詩を読んでいる 13歳の 書いた詩を ほそいほそい文字列が わたしを記憶へとひいていく 学校は きらいだった けれど、好きだったところもあって とおくから響く喧騒…
心臓のまんなかに 貝殻があって うずを巻いてとんがった先は 外界との唯一の交信手段なの ダイアモンドよりもずっとずっと硬い 心臓をつるぎで突き刺したくらいじゃ決…
正解のない迷路みたいだった。後に僕はそう語るだろう。 触れてはいけないものだった、形のないもの、実態を持たないもの、 そんなもの、枠にはめこもうとしてはいけなか…
むらさきはたいした色だ、と君は言った。 もしひとが無色の世界にとつぜん放りこまれるとしたら、 きっとはじめにむらさきを忘れる。 ああそうだ。ぼくたちは自然なむら…
「月。月が怖え」 香星は、そう、言った。 しんと静まり返った団地の濃い影をぬけて、私は立ち止まった。団地群の一角にあるちいさな公園。街灯のじりじりという音、し…
はばたきを忘れないで。 と先生は言った。最後にそれだけ言って、もやで覆われたとびらのむこうに消えていった。 まばたきじゃないんですか、先生。あなたの姿を見失いた…
雨が降っている。 それ自体はべつにおかしなことではない。 雨の出どころが、油のしみついた天井、でなければ。 台所でゆで卵を作っていたはずだった。朝の5時。腹がす…
自分は誰かと問われたら、大概の人は迷わず自分の名前を答えるだろう。個人をあらわすのにいちばん手っ取り早いのは、名前、だろうから。 けれど私は、そう答えることが…
絵鳩まつり
2022年8月28日 17:13
詩を読んでいる13歳の書いた詩をほそいほそい文字列がわたしを記憶へとひいていく学校はきらいだったけれど、好きだったところもあってとおくから響く喧騒と窓から放り込まれるチャイムと廊下を打つ上靴のおとそれら全てに切り離されて静かにじっとしているわたし屋上の扉の前だれもいないそこにはたまに煙草を吸いにくるわるい先生が埃っぽい踊り場積
2022年8月25日 18:40
心臓のまんなかに貝殻があってうずを巻いてとんがった先は外界との唯一の交信手段なのダイアモンドよりもずっとずっと硬い心臓をつるぎで突き刺したくらいじゃ決して砕けない、わたしはそのなかにいるべつに息をころしてる訳じゃないの隠れてるわけなんかじゃないのよかくれんぼしてて見つけてもらえなかったあの頃みたいな喚きたくて砂を蹴散らしたくてまっしろな壁にコブシ
2021年8月1日 16:45
正解のない迷路みたいだった。後に僕はそう語るだろう。触れてはいけないものだった、形のないもの、実態を持たないもの、そんなもの、枠にはめこもうとしてはいけなかった。ブローチの彼女は笑みをうかべたまま軋んでいる。だらしないチューインガムみたいにのびきった時間は、僕の首にとぐろをまく。瓶の中の舟は宙返りする。僕を乗せて。上も下も、明日も昨日もない。今は今でしかなくて、悲しいことに彼らは天
2021年6月26日 20:44
むらさきはたいした色だ、と君は言った。もしひとが無色の世界にとつぜん放りこまれるとしたら、きっとはじめにむらさきを忘れる。ああそうだ。ぼくたちは自然なむらさきをあまりしらない。むらさきは異世界だ。どこか神秘的で、魅惑的で、ちょっぴりこわい。だとしたら、君はむらさきの化身なのかもしれないね。手をつなぐとき、つめがむらさきでないかこっそり確認する。君のゆびさきから、異世界が
2019年11月20日 17:06
「月。月が怖え」 香星は、そう、言った。 しんと静まり返った団地の濃い影をぬけて、私は立ち止まった。団地群の一角にあるちいさな公園。街灯のじりじりという音、しろいひかり、それらがほんのちょっとで届かないところに、やっぱり彼はいた。 ジャングルジムのてっぺん。金色の頭。 また、やっている。ぐんと首を思いきりそらして、空を見つめるすがたは、落ちてしまわないか心配になる。 あんたはカナリア
2019年10月26日 11:29
はばたきを忘れないで。と先生は言った。最後にそれだけ言って、もやで覆われたとびらのむこうに消えていった。 まばたきじゃないんですか、先生。あなたの姿を見失いたくないから、わたし、まばたきができません。 そんな間抜けた質問なんて口に出せず。 暗闇のなかにとけた先生のシルエットは、2度と再び像を結ぶことはなかった。 あの日''眠り''から醒めなかったらと、どれだけ願っただろう。 がさがさ
2019年9月22日 10:34
雨が降っている。 それ自体はべつにおかしなことではない。 雨の出どころが、油のしみついた天井、でなければ。 台所でゆで卵を作っていたはずだった。朝の5時。腹がすいて目が覚めて、それきり眠れなくなった。仕方がないから少し早い朝めしを、と思ったのだ。 水が沸いて7分。彼女に昔言われたとおりにタイマーをセットして、椅子にこしかけ、コンロの火がおどる音をぼんやりと聞く。 そして気づけば俺は、雨
2019年9月9日 07:04
自分は誰かと問われたら、大概の人は迷わず自分の名前を答えるだろう。個人をあらわすのにいちばん手っ取り早いのは、名前、だろうから。 けれど私は、そう答えることができずにいた。「おまえは誰だ」そう尋ねた男の目は、面から唯一のぞく黒々とした目は、真剣そのもので。ただ名前を告げればいいと分かってはいるのに、唇がふるえて動かない。 それとも、そうだ。そんな当たり前の答えを求めているのではないと、頭