見出し画像

アフターコロナも見据えて。コロナ専門病棟の役割と課題【16】埼玉県H病院

この連載は、コロナ専門病棟を開設した10の病院の悪戦苦闘を、スタッフの声とともに紹介していくものである。連載一覧はこちら

私(西村)が取締役を務める株式会社ユカリアでは、全国の病院の経営サポートをしており、コロナ禍では民間病院のコロナ専門病棟開設に取り組んできた。
今回は、病院主導でコロナ専門病棟の開設をした埼玉県H病院を紹介する。

病院側から「開設」の提案

今回紹介する埼玉県H病院は、整形外科を専門とする病院でありながら、理事長から「うちでもコロナ病棟をやれませんか」という提案があり開設が決まった。この連載で紹介するコロナ専門病棟を開設した10の病院のうち、9病院は、ユカリアから開設の提案をしている中での、ユニークな事例だ。

理事長は、地域医療の現状を見極めながら病院経営をされている方。今回の提案も、市内の感染者増加や医療ひっ迫状況を照らし合わせての判断だったのだろう。(理事長の判断の背景については次回詳しくお伝えする)

病院側から、ゾーニングのサポート支援の依頼はあったが、決定から運用まで病院主体となって進んでいった。スタッフへの説明会でも、かなり具体的な運用に関する質問が多かったのが印象的だ。

こうした有事の際に組織が団結するためには、文化の醸成がどれだけ成されているかが影響する。H病院の理事長は、管理者として非常に慕われており、スタッフからの信頼も厚い。とてもいい雰囲気で、管理者と現場に乖離がなく、新しい挑戦のスタートもなめらかだった。

行政との交渉もH病院がメインで行った。埼玉県の担当者とは、A病院の専門病棟開設をきっかけに良い関係が築けていたこともあって、H病院の交渉は、気持ちも穏やかに進んだ。

ユカリアは、持っているノウハウを最大限提供し、開設をサポートした。

病院の半分を、コロナ病棟に

H病院は、整形外科が専門で、約60床の小規模な病院だが、約半数を使ってコロナ病棟に変更するなど、大胆な対応を決めた。

ワンフロアを使用しなければ、コロナ専門病棟が作れない建物の構造上の理由もあった。しかし「ワンフロアを潰しても、医療貢献をしよう」という理事長の想いと決断がなければ、実現しなかった

埼玉県は、セーフティマージンを取って、予測よりもゆとりを持った病床確保に力を入れている。
H病院が17床確保できたことは、行政計画を支援する意味でも、大きな役割を果たした。整形外科専門病院にもかかわらず、内科医と看護師らが連携を取り、埼玉県全域から患者受け入れ要請に対応している。

半数を使ってコロナ病棟にする懸念も

コロナ専門病棟開設で、病院の半分以上がコロナ病棟になると、病院の収益に関するインパクトが非常に大きくなる。専門病棟の「運用」と病院の「収支」のバランスを注視しなければならない。

新型コロナがいつまで続くのか、いつ終わるのか。経営判断をする上で、大きな課題であり悩みである。

コロナ専門病棟から通常診療に戻すには、時間がかかる。H病院は手術がメインの病院のため、特に予約入院が多い。手術予定を立てた上で入院が決まるので、病棟稼働の戻りが遅くなる。

ある程度、空床期間を埋められるだけの蓄えがないと、病院経営ができなくなる可能性がある。運転資金のショートを他でカバーできない分、小規模病院のコロナ専門病棟開設にはリスクも伴う厳しい状況でもあった。

H病院のコロナ専門病棟開設で、一番の心配は、そこだった。

いつまで続くかわからない感染症に、病院の大部分を割いて運営するには、アフターコロナを見据えながら考えなければならない。

「ウィズ」から「アフター」コロナへの考え方

私の見解になるが、病院経営者としてアフターコロナを自覚するタイミングと、医師としてアフターコロナを自覚するタイミングは、それぞれある。

病院経営者としては、新型コロナの診察や治療への公的補助が必要ないと判断され、国家予算も組まれなくなった時が、アフターコロナといえるだろう。

医師としてのアフターコロナには、いくつか見方がある。例えば、インフルエンザと同じように、ワクチンができて治療薬がもっと身近になった時。特に、先が見通せる飲み薬が広まった時がアフターコロナと言えるのではないか。

また、日本では、夏でもマスクをしている人が多く見られたが、「マスクをしないのが日常だよね」となれば、それもアフターコロナかもしれない。

第7波の時、行政は行動制限をしなかった。私は、行政がコロナとの共存を決意し、アフターコロナと言っていたに等しいと見ている。

現状の新型コロナ対応がいつまで続くのか。政府の指針と感染状況を見ながら、病院と予算の見直しを何度も行いながら、アフターコロナに向けて病院体制を考えている。

アフターコロナに向けた病院経営の明確な答えは見出せていないが、病院は、具合の悪い人がいたら、来てもらって治療する。いつでも、どんな時でも、病院がやるべき仕事はそれだけだ。

そして、アフターコロナを迎えた時にも、医師やスタッフが、やるべきことに専念できるようにするのが、ユカリアで病院経営支援に携わる私の仕事だ。

コロナパンデミックはよく災害に例えられる。そうだとすると、私は、災害復興の初手を打つべく、災害現場の実情を把握し、復興計画を思案し始めたところなのかもしれない。
ーーーーー
次回は、整形外科を専門とする病院にもかかわらず、コロナ病棟開設を決めたH病院の理事長と、病棟の準備と運営を担当する看護部長に話を聞きます

<語り手>
西村祥一(にしむら・よしかず)
株式会社ユカリア 取締役 医師
救急科専門医、麻酔科指導医、日本DMAT隊員。千葉大学医学部附属病院医員、横浜市立大学附属病院助教を経て、株式会社キャピタルメディカ(現、ユカリア)入社。2020年3月より取締役就任。
医師や看護師の医療資格保有者からなるチーム「MAT」(Medical Assistance Team)を結成し、医療従事者の視点から病院の経営改善、運用効率化に取り組む。 COVID-19の感染拡大の際には陽性患者受け入れを表明した民間10病院のコロナ病棟開設および運用のコンサルティングを指揮する。
「BBB」(Build Back Better:よりよい社会の再建)をスローガンに掲げ2020年5月より開始した『新型コロナ トータルサポ―ト』サービスでは感染症対策ガイドライン監修責任者を務め、企業やスポーツ団体に向けに感染症対策に関する講習会などを通じて情報発信に力をいれている。

編集協力/コルクラボギルド(文・栗原京子、編集・頼母木俊輔)/イラスト・こしのりょう