことは日常的に経験しているが,その仕組みを知らなければ答えられないだろう。筆者は,授業でHTMLもCSSもやって,実際に書かせたが,その仕組みを詳しく説明したわけではないので,問題として出題したときにはたして何%の生徒が答えられるか,まったく自信がない。おそらく,表2が読めずに(意味が分からずに),正答率は20%を切ると思われる。
 Bの「オ」にしても,現行教科書で答えられる問題だが,はたして「トップレベルドメイン」の意味がわかるかどうか。教科書に載っているのは,「ドメイン名」「DNSサーバ」 である。そこにつながるかどうかである。意味もわからず用語を暗記しているだけでは手が出ないだろう。もちろん,現行教科書には載っていない「トップレベルドメイン」の用語が,新課程の教科書に載れば話は別である。
 もうひとつ,「カ」の選択肢は紛らわしく作ってある。図1でわかるのは,1番がjp(日本),2番がcom(商用組織)だからだ。また,これらドメイン名を覚える必要があるかという点でも疑問が残る。
 Cの散布図と相関については,現在は数学Ⅰで学んでいるものだ。しかし回帰直線についてはちゃんとは学んでいない。情報でも教科書に載ってはいるが,どのくらい実習としてやっているだろうか。筆者は,高校生の新体力テストのデータを使って相関係数を求め,散布図を描く授業をやったが,回帰直線には触れていない。数学でも相関係数の求め方はやるが,その結果の分析についてはあまりやっていない。相関係数だけでなく,ヒストグラムや箱ひげ図についても同様である。作り方は学ぶが,読み方,分析のしかたはあまり学んでいないのである。
 統計については,数学ではなく「情報」で扱うべきだという声もある。作り方を学ぶだけでなく,結果の分析まで踏み込んで,「情報」で扱う方がよいということだが,それ以外に,数学では手作業で計算するために,データ量が大きいものについては扱えない,という事情もある。10や20のデータ量では話にならないのである。この点でも「情報」で扱う方が有利である。もちろん,数学でもそうすればいい,という声もあろうが,Excelで扱うにはやり方を教える手間がかかる。筆者はRを使ったが,Rが使える教員は少ないだろう。
 統計の内容については,Pythonを使うことも可能だ。「プログラミング」の節だけでなく,シミュレーションや統計でもPythonを使っていくというのがよい選択だろう。


 以上,試作問題について,ひととおり検討してみた。
細かいことも書いたがそれらはあまり重要ではない。実際の作問では十分検討されるはずだからだ。したがって,出題内容や難易度を批判するというより,この試作問題から,「何を期待されているか」を読み取り,これからの情報の授業に反映させていく方が重要である。
 それにつけても,担当教員の資質(ここでは人間性ではなく知識)が問題になることが浮き彫りになった。各校の校長はしっかりと対策を考えるべきだろう。