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水城正太郎『道化か毒か錬金術』――自由に暴れるエンタテイメント

水城正太郎『道化か毒か錬金術』HJ文庫、2018を読んだ。以下続刊している。

どんな作品かと聞かれたら、半分シリアスだが半分自由な作品だ。陰謀が出たと思ったら日本の相撲取りの話になったり、事情聴取のすぐ後でヘヴィメタ突っ込んできたりとギャップが忙しい。雰囲気としては夜中になんとなくつけた深夜ドラマのノリなのだが、最終的にはエンタメに収束していく。

舞台設定がなかなか凝っている。ページを開くと最初に世界年表が出てくるので教科書っぽいが、そこまで時代時代を出してこないのであまり警戒しなくてもよい。魔術や魔法が成り立っている現代ヨーロッパが舞台で、魔術系列だとウィザードという流派やなんやかんやがあるが、防犯カメラやハッシュタグ、スマートフォンも存在している。

ストーリーはちょっと映画っぽい。舞台は観光地収入で成り立っているブロイ公国。そこは植民地帝国として名高いウェストマール帝国の内側にある。公国では、天才錬金術師『アナーキスト・アルケミスト』によるイタズラ事件が多発していた。だがある時、アナーキスト・アルケミストが変人で名高いアルト・ブロイ公爵(主人公)宛に殺害予告を出してきた。そこでウェストマール帝国情報部に所属するイングリド(これも主人公)は警護のために公国を訪れる……という話。日本人は一切出ないのに、ニッポンにおける伝説の動物であるタヌキとか、日馬富士の話が平気で出てくる。日本が近すぎる。

主人公はアルトとイングリドの二人だが、二人はかなり自由だ。イングリドは美人エージェントだが無類の女好きで、隙があれば人の家のメイドでもかどわしてベッドシーンに持ち込むし、ガールズクラブにガンガン通う。しかしこれでもツッコミ役である。

ボケ役なのがアルト・ブロイで、公爵なのに自由すぎる。常に瞳孔が開いてる。そもそも家系からして大サーカスから始まり、魔術を利用したマジの人間大砲も実験する。公爵になった経緯も面白いが、なってからもかなり面白いことをする。ホテルの内装を勝手に変える。式典にヘヴィメタのバンドを呼ぶ。極めつけにアルトのスーツの背中には『できる男は背中で語る』と筆で書いてある。ヤバい。

キャラクターはどれも濃い。トランプから脱出したみたいな刑事、キング&ジャック……戦術核弾頭ペンギンの異名を持つ騎士団長……イチオシははロサ・モレッティである。シチリア出身らしくて南部訛りなのだが、セリフが広島弁である。彼女の父とか仲間のシチリアマフィアはみんな広島弁で会話しているので、一気に場が方言小説になる。もちろんロサは広島弁だけでなく、『作る料理がマズい』『性格がハキハキしていて目下の者も気にかける』『褐色の肌』『キレると工場を占拠する』とかの色々な面があるので、感覚に突き刺さった方にはぜひ注目してほしい。

ちなみに水城正太郎さんは富士見ミステリー文庫で『東京タブロイド』を書いてデビューを果たした。第二次大戦後すぐの東京が舞台の小説だが、絶妙な時代背景が気に入ってよく読んでいた。『東京タブロイド』には広能晶という人物がいて、彼女も広島弁だった。この作品と関係あるわけではないが、文章の繋がりを感じられて嬉しい。

一冊の本が終わって物語は閉じたが、キャラたちはものすごくイキイキと動いており、とにかくフリーダムなので楽しかった。続きが出ているがまだ読んでいないので、ぜひともクレイジーなパンチを食らわせてほしいところである。面白かった。

《終わり》

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