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(読書ノート)『坂の上の雲』

 このブログの主題とは少し異なるのでためらうのですが、長編小説を読んでしまった。どこかに読書記録を残したいのですが、いまいちいいプラットフォームがなく、仕方なくここにあげることにしました。かなり長く書いてしまったので、とりあえずここに記録します。どこか適当なところが見つかれば、この記事はそちらに移します。

『坂の上の雲』の一~八を8か月かけて読み切りました。感無量。ここまでの長編を読んだのは人生で初めてで、最初は読み切れるかどうか不安でした。今年の目標の一つに「長編を一つ読む」というのを入れたので、この本を読み始めたのですが、意外にスラスラと読んでしまいました。

 この本を選んだきっかけは司馬ファンであることと、『坂の上の雲』が年収の多い人のなかでもよく読まれる小説であったこと。全部読んでみて、年収が多い人が読む理由はわかった気がします。どんな困難をも乗り切っていく登場人物たちが描かれ、そんなところが「自分だったらどうするか」ということも考えさせられる小説でもあるのです。

 この小説は司馬御本人曰く、執筆時間だけで4年3か月、調査を含めると10年ほどかかったそうです。僕が生まれる前に書かれた小説で、この小説を書き切ったのは49歳だったという。

 今とは違って資料はすべて書籍類で、それも資料の入手にはなかなか困難だったことは想像に固くない。かなりの資料を読み込んだようで、さすがそれだけの作品に仕上がっています。原稿も手書きで、膨大な原稿用紙になったに違いありません。なにせ8巻分あるので、1巻400ページぐらいとして3200ページ。1ページあたり400文字(たぶんそんなにはない)だとすると合計128万文字を書き上げたということになります。これだけの膨大な量を書ききれるのは相当のモチベーションがないと難しかったでしょう。司馬さんはこの他にも多くの超がつくほどの長編を書いていらっしゃるが、その気力には頭が下がるばかりです。

 「あとがき 四」でも書かれていますが、「この作品は、小説であるかどうか、じつに疑わしい」。確かに歴史小説という部類には入っているものの、内容はほぼ忠実に記載され、物語が流れます。
 
 司馬さんはその理由を2つ挙げておられる。一つが「事実に拘束されることが百パーセントにちかいから」と「小説にならない主題」だからだといいます。要はこの「小説」は事実を一つ一つ組み立てた「小説的な歴史書」という見方もできるかもしれない。8巻分を読んでみて、確かに登場人物が話す言葉がよくあるものの、それすらどこからかの資料をもとに組み立てているわけで、ほとんどが創造でないのがこの「小説」なのです。

 ここまでの「歴史小説」を書くために調査して書いていくということは、その時代に没入していかないと書けなかったと思います。昔、僕の大学時代の歴史を研究している先生が、「本の中に入り込んでしまうと現実に戻されるのが難しい」という旨のことをおっしゃっていました。歴史家はそのときの状況を忠実に理解していくことが大切ですが、自分の気持ちまでもがその時の状況に入り込まないとなかなか文章には書き上げられないものでしょう。そうなると、司馬さんは少なくとも4年以上にわたって明治時代の中で生き、それを文章にしていったといってもいい。これはとても精神的に疲れる作業で、「あとがき 四」の最後に「書き終えてみると、私などの知らなかった異種の文明世界を経めぐって長い旅をしてきたような、名状しがたい疲労と昂奮が心身に残った」とコメントされているのが納得できます。

 ここでは特段にこの「小説」のあらすじや内容については述べません。ほかでそれは補えると思います。ただ、明治時代のあのときにこういったことが起こっていたということには驚きでした。特に日露戦争についてはこれまで何も知らず、8万人もの人間が死んだことさえも初めて知ったです。こういった人たちの犠牲があって初めて国際的にこの時代に日本のプレゼンスが確立したわけで、改めて国家の恐ろしさと同時にこういった無名の人たちもいたおかげで現在があることも感じました。また、この当時と現在の状況を比べ、当時の日本の外交力はかなり高かったこともよくわかりました。

 また、ロシアについてですが、現在ウクライナに侵略し、短期で攻略できると当初は考えていたようですが、結局長期戦になっている。この長編を読んで、日露戦争のときと現在とでどうもロシアの政治指導者の考え方はあまり変わっていないのではないかとも感じました。

 というのも、精神論的に「ロシア軍は強い」とほとんどなんの根拠もなく、戦略もなく、日露戦争では戦っていたようですが、それはどうも現在の状況とあまり変わっていないのではないか。日露戦争当時は皇帝一存ですべてが決まって戦争となりましが、今はそれがプーチン大統領になってだけで、兵士の間にほとんど士気がないのも日露戦争時とほとんど同じ。
 
 日露戦争後にロシアは革命が起き、ソ連ができて共産主義の独裁が長くあったにもかかわらず、本質的なところはどうも19世紀から何も変わっていないのではないか。この国は結局歴史から何を学んでいるのだろうか。ソ連時代からロシアという国は対外戦争にとても弱い。アフガン戦争なんか一番いい例ですが、結局本質が何も変わらないので、ウクライナ戦争でもうまくいかないのでしょう。

 また、司馬さんはたびたび指摘されていますが、この日露戦争以降に日本の陸軍の性質が変わったと書いておられる。司馬さんは第2次世界大戦中に陸軍の戦車部隊に配属された方で、それ故、陸軍自体を内部から見ていたため、陸軍の無能さにうんざりさせらていた。この日露戦争時には、藩閥はあったものの、まだそういった無能力はみられなかったと著者は分析。特に海軍はそういった傾向はほとんどみられなかったとしています。まだこの時代には本当の意味での「ナショナリズム」が残っていたようで、そういった意味でもこの長編は興味深かった。

 司馬さんの文体はすぐにのめり込んでしまう文章です。この小説はまた読みたいのですが、しかし、あまりに長編ですぐには読み切れないところが惜しい。

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