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【映画感想文】ミュータント・タートルズ:ミュータント・パニック!

『スーパーバッド 童貞ウォーズ』のセス・ローゲンとエヴァン・ゴールドバーグ、『ソーセージ・パーティー』のジェームズ・ウィーバーが制作して、『ミッチェル家とマシンの反乱』(これも面白いアニメでした。)のジェフ・ロウが監督した『ミュータント・タートルズ:ミュータント・パニック!』の感想です。

正直、『ミュータント・タートルズ』に関して僕はほとんど何も知らなかったんですが。ただ、まぁ↑の制作陣を見たら、そりゃこうなるわなっていいますか、とにかくむちゃくちゃ楽しい映画になってまして。全編通して『スパイダーバース』的というか、裏『スパイダーバース』というか。えーと、まず、主人公がティーンエイジャーで舞台がニューヨーク、その主人公がいろいろ葛藤しながらヒーローへと成長して行くという物語であり、『スパイダーバース』が行ったもっとも革新的だった手書き風のコミック絵をそのままアニメーションにして動かすというのも踏襲していて。ただ、そのどれもが『スパイダーバース』をメインストリームとした場合のオルタナティブと言いますかね。『スパイダーバース』がクールでスタイリッシュなニューヨークを描くのであれば、こちらは雑多でゴミゴミした地下道を描き、ハイソな家庭に育ち学校に通うマイルスに対しては、下水道で暮らし学校へ通うことを夢見ているタートルたちを描く。クモ型地球外生命体から超能力を授かったスパイダーマンに対しては、ネズミミュータントのパパ(スプリンター)からカンフーのてほどき(このネズミパパの声をジャッキー・チェンが演じてるというのも胸アツなんですが。)を受けたタートルたちという。『スパイダーバース』をアートとするなら、こちらは完全にサブカルチャー。HiP HOPやカンフーやコミックなど90年代以降のストリートカルチャーをこれでもかと詰め込んでいて、そこら辺も『スーパーバッド』や『ソーセージ・パーティー』のセス・ローゲン的と言いますか。こういうところ個人的にグッと来てしまうんですよね。で、最も違ってて、この映画のテーマとも言える描かれ方がされるのが、もともと人間のマイルスがスーパーヒーローになった『スパイダーバース』に対して、『ミュータント・タートルズ』は、カメと人間の間のミュータントとして誕生してしまうところ。タートルたちが目指すのはじつはヒーローではなく人間として普通の生活をすることなんですよね。そうやって裏というか、『スパイダーマン』に対するカウンターの様な存在で描かれるんです。

要するに、その見た目や出自で差別される存在(ミュータント)を描いているわけなんですけど、それなのに物語が嫌味にも悲観的にもなってないのはティーン(要するに未知なる可能性ですよ。)を同時に描いてるからだと思うんですよね。既に世の中を知ってしまっているネズミパパ(ジャッキー)が自分の出自や他人の目に対して悲観的になっているのに対して、カメくんたちは事実として学校に行けてないことや地下道で暮らしていることが自分たちの出自や見た目によることだとは思ってないんです。それによって危険な目にも会うんですが、それを若気の至りとせずにティーンであることの強みとして描いてると思うんですよね。そして、そのことがミュータントという差別される側を描いた物語なのに、全てのティーンとかつてティーンだった人たちに自分の物語だと思わせていると思うんですよ(つまり、いちいち悩まないでどんどん行っちゃう『X-MEN』みたいなもんで。そりゃ、爽快ですよね。)。

で、更にもうひとつスパイダーマンと比較するなら、スパイダーマンがヒーローになってしまったことで孤独になるのに対して、カメくんたちは4人(匹)のチームなんですね。そして、ストリートのカルチャーを共有してる遊び仲間でもある。同程度の仲間がいるっていうのは良くも悪くも若者が無敵になる重要な要素ですし、その無敵さにティーンの頃を過ぎてしまった僕ら大人が懐かしみながらもまた(あの頃おれも無敵だったと)憧れるっていうのがこの手の映画の良さでもあります。この辺もさすが『スーパーバッド』のセス・ローゲン、そして、『ミッチェル家とマシンの反乱』のジェフ・ロウって感じでした。

ただですね、アクション・シーンとかは『スパイダーバース』の方が断然良かったと思うんですよ。ああいう圧倒的なスゲーみたいのはないんです。カメくんたちには。アニメーション表現自体も(たぶん、ほんとは凄いことやってるんですけど)雑に描いた絵が動いてるように見せていて。だから、『スパイダーバース』よりも誰かがイタズラ書きで描いたみたいな感じにしてて。それがいいというか、今回のこの表現には合ってるんですね。誰かの頭の中から出て来たその初期衝動をそのままアニメーションにしてるみたいな。アニメ表現だけじゃなくても、まだ誰もが認めるっていう存在ではなかった90年代のHIP HOPとか日本の漫画とか(いわゆるサブ・カルチャーってことです。)、"まだみんなは認めてないけどオレはいいと思うよ"っていうそれ。それが、この映画の中のカメくんたちの(正しくこれからっていう未知の可能性を持つ)存在と(そして、かつての自分やこれから世界に向かってサバイブしていく子供たちと)重なって、ああ、なんとも愛おしいなぁってなるんです。だから、正しい青春映画なんですよ。『スパイダーバース』以降の技術を使って『スーパーバッド 童貞ウォーズ』の遺伝子を持って描かれた青春映画なんです。




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