第二章4節「海峡 新たな絆」(8話)
東島の基地附属学園に帰還した私達は、ようやく戦いの疲れを癒せる環境に身を置く事ができた。南島から搬送されたサギハラは、ヒジリとメグミ、そして私と同じ教会軍に所属する事が決まった。彼女と私は、これから同じ戦いを共有する仲間になった。
夢小説
『スタウロライト 十字石の追憶』
第二章4節(8話)
「海峡 新たな絆」
しかし、サギハラの顔にはまだ疲れが残っていた。南島での過酷な生活と、先の戦闘での極限状態が、彼女の心身を消耗させていたのは明らかだった。そこで私は、サギハラの介助役を担当する事を志願した。
私は彼女に「サギハラさん、今日は温泉に行かない?」提案した。
彼女は少し驚いた様子だったが、すぐにその顔は期待に満ちたものに変わった。
「行きたい。ずっと汚れたままだったから、綺麗になりたい」
こうして私達は、学園の近くにある温泉に向かった。そこは戦争の影響を感じさせない、静かで穏やかな場所だった。湯気が立ち上る温泉に入ると、体の疲れがじわじわと溶けてゆくような感覚に包まれた。
「気持ちいいね」
サギハラ、目を閉じて呟く。私は「ああ、本当に」と彼女の隣に座り、同じく湯に浸かった。しばらくの間、私達は静かに温泉の心地良さを味わっていた。
「南島では、こんな風にリラックスできる時間なんて、無かったよ」
サギハラ、ぽつりと話し始める。
「ひたすら生き残る事ばかり考えて、毎日いつも緊張していて…」
私は「大変だったね」と彼女の背中に手を伸ばし、優しく洗ってあげた。今は少しでも休んで、心も体もリセットしよう。
「ありがとう」
サギハラ、少し恥ずかしそうに笑う。
「あなたは優しいね。何だか、昔のお姉ちゃんを思い出す」
お姉ちゃん?
「うん、南島に居た時のお姉ちゃん。もう居ないけど…」
そうなんだ…でも、これからは私達が居るからね。私は、彼女の髪をそっと洗いながら「一緒に頑張ろう」と続けた。
「うん、ありがとう」
サギハラは目を閉じ、私の手に身を委ねた。
私は彼女の髪を丁寧に洗い、泥などの汚れを全て洗い流した。彼女の顔が次第にリラックスし、心の底から寛いでいるのが分かった。温泉の湯は、彼女の体だけでなく心も癒しているようだった。
「あなたと一緒に居ると、不思議と安心するんだ」
サギハラ、ぽつりと言う。
こちらこそ、ありがとう。私は、彼女の言葉に「一緒に居ると、私も心強いよ」と応えた。
温泉から上がり、二人で休憩所に座り込んだ。サギハラは新しい服に着替え、髪もさっぱりと整えていた。彼女の表情には、以前は無かった明るさが戻っていた。
「これからも、宜しくね…あ、失礼…宜しくお願い致します、先輩」
サギハラ、手を差し出す。どうやら、一応先輩である私に、敬語で話し掛ける程度の気力は取り戻せたようだ。まあ、無理しなくて良いが。私は「もちろん、こちらこそ宜しく」と、その手をしっかり握り返した。
こうして私達は、共に歩む絆を結び、互いの決意を新たにした。これからも戦争は続くが、私達には信頼し合える仲間が居る。それが、私達にとって最も大きな力になるのだろう。
静かな東島の夜、私達は未来に向けて一歩を踏み出した。そして、これからの戦いの中で、その絆は更に強固なものとなってゆくだろう。
私達が東島で休養していた間、南島では新たな動きがあった。南島の東端、地中海に面するデルタ平原が、東島と協力関係にあるイシモト率いる義勇軍によって解放されたのである。その吉報が東島に届いた時、私達の胸には安堵と期待の複雑な感情が広がった。無政府状態に陥っていた南島が、ようやく一筋の光を見出したのだ。しかし、この解放は始まりに過ぎない。南島の復興には、継続的な支援と物資の供給が必要だった。
東島の私達と、南島のイシモト達との合同作戦会議が、イシモト将軍の厳粛な声で始まった。議論の焦点は、東島と南島を結ぶ「地中海連絡橋」の建設である。
私は、地図を凝視しながら「東島の南西地方から、地中海の中島海峡を経由して、南島東端のデルタ平原に繋げる橋か…」と呟いた。地中海は航海の難所であり、特に中島海峡の荒波は、数多くの船舶を難破させてきた。
「だからこそ、私達の役割が重要なの」
イサミ、静かに言う。
「私達は、橋の建設を上空から支援し、物資を運び、もし敵襲があれば戦うわ」
力強く答えるネネカの眼差しには、決意が宿っていた。その隣で、サギハラも静かに頷いた。
「あたしも、新しい機体で再び飛ぶ事ができる。今度は、皆の力になれる」
彼女の言葉には、自信と希望が込められていた。南島での過酷な経験と、先の初陣での奮闘が彼女を成長させたのだろう。私は、サギハラの隣で「一緒に頑張ろう」と微笑んだ。
私達の空戦隊は、中島海峡上空での任務に着手した。編成は、イサミ隊長が操縦する一番機「ライトニング」、ネネカの二番機「ホーネット」、サギハラの三番機「トムキャット」、そして私の四番機「ナイトホーク」である。これらの機体で、連絡橋建設のための物資を運びつつ、周辺空域の警護に当たる事となった。古くから荒波で知られる中島海峡だが、今日は更に曇天で覆われており、不穏な天候の中での作業になった。
「まさか戦闘機にケーブルを付けて、物資を運ぶなんて…慣れない作業は、やっぱり難しいですね」
ネネカ、笑いながら言う。
「でも、ただ敵を撃つだけじゃなくて、こうして何かを造るのに貢献できるのは、嬉しい事です」
私は「そうだね」と同意した。この橋が完成すれば、南島の人々が助かる。
空から見下ろすと、荒れ狂う波が中島海峡に打ち寄せるのが見えた。ここを渡る橋を敷設するのは、容易な事ではない。けれど、その重責を成し遂げるために、私達は再び南島に来たのである。
任務が進行する中、懸念されていた事態が訪れた。地上で総指揮を執るイシモト将軍から、私達に緊急の通信が入った。
「敵機接近! 全機、迎撃体勢を取って!」
「見えたわ、敵機は『フランカー』よ。あと、ついでに敵艦隊も…」
イサミは素早く反応し、僚機に指示を出した。
「ネネカちゃん・サギハラちゃん、対空戦闘に移行しなさい。そして、私と…」
イサミは一瞬、コックピット越しに私のほうを見た。
「私とあなたで、海上の船を叩くわよ」
了解。私は短く答え、ナイトホークの操縦スティックを握り直した。そして、私を含む4人が次々と「交戦!」を告げる。
高度を下げる私のナイトホークを横切って、ネネカのホーネットが先陣として上空に舞い上がる。敵機をロックオンした彼女は、複数ターゲット同時追尾ミサイルを次々と連射した。サギハラのトムキャットも後を追い、精密な射撃で敵機を撃墜してゆく。
「ナイスショット、ネネカちゃん! サギハラちゃんも、いい調子よ!」
そう激励するイサミと、彼女に続く私は、地中海沖合に現れた敵軍艦艇への攻撃を開始した。
「どうして、地中海の奥から敵艦が…? 奴らの母港、一体どこにあるのかしら?」
そう疑問を呟きながらも、イサミのライトニングから放たれた対艦ミサイルは駆逐艦に命中し、その爆風が海面を照らした。続いて私は、敵軍が海上に展開した人工島に照準を合わせ、ピンポイント誘導爆弾を投下した。この戦闘を予想していたのか、わざわざ地中海上に人工島まで建造しておくとは…随分と用意周到な敵軍らしい。
そんな事を考えつつ、私は「目標の破壊を確認、次のターゲットに移る!」と報告し、次の攻撃目標に向けて機体を操作した。
しかし、戦況は激化しつつあった。敵の増援が次々と現れ、私達は次第に追い詰められていった。前回と同じである。私達が戦っている、あの「敵国軍」は一体、あれだけの戦力をどこに温存しているのか…?
「イサミ隊長、もう持たないかも知れません!」
ネネカの声、焦りを帯びる。
「落ち着いて、ネネカちゃん。撤退の準備をしなさい」
イサミ、冷静に命ずる。
次の瞬間、私の機体が激しく揺れた。「被弾した!」警報が鳴り響く。
「ナイトホーク、大丈夫?」
イサミ、心配そうに問いかける。
大丈夫、まだ飛べる…私は必死に機体を制御し、被弾箇所を確認した。今回の戦域は、友軍の制海権が及ばない地中海上であるため、前回と異なり、味方艦隊や魔術部隊の援軍は望めない。よって、自機が墜落または不時着した場合、帰還は困難になってしまうので、無謀な戦闘続行は厳禁である。だから、今は…。
「ええ、そうよ。無理せず撤退しなさい」
イサミの声、暖かく響く。
私とネネカは各々自機を操り、何とか中島海峡を抜け、東島への帰路に就いた。損傷した機体は揺れ続けていたが、辛うじて東島沿岸までの操縦は可能だった。
ようやく東島が見え始めたと同時に、浮遊魔術兵器に乗って離陸したヒジリとメグミが駆け付け、私を出迎えると共に、着陸可能な滑走路まで誘導してくれた。
メグミの優しい声が届き、心の中に安堵が広がった。
2024(令和六)年7月12日(金曜)
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