見出し画像

02

 会話ができない榛、明るめの梓、突然軍艦の話を始める女の子、正体不明の真っ黒の女の子、そして花をくれた白い女の子。

 この5名が千歳のクラスメイトだった。

 たった5人のクラスメイトだが、この変人の集まりが千歳と一緒に過ごす学校での仲間なのだ。

 そして、先生は白い仮面をかぶっており、計6人の生徒を見渡すとこう言った。

 先生
「えー、君たちは端的に言って社会に出るうえで何かしらの問題を抱えた子供たちです。それなので、こうして特別な授業を受けて頂くことになりました。異議はありますか?」

 千歳
「ちょっと待ってください。俺は中学のころたくさん勉強を頑張って頭を良くしました。それなのに、どうしてこんな異常者たちと一緒に勉強しなくちゃいけないんですか?」

 先生
「千歳君、君は自分の人生を振り返ってみて何かおかしいと思ったことはありませんか? 君の経歴はよく見させていただきました。しかし、このままではどれだけ勉強を頑張ったところで日本の常識に追いついていくことができず、大人になっても仕事に就くことはできないでしょう。よって、特別支援教室へ送られたのです」

 そりゃそうだな、親から捨てられた子供が勉強をいくら頑張ったところで情緒面に不安定さが残る。

 なんか頭のネジの外れたエリートになってしまう可能性が多々ある。

 千歳
「ふざけるな、頑張って勉強したんだぞ、こっちは。ちゃんとした大人になれて当然だろ」

 すると、梓が大声で笑う。

 
「あはははは、千歳君いつの時代の人間なの? これからは今までとは違う教育で授業するって偉い人がたくさん言ってるじゃん。知らないの?」

 千歳
「そうなの?」

 先生
「そうです。この特別支援教室では常識にとらわれない新しいアプローチで皆さんを教育していくことになっています。なので、千歳君は古い時代の考え方は捨てて、これからの社会に必要とされる大人になる必要があるのです。ところで、千歳君の将来の夢は何ですか?」

 千歳
「コンビニのアルバイト……もしくは公務員」

 
「え、バカなの?」

 教室が静まり返る。

 いや、元々笑顔の少ない教室だったが、千歳の言葉で空気がぎったんぎったんに破壊された。

 唯一まともに聞いていたのは榛くらいなものか。

 榛はああ見えて健気なのだが。

 なんとなく榛に親近感を覚えつつ、千歳は黙った。

 先生
「さて、今日は皆さんに特別な授業を用意しました。とは言っても放課後のことですが」

 千歳
「実社会で経験を積むっていう、国の政策ですか?」

 先生
「ご名答。君たち6人には特別なスポンサーがついていて、成長を見守ってくれています。帰宅したらVRゴーグルをつけて就寝すること。これが君たちに課せられた仕事です。詳しい仕事の内容は仮想現実内で行わせていただきます」

 千歳
「すみません、俺自宅にVRゴーグルないんですけど」

 先生
「ご心配なく。千歳君の家には特製のゴーグルが配送中です。先生のスマホによると、現在トラックが配達店を出発したところのようですね」

 千歳
「なんだか、なにからなにまですみませんね。いろいろと手配してもらって」

 先生
「いいえ、恵まれない子供に施しを与えるのは大人の義務です。これくらい当然でしょう。千歳君の家にはサンタクロースは来なかったのですか?」

 千歳は何も言わなかった。

 
「あれ、千歳君の家って遅れてるね。なんだか現代人じゃないみたい。ミニマリストだったりする?」

 千歳
「いや、そういうわけじゃないけど」

 クラスの空気が再び破壊された。

 まあ、初日のクラスなんてこんなものだろうと思われるが、次第に千歳の非常識さが浮き彫りになっていき、最後に千歳は喋るのをやめてしまった。


 そんなこんなで、本日のホームルームは終わった。

 午前は学校の設備の案内だった。

 当然、一日ですべてを覚えるのは不可能。

 使っていくうちに覚えていくしかないだろう。


 6人はお昼を食べるために食堂へ移動する。

 注文したものは以下に箇条書き。

  • 榛 巨大なピザ

  • 梓 スイーツの盛り合わせ

  • 戦艦に詳しい女の子 カレー

  • 真っ黒な女の子 お昼ご飯は食べない

  • 真っ白な女の子 白いパンと少々の野菜と水

  • 千歳 お昼ご飯は食べない

 そんなわけで、千歳はクラスでハブられ、食堂の片隅でポツンと座っていることしかできなくなった。

 目の前には、正体不明の真っ黒な女の子が座っていた。

 お昼ご飯を食べないもの同士、仲間と認識されているのだろう。

 千歳
「や、やあ。君もお昼ご飯食べないの? お腹すかない?」

 千歳は愛想笑いを浮かべながらそう言った。

 四季
「お昼ご飯を食べる習慣がないから。それに、学校の食事は食べちゃいけないものが入ってるし」

 千歳
「そっかー、大変だね、普段は何を食べているの?」

 四季
教会モスクで配給されたものとか。小麦は食べちゃいけないから、米粉のパンとか。最近は特にSDGsの影響で特に厳しいんだ。意味不明だけど」

 千歳
「へー、面白いね」

 四季
「あなたはどうして食べないの? 普通の日本人ならお昼ご飯を食べると思うけど」

 千歳
「まるであなたが普通の日本人じゃないみたいな言い方ですね。まあ、日本にもいろいろな人はいますけど」

 四季
「そうね、あんまり普通の生き方はしてないと思う。それで、どうしてお昼ご飯食べないの?」

 千歳
「あはははは、それが、普段勉強とかにお金を使ってて、お昼ご飯を食堂で買っちゃうと、お金が足りなくなっちゃうんだ。まあ、貧しいから、かな?」

 四季
「大変ね」

 千歳
「でも今月から仕事の給料がはいるし、来月からお昼ご飯も食べれると思う。国の制度が変わったおかげで、一日三食食べられるよ」

 四季
「そう、よかったね。勉強熱心なのね」

 千歳
「勉強熱心というか、それ以外にやることがなかったから、かな?」

 真っ黒な女の子は見た目はあれだが、話してみると案外普通だな、と思った。

 何故この女の子が特別支援クラスに送られているのかよくわからなかった。

 もう少し外見に配慮すれば初見で好感が持てたんだけど、それから声も素敵だし、もったいないな、と千歳は思った。

 まあ、別に恋愛に興味がない女の子からしてみたら全身真っ黒と言うのもありな選択なのかもしれないが。

 あるいは、一部への需要を狙っているのか。

 四季
「これ、あげる」

 そう言って真っ黒な女の子は100円玉3枚を取り出して千歳に渡した。

 千歳
「なにこれ?」

 四季
「これでお昼ご飯買えば?」

 千歳
「いいのかい?」

 四季
「いいわ。貧しい人には喜んで寄付をするなんて当たり前じゃない。少なくとも私はそう教えられて育ってきた」

 千歳
「助かる。これで午後の授業は栄養満点で乗り切れそうだ」

 千歳は300円を受け取った。

 四季
「あなた、名前は?」

 千歳
「千歳。上の名前はない」

 四季
「私は啼空なきがら四季しき。四季さんって呼んで」

 千歳
「ありがとう四季さん。恩に着るよ」

 そう言って、千歳は300円のカレーを食べるのだった。

 とはいえ、カレーも具がほとんど入っていない粗末なもので、食べているというより飢えをしのいでいるに近い状態だった。

 四季
「どう、おいしい?」

 千歳
「うん。まあまあかな。元々美味しいものはそんなに食べてないし、これでも美味しいよ。ありがとう」

 四季
「どういたしまして」

 四季の顔が、マスクで見えないが、一瞬だが緩んだかな、と思った。

 目元の表情がそうだったから、だと思うのだが、なんだか四季さんは優しい人なんだな、と千歳は感じた。

 見た目はあれなのだが、やっぱりいい人なんだな。


 そうして時刻は午後になった。

 午後の授業はとても退屈で、榛は終始ボーっとしていた。

 ボーっとしていたというより、難しくてついていけない感じだったが。

 梓は少し仲良くなった戦艦好きの女の子と適当に雑談していたし、四季は真面目に授業を受け、白い女の子も真面目に授業を受けていた。

 なんだかんだ大半の生徒はまじめに授業を受けるあたり、現代っ子だなと先生は感心して教室を後にする。

 そして千歳は……職員室に呼び出されて仮面の先生との面談を行うのだった。

 先生
「千歳君。君には話があります。少し時間をよろしいですか?」

 千歳
「なんでしょう?」

 先生
「君は今のところうまくやれているようですね。ご存知の通り、ここに集められたのは社会不適合者及びその見込みがある生徒たちです」

 社会不適合者というか、単に個性豊かな人たちの集まりともいえるのだが、辛いかな、現代の大人社会は個性を認めてくれる会社もそれほど多くないだろう。

 普通の大人になるなら、個性は邪魔、徹底的に個性的な要素はそぎ落としていって当たり前だ。

 だから、この学校は伸びすぎた個性をカットするための施設なのだろうな、と千歳は思った。

 とはいえ、千歳は自分がそれほど個性的な存在であると感じてはいないのだが。

 成績優秀という項目でさえ個性として評価されてしまうのだろうか?

 千歳
「ええ、まあ、うまくやれています。全員独特のセンスがありますが」

 先生
「それならよかった。君の中学時代の成績は耳に届いていますし、品行方正さ成績優秀さ、どれをとっても何一つかけていません。ただ……」

 千歳
「ただ……なんでしょう?」

 先生
「君の物事の考え方や話を聞いていると、まるでアフリカの子供と会話をしているようだ、と生活保護課のケースワーカーから聞いています。先生に君が紹介されるまで、君のような存在がいることを先生は知りませんでした。このまま大人になれば、君は普通の暮らしすら送れない大人になる可能性があります」

 普通の暮らし、いったい何をもってして普通の暮らしと言うのやら。

 確かに千歳はつい先日まで生活保護を受けて暮らしていたが、それも仕事を始めれば終わり、もう普通の生活は送っているはずだが。

 千歳
「自分は、普通の暮らしを送っていますが?」

 先生
「いいえ、送れていません。当然、普通の暮らしと言われたときそれが何を指すのか具体化することはしませんが、君はあまりにも恵まれていない。普通の暮らしすら送れていない。だから、こうして特別支援教室に志望校を選ぶよう操作されたのです。これが、どういうことかわかりますか?」

 千歳
「そうですね、まんまと嵌められた、くらいにしか」

 先生
「いいえ、違います。時代は少子化ですからね。一人一人の子供の教育にしっかりコストをかけるというのが当たり前の時代です。そうでなければ、この国の未来はなくなってしまう。だから、あまりにも恵まれていない君には特別な教育を施す必要があると区が判定して、こうして特別な授業を受けて頂いているのです。特に千歳君の学力なら既に大学の授業を受けても問題ないレベルに到達しているのです。今日の授業態度を見ていましたが、授業をサボって大学の映像授業をスマホで受けてください。そうしたほうが君にとってはいいでしょう」

 千歳
「そうですか」

 先生
「あまり気が進まない様子ですね」

 千歳
「いいえ、そんなことは」

 先生
「気にする必要はありません。君は真実を話してしまうと、絶対に嫌がる人だというのは察しがついています。君は勉強を頑張って安定した大人になりたい。ただそれだけでしょう。だからこんな特別支援なんて受けたくない、それが本音だと思います」

 千歳
「そうですね、できれば、ちゃんと勉強できる環境で生活したかったです。あと、趣味の軽音楽も続けたかったですね」

 先生
「ところで、うちの学校で勉強してアルバイトをしてもらえれば、給料は通常の学生の5倍出ますが、いかがでしょう?」

 千歳
「ははっ、素晴らしいですね」

 先生
「とは言っても、学生のアルバイトはせいぜい月に5万円稼ぐのがやっとですから。割のいい話だとは思いませんか?」

 千歳
「25万円ですか。魅力的ですね」

 先生
「25万円の中から家賃や光熱費、税金や消費税をひかれても手元にだいぶ残ります。これは君が今まで普通に暮らしてきた生活をはるかに快適にしてくれるものです。どうです、仕事をしませんか?」

 千歳
「まあ、どの道やらざるを得ないんでしょう、国の方針で」

 先生
「まあ、気軽に放課後を楽しんでください。アルバイトもすぐに慣れます。君ほどの能力を持った人間なら」

 千歳
「買いかぶられているのでしょうか?」

 先生
「いいえ、事実を言ったまでです」

 千歳
「まあ、頑張りますよ、そう言うなら」

 先生
「ありがとうございます。それでは、放課後はほかの方々同様、よろしくお願いします」


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?