詩を読んでいる 13歳の 書いた詩を ほそいほそい文字列が わたしを記憶へとひいていく 学校は きらいだった けれど、好きだったところもあって とおくから響く喧騒と 窓から放り込まれるチャイムと 廊下を打つ上靴のおと それら全てに切り離されて 静かにじっとしている わたし 屋上の扉の前 だれもいないそこには たまに煙草を吸いにくるわるい先生が 埃っぽい踊り場 積まれた机に掘られたイニシャルと 窓の外には揺れる校庭 孤独なようで 孤独で
心臓のまんなかに 貝殻があって うずを巻いてとんがった先は 外界との唯一の交信手段なの ダイアモンドよりもずっとずっと硬い 心臓をつるぎで突き刺したくらいじゃ決して砕けない、 わたしはそのなかにいる べつに息をころしてる訳じゃないの 隠れてるわけなんかじゃないのよ かくれんぼしてて 見つけてもらえなかったあの頃みたいな 喚きたくて 砂を蹴散らしたくて まっしろな壁にコブシの跡をつけたい 紅炎みたいな煮えたぎる衝動が さめた頃にはもう わたしはこ
正解のない迷路みたいだった。後に僕はそう語るだろう。 触れてはいけないものだった、形のないもの、実態を持たないもの、 そんなもの、枠にはめこもうとしてはいけなかった。 ブローチの彼女は笑みをうかべたまま軋んでいる。だらしないチューインガムみたいにのびきった時間は、僕の首にとぐろをまく。 瓶の中の舟は宙返りする。僕を乗せて。上も下も、明日も昨日もない。今は今でしかなくて、悲しいことに彼らは天邪鬼だ。 きまりきった毎日になんの香ばしさがある?見てみろよほら、彼らのせいで
むらさきはたいした色だ、と君は言った。 もしひとが無色の世界にとつぜん放りこまれるとしたら、 きっとはじめにむらさきを忘れる。 ああそうだ。ぼくたちは自然なむらさきをあまりしらない。 むらさきは異世界だ。どこか神秘的で、魅惑的で、ちょっぴりこわい。 だとしたら、君はむらさきの化身なのかもしれないね。 手をつなぐとき、つめがむらさきでないかこっそり確認する。 君のゆびさきから、異世界がながれこんでくる。僕はそのちからづよさに溺れそうになる。 たいした君だ。君はた
「月。月が怖え」 香星は、そう、言った。 しんと静まり返った団地の濃い影をぬけて、私は立ち止まった。団地群の一角にあるちいさな公園。街灯のじりじりという音、しろいひかり、それらがほんのちょっとで届かないところに、やっぱり彼はいた。 ジャングルジムのてっぺん。金色の頭。 また、やっている。ぐんと首を思いきりそらして、空を見つめるすがたは、落ちてしまわないか心配になる。 あんたはカナリアじゃないんだから。落ちても飛べないのよ。 そう言い聞かせたって、たぶんあいつは
はばたきを忘れないで。 と先生は言った。最後にそれだけ言って、もやで覆われたとびらのむこうに消えていった。 まばたきじゃないんですか、先生。あなたの姿を見失いたくないから、わたし、まばたきができません。 そんな間抜けた質問なんて口に出せず。 暗闇のなかにとけた先生のシルエットは、2度と再び像を結ぶことはなかった。 あの日''眠り''から醒めなかったらと、どれだけ願っただろう。 がさがさと耳元で踊る髪をおさえつけて、わたしは深く息を吸い込む。朝のつめたい、鋭くとがっ
雨が降っている。 それ自体はべつにおかしなことではない。 雨の出どころが、油のしみついた天井、でなければ。 台所でゆで卵を作っていたはずだった。朝の5時。腹がすいて目が覚めて、それきり眠れなくなった。仕方がないから少し早い朝めしを、と思ったのだ。 水が沸いて7分。彼女に昔言われたとおりにタイマーをセットして、椅子にこしかけ、コンロの火がおどる音をぼんやりと聞く。 そして気づけば俺は、雨に降られていた。 なまあたたかい、子犬の息のような風を感じて俺は目を開けた。ふ
自分は誰かと問われたら、大概の人は迷わず自分の名前を答えるだろう。個人をあらわすのにいちばん手っ取り早いのは、名前、だろうから。 けれど私は、そう答えることができずにいた。 「おまえは誰だ」 そう尋ねた男の目は、面から唯一のぞく黒々とした目は、真剣そのもので。ただ名前を告げればいいと分かってはいるのに、唇がふるえて動かない。 それとも、そうだ。そんな当たり前の答えを求めているのではないと、頭のどこかで直感的に思ったからかもしれない。 ひどくぬるまったい風が、私と男の間