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【映画感想文】AIR/エア

えー、マット・デイモン主演、ベン・アフレック監督(出演もしてます。)で、NIKEがエア・ジョーダンを作るまで(というか、マイケル・ジョーダンと契約するまで)の話を映画化した『AIR / エア』の感想です。

僕は特にスニーカー・マニアというわけではないんですが、いろいろ縁があって一時期レア物を扱うスニーカー・ショップの店番をしていたことがあったんですね。で、その時に、なんとなく人気のスニーカーは覚えたというか、そりゃ、価値の分からない僕にとってはとんでもない値段がついてたりするので嫌でも記憶するわけなんですが、その筆頭がやはりエア・ジョーダンだったんです。なので、僕にとってスニーカーといえばNIKE。なんならバッシュを発明したのはNIKEでしょ?くらいの認識だったんですが、映画を観たら、当時のバッシュのシェア一位はCONVERSEで、次がadidas、NIKEに至ってはバスケットシューズ部門廃止かってくらいだったと。そういう「へ〜」がまぁまぁ出て来るんですが、この"まぁまあ"というのがこの映画のミソだと思うんですよね。あと’84年という時代感。

で、えー、主演のマット・デイモンなんですけど、僕の中でマット・デイモンていう人は、己の信じたことを貫き通して困難に立ち向かうべく周りを気にせず突き進む人なんですね。例えば『オデッセイ』でも、『フォード vs フェラーリ』でも、最近の『最後の決闘裁判』(この映画ではベン・アフレックと共演もしてますね。)でもそうでした。こういうやもすれば自分本位で我の強いキャラクターを嫌味なく出来る人だと思うんです。で、今作のソニーって役も正しくそうなんですが、今回は割とそういう人たちばかりが登場するんですよね。つまり、癖のある(=性格の悪い=いいキャラ)のオンパレードなんです(個人的お気に入りは、マイケル・ジョーダンのエージェントの、仕事が終わるとひとりで食事するクリスでした。自信家とサイコパスの境界線にいるみたいな人で、悪口のセンスがいい。)。僕が観てきたマット・デイモン作品だと『フォード vs フェラーリ』のあの感じのお仕事映画に近いんですが、それを’84年くらいの時代の軽薄さで描いてるって感じなんです。

だから、あの、今となっては、こういう自分勝手な人たちが各々の思いをぶつけあって大博打に出るなんて仕事の仕方無理でしょって思うんですけど、それが’84年ていうファンタジーの中では成立してるんだよなって、この頃みたいに暮らしに余裕のある時代が戻ってくれば出来るのかもしれないなっていう。よく分からない希望とも懐古ともとれるような変な(それでもちょっとアガる)気持ちになるんです。ダーレン・アレノフスキー監督の『レスラー』の中で、ミッキー・ローグが演じてる主人公のレスラーが80年代を回顧して「ガンズ・アンド・ローゼス、デフ・レパード、モトリークルー。80年代は最高だった。ニルヴァーナが出て来て、その楽しさをぶち壊した。」みたいなセリフを吐くんですが、正しくニルヴァーナが登場するなんて全く思えない様な空気をこの映画自体が持っていて、更にそれを補完するようにこの頃のヒットチャートの曲たち(恐らく全ての曲がトップ10には入ってたんじゃないかって程の誰もが知ってる曲ばかり)がのべつ幕なし掛かるんです。

ただ一曲、割と序盤でヴァイオレント・ファムズの『BLISTER IN THE SUN』ていう曲が掛かるんですけど、この曲だけヒットチャートとは関係ないパンクバンドの曲で(’83年に発売したアルバムの曲なので時代的には合ってるんですが。)、序盤に掛かるにも関わらずちょっと違和感があるんですよね。映画のテイストと合ってないっていうか。で、このくらいの違和感。これがこの映画のポイントなんじゃないかって思うんです。

えーと、つまり、マイケル・ジョーダンが若き天才であったことも、バスケット・シューズ部門で低迷していたNIKEが命運を掛けてジョーダンに掛けたのも、それが成功してその後エア・ジョーダンが世界的に売れ続けてNIKEがトップの会社になるのも事実なんですが、この映画はその話の(言い方良くないですが)上澄みの部分を掬い取って’84年的雰囲気の良いところだけで描いていると思うんですよ(あえて)。だから、その裏で、例えば、こんな社運を賭けたことをバブル崩壊後の今の時代では出来ないっていうことも、この後バブルが弾けてオルタナティブの世になるってことも分かっているわけで(実際、エア・ジョーダン欲しさに殺人事件まで起きるわけですから。)。分かっていながらそういうシリアスなところは描きませんていうね。そういうスタンスなんですよね。それを当時のヒットチャートの羅列から感じるんです。だから、観てる方もこれは全てではないのだ。上澄みなのだと思いながら観るわけなんですけど、それは"それだけではない(これの象徴がヴァイオレント・ファムズの『BLISTER IN THE SUN』なんじゃないかと思うんです。)"を含んだ上澄みでもあって。その不穏さや影みたいなものは孕んでいるんです。しかも、同時に'84年にあったあの熱気と軽薄さというのも間違いなくそこにあった空気なわけで。そういう事実でありながらその時でしかありえなかったある種奇跡的っていうかファンタジーっていうものが、この映画をより映画にしているんだなと思ったんです。

ということで、えー、事実としてまぁまぁある「へ〜」と、癖の強いキャラクターたちの正に映画的なやり取りと、'84年という今となってはマジカルな時代が、適度に熱くて適度に良い話にしてくれているんです。けど、まぁ、よくよく考えるてみると誰が大金を掴むのかっていう割とゲスい話なんで。そこがまた良い映画だなと思うわけです(あ、あと、物語外のところでもの凄く感じるマット・デイモンとベン・アフレックのバディ感。それも映画をより熱いものにしてますよね。間違いなく。)。

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