兄弟岩

空は青く、白く大きい入道雲が暑さと相まって夏が来たことを感じさせる。梅雨が終わり、ジメジメとした嫌な空気からカラッとした爽やかさを伴う夏の空気が幾分か良くなったと思わせるも暑いものは暑い。
そんな夏の暑さも吹っ飛ばすようにバンに乗った若者たちが海に沿った国道を走り抜ける。車内の空気はこの夏の暑さを忘れるように、もしくは夏の暑さに促されるように賑やかで騒がしかった。
というのも週末を利用して海岸でキャンプをして、そのまま一晩過ごすのだ。どうしても気分は盛り上がるものである。車内は軽快な夏の歌が流れ、みなで歌ったり、他愛もない話で盛り上がる。やれ、バイト先でこんな子がいるとか、先日の合コンで仲良くなった女の子を誘っても断られたといったほんとに他愛もない話ばかりだが、ゲラゲラと楽しそうに笑いあっていた。
そうこうしているうち、目的地の海岸に到着した。この海岸は特になにか特別な海岸でもなく、波も穏やかで周りには何も無い、ほんとに穏やかな海岸だった。
なぜ、彼がこんな静かな場所を選んだのか?彼らは若く、これから少なくともキャンプで一晩は過ごす予定の彼らなのだから、海で若い女の子でも見つけたならナンパして、なんてのも出来そうなものであるがそんな事ができそうにない、ほんとに静かな浜辺である。
彼らがここに来た理由は他でもない、肝試しだ。とあるサイトにこんな書き込みがあった。
「〇〇海水浴場から離れたところに、遊泳禁止の看板がある。そこから少し離れたところに2つの岩が二本、海から突き出しているので夜に撮影すると写る」というのだ。
若い彼らが見つけたこの書き込みは、若いからこそ彼らに興味を持たせたのかもしれない。夏の思い出づくりとか、海に行きたいとか、車で行ける距離だとか、そんな感情に火がついたのかもしれない。とにかく、彼らはそんな書き込みを見て盛り上がり、今回この場所に来る事になった。と言っても、こんな何も無いところで、今から時間を潰すにはあまりにも早すぎる。
なので、場所の確認などをした後に、彼らは車で引き返して、近くの〇〇海水浴場まで引き返し、そこで一通り遊んで見る事にした。
女の子に声掛けては撃沈して、を繰り返した後に彼らは1組の女の子達と運良く話をする事が出来るようになった。その女の子達と話しているうちに自分たちが心霊スポットの海岸で遊ぶ事を告げると、それまでの楽しそうに話していた彼女達の反応が一変して、怪訝そうな顔で「兄弟岩のこと?」と聞いて来た。どうやらあの二本の岩は「兄弟岩」と呼ばれているらしい。
「兄弟岩のことなら悪い事言わないからやめといた方がいいよ」と彼女達から忠告を受ける。なんでも、面白半分で遊びに来た人達が酷い目に遭うのはしょっちゅうで、それでよく警察沙汰にもなっているらしい、と話してくれた。
彼らがここでこの忠告を聞いていたらどんなに良かっただろうか。まさか、この後あんな事になるとは、誰も予想だにしていなかった。
彼らが彼女たちの話を聞いてなにか空恐ろしいものを感じたが、誰ともなく、辞めておこうという話がなかったのだが、そんな彼らの反応を見てもう一度だけ彼女たちは忠告をするとその場を後にした。
それから彼らは浜辺ではしゃいだり、他の女の子に声掛けたりと遊んでいたが首尾は良くないようでその後、女の子達と上手く行くことはなかった。
日も傾いて来たこともあり、彼らは車に戻り、近くにあったスーパーでお酒や肉などを買い込んであの「兄弟岩」へと向かった。
もちろん、先程の女の子達の話を忘れた訳では無い。ただ、それ以上にこの夏の空気に感化されていたのか、テントを張り、バーベキューコンロを出し、炭に火を付けていくうちにとうとう先程の事など気にもならず、若さというのは怖いもの知らずなようでこの場で一晩過ごすのも気にならなくなっていた。
それからしばらくの後、一通り楽しんだ後に思い出したようにひとりが言い出した。
「そうだ、海を撮影しようぜ!」と。
ひとりがスマートフォンを取り出して兄弟岩の間を抜くようにシャッターを押す。
その写真は静かな海面から二本の真っ黒い岩が月明かりに照らされて、闇夜に浮かび上がる様に大きな影を落としていた。その二本の岩の真上に黄色い月が、上弦の月が雲ひとつない夜空に浮かんでいた。
その写真はあまりにも静かで、ある種の神秘的な美しさを称えていた。
この写真の構図を意図せず撮れたのが、まるでなにか、目に見えない力が働いたんじゃないかと思うくらいに美しい写真であった。
その美しさに、(ひとつは酔っていたというのもあるが)SNSに投稿する事にした。
「これが心霊スポットで撮れた写真!なにか写ってるかもよ笑」と1文添えて茶化すように投稿した。
その投稿をした後に、彼らは残ったお酒やバーベキューを堪能しながら、昼間の失敗談や合コンの失敗談などを昼間の車内の延長のようにゲラゲラと笑いながら話していた。
しばらくして、先程のSNSに投稿した写真の反応が気になり、スマートフォンを確認する。すると、そこには大量の通知が来ていた。
「もしかしたら、さっきのなんか映ってたのかな?」と期待をしてスマートフォンのロックを解除してSNSを開く。
するとそれを確認した彼はしばらくして悲鳴を上げ、友達が集まってきた。
「手が、手が…」と彼はスマートフォンを指さしながら、尋常じゃない恐怖で顔を引き攣らせてガタガタ震えていた。
ひとりが彼のスマートフォンを拾うも、先程、投げ捨てた際に壊れたのか電源が入らなかった。仕方ないので、自身のスマートフォンで彼のSNSのページを見る。その間にもうひとりが彼を落ち着かせていた。
「これが心霊スポットで撮れた写真!なにか写ってるかもよ笑」と共に添えられた写真。
さっきも見たが波の静かな海面から二本の岩が静かにたたずんでいる。
そんな写真を見て彼らの友人たちが次々にコメントしている。
綺麗に撮れてる!とか、何も写ってないじゃん笑とか、次々にコメントがついてる中で、ひとりが「この写真やばくね?」とコメントしていた。
そのコメントを見た友人たちが次々に、そんなのいらないから笑とか、盛り上げようとすんなって笑など、冷やかしていく。
すると、先程のコメントをした友人が「よく見てみろ!この岩の間のところを!」と再度、兄弟岩の写真を貼り付けてコメントしていた。
二本の岩が立っているこの写真を見てもなにもない。なので、コメントしてる友人たちはさらに冷やかしの言葉を綴っていく。が、ひとりが「これ、マジかよ?みんな見えてないのか?」と、最初コメントした友人と同じようになにか見えた者が出てきた。
ここから少しづつ、反応がおかしくなっていく。岩の間になにか見えた者、見えない者、冷やかす者と次々に書き込みが増えていく。
「ほんとに見えないのか?よく見ろって!」と誰かがまた写真を再送してきた。
すると、そこにはさっきまでなかった違和感が感じられた。海面から、二本の兄弟岩の間から、まるでこちらに伸ばすようにひとつの腕が伸びてきているのである。
「やべぇ!なにこれ?まじ?」とコメントが付き、それから完全にコメント欄が異様な様に恐怖と興味の色で増えていく。
その中で、また誰かが「これ、増えてないか?」と写真をまた添えてコメントした。
その写真には確かに3枚目の写真と違い、腕が増えていた。そして、心做しか先程の腕がこちらに近づいてきてるように思われた。
増えてる!や、近づいてきてる!などの個々の驚きと恐怖を伝えようと次々に書き込みが増えていく。さらにここから恐怖は加速する。
また、誰かが写真を添えたのだ。
「ヤバいって、また増えてるよ!」と書き込まれた1文と共に写真の中の腕が今度は4本に増えていた。そして、先程までは静かな海面だったのにも関わらず、海面が波立ってきている。そして、気の所為かもしれないが月が少しづつ、欠けていっているようにも感じられた。
ここでスマートフォンを見ていた彼は、見るのを諦めて逃げ出そうかと思ったが、もしこの先にとんでもないものが写っていたら、と思うと読む手を止めることができなかった。
「これどうなってんだ?」「やべぇって!誰かあいつらに教えてやれよ!」「うわぁぁぁ!また、手が増えてるよ」などと次々に書き込みが増え、その度に写真は変化していく。
もう、いくつ見たか分からない写真はパラパラ漫画のように少しづつ変化して、そして確実に近づいてきている。
もう、ここにいるのはまずいと思った彼は「おい!ここから離れるぞ!」とガタガタ震えている友人と、そいつを介抱していたもう1人を車に乗せて、ガムシャラに車を走らせた。
まだガタガタ震えている彼は「手が…手が…こっちに来てる…」とずっと独り言を言っている。そしてそれを心配するように横に寄り添う彼と運転する自分と、助手席の友人の4人が街の灯りを求めて、夜の海岸に沿った国道をあらん限り走り続けた。
普通に走れば、ものの15分もあれば昼間の海水浴場に着くし、そこから5分も行けばスーパーがある。しかし、いくら走ってもスーパーどころか、海水浴場も街の灯りすらも出てこない。交通量が少ないとはいえ、すれ違う車すらもない。そのうち誰ともなくこう呟いた。「さっきからもう30分以上も走ってるのになんでまだ着かねぇんだよ!」と。
確かにおかしい。ただ、海岸をずっと走り続けているだけで何も出てこない。海水浴場からは一本道で迷うこともない。自然とアクセルを強く踏む。
「頼む!早くなにか見えてくれ!」と車を飛ばすがいつまでも景色は変わらなかった。
そして、ある事に気がついた。
「なんで…なんで…」と、この先の言葉が恐怖で出せなかった。いや、恐怖で出なかったと言うよりも口に出すのが怖かった。しかし、彼は意を決して、「なんで4人もいるんだよ!」と叫んだ。
そう、彼らは最初から3人だった。女の子をナンパした時も、スーパーに買い物に行った時も、酒を飲みながらバカ話に花を咲かしていた時も、ずっと3人だったのだ。
なのに、後部座席でひとりが震え、それを介抱するように付き添うそいつと、助手席のこいつ。
彼は車を止めて、車内の全員の顔を見た。皆、見知った顔である。〇崎に〇分、田〇と全員最初からいたメンツである。でも、確かに出発した時は3人だった。
「なんで、なんで4人なんだ!なんで増えてんだ!」と叫ぶと次々に、3人しかいなかったことを口にし、そして疑心暗鬼に陥っていった。
そんな時にさっきまでガタガタ震えていた〇崎が、相変わらずガタガタ震えながら、「通知来た」とスマートフォンのロックを解除して、SNSを開いた。そして彼はゆっくりこちらにその画面を見せながら歪な笑顔でこういった。
「俺たち、もう掴まったみたい」と。
その画面には、いくつもの写真が送られていた。海面から幾重にも重なって伸びているあの伸びた手が次々にこちらを掴もうと伸ばしてくいる。それはもう、次々に表示される写真がまるでアニメーションのように動いている。それはもう目前まで伸びていて、その腕が画面を掴もうとしている様な写真で終わっていた。
「うわあああぁぁぁ」と叫び、運転席の彼は車を再度発車させた。もう何が正解か分からないが車を動かすことでこの恐怖から逃れたかったのだ。

彼は気づくとベッドの上だった。
意識が朦朧としている。なぜ、ベッドに横たわっているのか?車を運転していたはずだ。そういえば一緒にいた友人たちはどこいった?
はっきりしない頭を少しづつ整理しながら彼は周りを見回した。そんな彼に気づいたのか、1人の女性がこちらに寄ってきた。
「〇〇さん、分かりますか?」と。
彼女の格好からどうやら病院にいる事がわかった。そう思うと、急に安心したのか彼は泣き出してしまった。
しばらくしてから彼はナースから自分がベッドにいた理由を聞かされた。夜中に車で事故を起こし、近隣住民が気づいて救急車を呼んでくれたのだとか。その時、一緒にいた友人達も運び込まれて、ほかの2人よりも先に目が覚めたらしい。
幸いにも、自身もほかの2人もそこまで大きな怪我もなく、目が覚めるのは時間の問題かと思われた。
その間に彼はスマートフォンでSNSに投稿した。自分は無事であること、ほかの2人もそのうち目が覚めるであろう事を短く伝えた。
すると、彼の元に予想していなかった訪問者が現れた。あの「兄弟岩」について教えてくれたあの女の子だ。
「良かったね、無事目が覚めて」と声をかけてくれた。予想もしない珍客に胸がトキメいた、が彼女はどうもそんな雰囲気では無さそうだ。
「だから、やめときなって言ったのに」と眉を寄せながら言う。そこから彼女はここに来た経緯を話し始めた。
たまたま、バイトしてた先で事故があったと聞いた事、場所が場所だけに兄弟岩に向かった人ではないかと思った事、それがもし自分に声掛けた3人組ならと思って見舞いに来たのだそうだ。
「ねぇ、あそこで写真なんか撮ってないよね?」と彼女が殊更心配そうに声をかけてきた。
「いや、俺は撮ってないよ。なんで?」と聞くと彼女は少し安心したような表情でこう言った。
「あそこで写真撮った人は、精神をやられるのよ。まるで、写真に写っていたものに連れていかれるみたいに。だから、心配だったの。」と聞かれた瞬間に彼は昨日の、あのガタガタ震える友人の姿を思い出した。ずっと。ガタガタ震えて、車内でずっと独り言のように「手が…手が…」と呟いていた彼の姿を思い出した。
「ほかの2人も目が覚めたらよろしく言っといてね。私はこれで行くから」と彼女は病室を出ていった。
それから、しばらくして2人は目が覚めたが、あいつだけは、ずっと手が…手が…とつぶやき続けていた。
あの日の事はもう、思い出したくないが夏が来るとどうしても思い出してしまう。それからもう、心霊スポットに行こうなんて思わなくなった。



「これが、添付してた写真の話や」と彼独特のニヤニヤ顔で彼は私に言った。
いつもメールの添付について話をしてくる彼が私の顔を見て、満足そうにアイスコーヒーを飲み干した。
「あ、そうそう。あの画像、保存してへんやんな?あれ、噂やと感染するとかせんとか」と彼はアイスコーヒー代を置いて席を離れた。
私は彼の忠告に釈然としないまま、画像フォルダを見た。そこには静かな海面から二本の岩が伸びた夜の海が写し出されていた。
「まさか、な…」と、思いながら彼は画面を閉じ、スマートフォンの画面をロックした。
すると、ピコンとスマートフォンの通知が飛んできた。その通知はあのSNSの通知だった。


こちらは朗読用に書いたフリー台本です。
ご利用の際には以下のページを一読お願いします。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?