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2023(令和五)年5月4話「淀橋ミネラルフェア」後篇(出雲・熊野)

私小説『地球学徒の日記』

 この作品は、夢小説『スタウロライト 十字石の追憶』の外伝です。登場人物は本篇と同じですが、こちらは現実世界の日本国内(令和時代)を舞台とし、実在の事象を題材にしております。本篇と併せて、お楽しみ頂ければ幸いです。



2023(令和五)年5月4話
「淀橋ミネラルフェア」後篇(出雲・熊野)

 前篇に続き「第36回 東京国際ミネラルフェア」で出逢った鉱物・岩石を紹介致します。前篇では、モルダバイトと紫金石を取り上げました。

「…さて、次はどの店を見ようか?」

 鉱物には、自然科学的な側面だけでなく、世界各地の神話・宗教やオカルティズム(占星術・錬金術など)と結び付いた「パワーストーン」という文化史的な側面もあります。

ヒジリ
「このミネラルフェアでも、宝石だけでなく、美しい天使(ミカエル・ガブリエル・セラフィム・メタトロンなど)を描いた護符が販売されるなど、スピリチュアルな御利益に纒わる出店が御座いますね」

メグミ
「私達の日本には、石に神霊が宿ると信じ、御神体として神社に祀ったりする『石神』の文化があるよ!」

 そういうわけで後篇では、我が国の古代文化史と縁のある「出雲石」及び「熊野白石」を紹介したいと思います。


出雲石(碧玉 青瑪瑙)

メグミ
「…ねえねえ、このお店を見てみたい!」

 二酸化珪素(SiO2)の鉱物である石英のうち、不純物を20%以上含み、そのため不透明の潜晶質(水晶のような透明クリスタルに成長していない状態)になった物を碧玉ジャスパーと呼びます。緑・青色の碧玉は「瑪瑙めのう」と呼ばれ、未来への意識を象徴します。我が国では、島根県の東部にある出雲いずもの玉造温泉(松江市 玉湯町)で採掘された青瑪瑙を「出雲石」と呼びます。

メグミ
「出雲石さん、初めまして! 吸い込まれてしまいそうな、とっても綺麗な緑色ですね!」

 横浜港の海月クラゲだけでなく、石とも会話するメグミさんは、今日も平常運転です。

 玉造温泉の花仙山(出雲玉造遺跡)では、紀元前後の弥生時代から出雲石(青瑪瑙)の採掘が始まっていました。

メグミ
「出雲石への理解を深めるために、出雲という地域の歴史を調べてみよう!」

 考古学的に見ると、出雲の歴史は「青銅器と勾玉」です。荒神谷こうじんだに遺跡(斐川町)などの発掘により、弥生時代中期の出雲には「出雲王朝」という文化圏があったと考えられます。多くの青銅器、特に銅剣が発掘され、出雲を統治していた政治勢力は、神々を祀る祭具として銅剣を大切にしていたようです。

アユミ
「鉄器が農具・武器に向いているのに対し、非実用的な青銅(銅・すずの合金)は宗教的な祭具として用いられました」

 当時、出雲の周囲では、銅鐸を用いる近畿地方の国と、銅矛を用いる北九州地方の国とが対立しており、両者に挟まれた出雲王朝は、その双方と同盟を結び、友好の証に近畿の銅鐸と、北九州の銅矛を受け取っていた…などと考えられています。

アキ
「当時の日本列島は、複数の小国に分かれており、同じ青銅器でも、それをどんな祭具に加工して使うか異なっていたのね」

 そして、古墳時代中期(4世紀末~5世紀)の出雲では、出雲石を用いた宝石の制作や、四角い古墳(前方後方墳)の造営が活発に行われていた事から、弥生時代の出雲王朝を継承した、独自の王制・領土・宗教を持つ国家(出雲国造家)が築かれ、他国との外交を繰り広げていたようです。

 古墳時代後期の6世紀に、出雲王国は大和朝廷に征服されます。しかし、出雲石の採掘は現在まで続けられる事になり、特に出雲石で造られた勾玉は、朝廷に献上されて「三種の神器」に数えられる、古代日本最高のパワーストーンになりました。

メグミ
「独立国としての出雲は、大和朝廷に敗れてしまったけれど、その美しい青瑪瑙は、大和の心を掴み取って今に至るんだね」

 現在、玉造温泉での採掘は制限されており、こうして実物の出雲石を見て買えるのは、稀少な機会になりつつあるようです。

 出雲地方には須佐之男スサノオ神と、その子孫の大国主オオクニヌシ神(大黒天)を中心とする出雲神話信仰があり、出雲大社(出雲市 大社町)には、北極星の神と考えられる天御中主神アメノミナカヌシ(妙見菩薩)なども祀られています。こうした神話も、出雲に(大和とは異なる)独自の歴史があった事を示唆しています。

「出雲大社…そう言えば、このビルの出入口にも、小さな神社みたいな建物があった気がする」

メグミ
「じゃあ、お参りしようよ! 神様が、私を呼んでいる…!」

アユミ
「め…メグミ先輩、待って下さいよ!」


 会場がある新宿ビルの出入口には、出雲大社の東京分社(分祠)である神殿が設置され、大国主のほかに、水・土地の守護神である龍蛇神が祀られています。

メグミ
「出雲石を始め、今日ここで素敵な石に出逢えたのも、出雲の神様の『縁結び』ですね…ありがとう御座います、拝礼!」

出雲大社淀橋分祠に参拝する来場者の図(本人許可済み)
出雲大社淀橋分祠に参拝する来場者の図(本人許可済み)

 なお、埼玉を中心とし、東京・神奈川を含む地域に数多く存在する武蔵氷川神社も、起源は出雲大社の分社であり、出雲家の一族によって建てられたと言われ、須佐之男・大国主などの神々が祀られています。


 一方その頃、会場内では…。

ヒジリ
「メグミ…神殿に参拝しに行くのは良いですが、肝心の出雲石を買い忘れておりますよ…では、私が代わりに購入しておきましょうか」


熊野白石(花崗岩)

 最後に紹介する「熊野白石」は、紀伊(紀州)熊野地方の「七里しちり御浜みはま」(三重 熊野浦)という海岸で見られる小石です。

アユミ
「花崗岩(石英・長石・黒雲母を多く含む深成岩)などの岩石が、熊野川や太平洋の流水に削られ、丸くなった物と思われます」

 「熊野」は、紀伊山地半島の南部(太平洋岸)に広がる地域で、現在は和歌山・三重県に跨がっています。

 古くから水神(滝・川・海)に対する自然崇拝があり、そこから熊野信仰という神仏習合(神道・仏教の融合)の宗教文化が生まれました。

 熊野には、日本最古級の神社と言われる場所があり、そこは天照大御神アマテラス(太陽神)が生まれた神域です。天照の子孫で、伝説上の初代天皇である神武じんむが、ここ熊野から大和(奈良)に侵攻せんとした時、天照の使者である八咫烏やたがらすという霊鳥が現れ、道案内をしてくれた…という日本神話の舞台でもあります。

 奈良時代から聖地・道場として知られるようになり、天照の弟である須佐之男神と、その父母にして創造神である伊邪那岐イザナギ神・伊邪那美イザナミ神という3名の神々が「熊野三山」(和歌山)として祀られています。

 また平安時代には、神仏習合と呪術修行を重んずる天台密教(本山派修験しゅげん道)や、幸福な来世への転生を目指す浄土信仰(浄土教)によって、阿弥陀如来など仏教の神々も祀られ、極楽浄土など他界への入り口と信じられるようになりました。

 そうした信仰を集める熊野には、後白河院・後鳥羽院(平安~鎌倉時代)などの上皇を筆頭に、多くの皇族・貴族・武士・庶民が参詣し、険しい山道を巡る修行(苦行・滅罪)の旅に挑戦しました。

ヒジリ
「古来より熊野は、女性や賎民(身分が低い人)の参詣を排除しなかったので、地位を問わずに多くの人々が巡礼できました」

 源氏・平家の戦いなど、天下の平和が乱れ始めた平安時代後期には、熊野の僧侶らは武装して武士団を率い「熊野水軍」と呼ばれる海賊になりました。熊野海賊は、源平争乱から南北朝時代・戦国時代に活躍し、関ヶ原の戦い(1600)で敗れるまで存続したそうです。

 そんな熊野の、日本最古級の神社の門前に広がる砂礫海岸が七里御浜であり、そこで採取されたのが熊野白石です。熊野は国立公園・世界遺産であるため、七里御浜で熊野白石を採取できるのは、その仕事を伝統的に許されてきた職人一族だけであるそうです。このような神域で拾われた熊野白石には神が宿り、その御加護を授かれると言われ、皇居・神社・寺院など全国の日本庭園に用いられています。

メグミ
「これが、熊野白石…お餅みたいに丸いね。あれ、この黒い模様は…?」

 神話の舞台である熊野は、天照大御神の使者である八咫烏が現れた場所ですが、メグミさんがミネラルフェア会場で見付けた熊野白石には、八咫烏の姿を連想させる、黒い点を繋げた模様が刻印されていました。

メグミ
「わあ…素敵! 店員さん。私、こちらの熊野白石さんを引き取りたいです!」

 こうして熊野白石を購入すると、それを収納するための「赤い座布団のような袋」もセットで貰えました。そこに、この熊野白石を乗せると…。

ヒジリ
「こ…これはまるで、御座敷に神様を招いたような雰囲気ですね」

 豪華な赤い座布団の上に座っている(あるいは蒲団の中で横寝している?)熊野白石を見ていると、その「声」が聞こえて来そうな気がします。

メグミ
「熊野白石さん、初めまして!」

熊野白石
「…この私に挨拶するとは、大儀である! 我が名は『熊野石川麻呂』だよ。遥かなる天照大御神の時代より、この国の歴史を見守ってきた石神だよ! あなた達よりも偉い神様なんだから、ありがたく敬ってね!」

メグミ
「はい、宜しくお願い申し上げます!」


 今回のミネラルフェアで、アユミ副部長はモルダバイトの資料を、アキ部長は紫金石を、ヒジリお姉ちゃんは出雲石を、メグミさんは熊野白石を入手しました。

 その後、私達は会場ビル地下のカレー屋さんに寄りました。白米・玄米を選ぶ事ができ、更に大盛り無料です。写真は「麻辣キーマカレー」ですね。

「頂きます」

 入場時に貰える公式ガイドブックには「モルダバイト」特集のほかにも「カリフォルニア州のトルマリン鉱山」「三葉虫」「サンダーエッグ流紋岩」「世界の化石」など、勉強になる論文が掲載されていました。10月20日(金曜)~22日(日曜)には、同じ会場で「東京国際ミネラルフェア秋 IMAGE2023」が開催される予定ですので、ぜひ皆様もいらして下さいね!


2023(令和五)年6月26日(月曜)
デジタルDアートAセンターC横浜



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