【いいやつら】超短編
ゆうちゃんは、いいやつらに囲まれている。
ペットボトルは「飲み残しても大丈夫ですよ」。マグカップは「あったかいうちにどうぞ」。ペンは「いい考え出るといいですね」と、言ってくれている。
だから、気の向いたときにペットボトルでジュースを飲んで、マグカップのココアで温まって、お絵かきをした。
ゆうちゃんは、気持ちよく暮らしていた。
ある雨の日、おうちの前に倒れている者がいた。四角くて、薄くて、小さなテレビのようだった。ゆうちゃんは、それを拾っておうちに入れて乾かした。
すると黒い画面がブンと明るくなった。
「ぼくスマホと言います」
スマホは、元気な声で言った。
「直ったなら好きにしていいのよ。どこに行っても。何をしても」
「お礼に何かしたいです」
ゆうちゃんは、とくにしてほしいことはなかったけれど、スマホの気持ちも大事にしたかった。
「あなたは、何ができるの?」
「なんでも」
スマホは胸を張って答えた。
「電話がかけられます。お金も払えます。飛行機の時間を調べましょうか?お料理のレシピもたくさんありますよ」
ゆうちゃんは、首をふった。
「ううん。いらないわ。わたしは好きにしているからあなたも好きにしていて」
ゆうちゃんは、椅子に座ると食卓テーブルの上で、お絵かきをはじめた。
椅子は、「かたすぎませんか?」、食卓テーブルは「紙からはみ出しても大丈夫ですよ」、色鉛筆は、「もう少しとがりますね」と言ってくれた。
ゆうちゃんは、気持ちよかった。
すると、パラパラパラパンというにぎやかな音が聞こえて来た。テーブルの隅にいたスマホが、音楽をかけていた。
「ジャズはどうです?お絵かきがはかどるでしょう」
ゆうちゃんは、シンと聞こえるほどしずかなところが好きだったから、悪いと思ったけれど断った。
「ごめんね。せっかく流してくれたのに」
「いいんですよ」
そう言いながら、スマホは悲しそうにすこし震えた。
それからも、スマホは、ゆうちゃんのために、あれやこれやをしてくれた。
もっとお絵かきがうまくなる方法や、頭の回転がはやくなる体操を教えてくれたりした。そして、参考になる動画を探してきてくれた。
そのたびにゆうちゃんが断ったので、スマホはすっかりいじけてしまった。
「ゆうちゃんは、きっと僕のことがきらいなんですね」
スマホがそういうので、ゆうちゃんは悲しくなった。
ある日、工作をしていたゆうちゃんは、カッターで指を深く切ってしまった。ゆうちゃんは、痛くて痛くてバンソコウもとりに行けずに泣きだした。カッターもペットボトルもマグカップも色鉛筆もおろおろしていた。
スマホは、すぐに、病院に電話をかけると、気がまぎれる愉快なアニメを見せてくれた。ゆうちゃんが泣き止むころには、お医者さんがやってきて、ゆうちゃんの指を消毒して包帯を巻いてくれた。
「ありがとう」
お医者さんが帰ると、ゆうちゃんは笑顔になってスマホに言った。
「お役に立ててよかったです」
スマホも笑顔になった。
それから、スマホは何もしない。それでも、ゆうちゃんは、スマホがたのもしい。
「いつでも聞いてくださいね」と言ってくれているから。
ゆうちゃんはいいやつらに囲まれて、気持ちよく暮らしている。