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Traveler's Voice #13|齋藤光信

Traveler's Voice について

Traveler's Voice は特別招待ゲストの方からエスパシオに泊まった感想をインタビューし、読者のもとへ届ける連載記事です。この企画の目的は”自分ではない誰か”の体験を通して、エスパシオを多角的に知っていただくことと、ゲストが日頃行っている活動を合わせて紹介するふたつの側面を持っています。ご存じの方も多いと思いますが、エスパシオは「いつか立派な観光ホテルになる」と心に誓った山口市にあるラブホテルです。この先どんなホテルに育っていくのか、まだ出発地点に立ったばかりですが、この企画を通してゲストの過ごし方や価値観を知り、計画にフィードバックしたいと考えています。インタビュアー、執筆、カメラマンを務めるのは「エスパシオ観光ホテル化計画・OVEL」を進めているプロデューサーの荒木です。それではインタビューをお楽しみください。     


ゲスト紹介

Travelers Voice 第13回目のゲストは齋藤光信さんです。齋藤さんは山口市と下松市でスペシャルティ珈琲店「Saï Coffee Roastery」を経営されています。エスパシオでは2022年のオープンからルームサービスとしてサイコーヒーから仕入れた豆を提供しています。齋藤さんが毎金曜日に配信しているインスタライブを見ている方ならご存知のとおり、稀に見る珈琲愛の溢れ出た人です。今回のインタビューでは、珈琲をより深く学ぶために旅したエチオピアのことや、これからのサイコーヒーについて、合わせてエスパシオの宿泊体験について聞いてみたいと思います。


齋藤さんが泊まったお部屋紹介

齋藤さんに宿泊していただいたお部屋は406号室です。ブルーのファブリックにポップなアートが映える、スタンダードルームです。


インタビュー

Araki:おはようございます。コーヒー屋さんを招いたトラベラーズボイスの楽しみは何と言っても美味しく抽出したコーヒーを朝から味わいながらインタビューできることに尽きます 笑。エスパシオではサイコーヒーと生産農家がダイレイクトトレードした豆をオリジナル焙煎する「エチオピア・ナチュラル」を仕入れています。その豆を店長自らハンドミルして抽出する至福の時間を味わっているわけですが、まるでぼくがゲストになった気分です 笑。齋藤さんには2022年のオープン当時からお世話になっていますが、宿泊していただくのは初めてですよね。初のエスパシオステイはどうでしたか。

Saito:いつもの生活空間では味わえないラグジュアリーな時間を過ごさせていただきました。昨晩みんなでピザパーティしたあとはベッドに潜り込むくらいしかプライベートな時間はなかったけど、朝目覚めてからこの空気量と静けさを独り占めできて最高でした。つい勢いでここからインスタライブもしちゃいました 笑。それにしても部屋が広いですよね、視界が窓から見える景色に抜けることで部屋の空気量がさらに豊かに感じられるし、音の反響もちょうど良くて、何気ない生活音すら心地よく感じました。その心地よさがさらに行動にフィードバックして、普段はシャワーで済ませるぼくがちゃんとお湯にも浸かったりして 笑、行動すべてがリラックスへ自然と向かう感覚がありました。おかげで普段より深く眠ることができました、ありがとうございます。今もこうやって自分のために丁寧にハンドミルしていますが、これもぼくにとっては新鮮なことで、普段は家でミルすることってないんですよね。というのも実は、珈琲店にもフードロスがあって、仕入れた豆をテイスティングするために”焼き試し”して日々試飲しています。そのときに挽いた豆をすべて試飲のためにドリップすることはできないので、家に持ち帰って飲んでいるんです。なのでパッケージされた豆を自分のために淹れるすべての工程がなんだか新鮮で、忘れかけていた珈琲愛を思い出させてくれる時間でもありました。

Araki:忘れかけていた珈琲愛、分かるような気がします。物事を好きになった理由って様々な事柄が複雑に混ざり合ってできているから、作業化するとその大切な部分が削ぎ落とされてしまうことがよくあります。これって失われたあと、はっと気が付くことなんですよね。それにしても、珈琲にもフードロス問題があるんですね、はじめて知りました。

Saito:そうなんです。お金というよりも豆を無駄死にさせたくないという意味で”勿体無い精神”が日々強くなってきています。”焼き試し”もそうだけど、バリスタって練習のために何度も抽出するんですが、抽出したコーヒーってひと口テイスティングするだけで全部は飲まないんですよね。それって勿体無いというよりも、生産者や豆が可哀想だなと思うようになってきたんです。

Araki:なるほど、それは大切な精神ですね。ホテルという空間でも同じようなことがあります。閑散期などは空き部屋がフードロスのようなもので、トラベラーズボイスはその活用方法という側面も持っています。ロスしないように違う形で価値づける行為、これって”焼き試し”した豆を家に持ち帰って味わうことにどこか似ていますね。直接お金と交換するわけではないので結果が見えにくい活動ではあるけど、手応えのようなものは感じています。

Saito:ほんとだ、似てますね 笑。そうそう、勿体無いといえば「珈琲カス」の処理問題というのもあります。抽出したあとフィルターに残っているものを珈琲カスと呼んでいるんですけど、最近はその珈琲カスの再利用にも取り組んでいます。取り組むに至った理由は、廃棄することに問題があると知ったからです。珈琲カスって燃えにくいゴミなんです。その燃えにくいゴミを速く焼却するために石油燃料を投下しているって知ってましたか。ゴミの分別がなかった時代は燃えるゴミの中にプラスチックが混ざっていたから、石油燃料を投下することなく焼却できていたけど、ゴミをちゃんと分別する規則になってから燃えにくいゴミが焼却しづらくなって、石油燃料を投下するという脱炭素的には本末転倒なことが起こっているんです。この現状を知ったことで珈琲カスをゴミとして出したくないと考えるようになりました。今ぼくたちが取り組んでいるのは、珈琲カスを有機肥料に変えるプロジェクトです。

Araki:へえ、そんなことできるんだ。詳しく教えてください。

Saito:珈琲カスの再利用っていろいろあるんですけど、例えば3Dプリンターの材料として使ったり、土に混ぜて食器などのプロダクトにアップサイクルする方法もあります。でもぼくたちが考えているのはそういったリプロダクトではなく珈琲カスの有機肥料化です。珈琲カスにはカフェインとポリフェノールが大量に含まれていて、そのまま畑の肥料に使うと植物の発育を遅らせる悪作用があります。蒔いた1年目は除草剤のようになって食物は育たず、2年目からようやく肥料としての効果を発揮し食物が育つそうです。その1年というタイムロスを無くすために、珈琲カスをEM菌に食わせることで1週間で有機肥料に変える技術を活用しています。今では、そこで作った肥料の効果を実証するために野菜を育てています。まだ実験段階ですが美味しい野菜が育てられると実証できれば事業化したいと考えています。

Araki:おおー、ビッグビジネスの予感 笑。成功すればなんだか理想的な循環システムができますね、楽しみです。他にも取り組んでいることはありますか。

Saito:就労支援に取り組んでいます。良い豆を選別する技術のひとつに”ハンドピック”という作業があって、豆をひとつぶひとつぶ選別する気の遠くなる手作業です。生産国が出荷前に行うピックと、店頭でぼくたちが行う”再ピック”があります。ぼくたちはこの再ピック作業を障害者施設に依頼しています。生産国でどんなに念入りにピックしても60粒にひと粒くらいの割合で悪い豆が混ざり込んでいるので、それを取り除くために”再ピック”してもらっています。これが就労支援をするきっかけだったんですけど、そこからもう少し広げることを考えていて、さっき話した珈琲カスを再利用した有機肥料を使って野菜や果物を育てる農作業を依頼しようと考えています。採れた野菜はレストランに卸し、果物はサイコーヒーでお菓子作りなどに活用できればいいなと考えています。もともと農業にはゴミを出さない循環システムがあると思うんですけど、それに倣って珈琲業界でもゴミを出さない循環システムを構築したいんです。それがぼくたちの考えている「生産者に対する消費国としての態度表明」だと思っています。

Araki:なるほど、それはまさにフェアトレード(公正取引)や環境問題の精神性と関係していますね。チェリーが珈琲豆に加工され、嗜好品として消費されたのちに肥料となって畑に撒かれ、そこで育った野菜や果物がまた新たにトレードされる。ぜひ実現してほしい循環システムです。齋藤さんが今取り組んでいることと、先日のエチオピア旅行とは関係していますか。

Saito:エチオピアに旅した理由はフェアトレード(公正取引)が正しく出来ているのかをこの目で確認するためだったのですが、行って分かったことはトレード以前に、自分がいかに珈琲について知らないことが多かったのか、という事実です。たとえば、目の前でウォッシュドとナチュラルの製造を比較することで、なぜナチュラルの方が味が枯れやすくウォッシュドが長く保つのかについて具体的にイメージすることができました。理屈では分かっていたことも、製造工程を見ることで曖昧であった灰色の知識がフルカラーで見えるようになった貴重な旅でした。

Araki:たしかに、現地に行かなければ知り得ないことってありますよね。ぼくも昔、中国やバリで家具を作っていたことがあって、そのとき現地で感じたあれこれを思い出しました。エチオピアはどのくらい滞在されたんですか。

Saito:そんなに長くはないのですが、今回は9日間の旅でした。エチオピアはまだまだ治安も悪いのでライフルを持ったボディガード兼案内人が守ってくれるような旅でした。こちらがフェアトレードしているつもりでも、果たして届くべき人にちゃんとお金が届いているのか、それをこの目で確かめてきました。サイコーヒーの取引先はそうではなかったことに安堵しつつ、輸出業者のような仲介業者だけが潤っているだけで、農家は搾取されている現状も沢山ありました。その見極め方は実にシンプルで、農家に直接行って彼らの生活環境を見ることです。悪い仲介業者と取引している農家の暮らしは、みんな靴を履いていなかったり、子供が学校に通っていなかったり、子供の餓死率が高かったり、そういうことで確認することができます。フェアトレードしているつもりがそうでない事例はまだまだ多いことに大変ショックを受けました。

Araki:フェアトレードは80年ほど前から取り組まれている問題ですが、どの分野もなかなか解決できていないのが現状ですよね。それって、媒介者に宿る権力問題でもあるし、消費者のリテラシー問題でもあります。でもその問題を消費者に委ねることは酷なことでもあるから、本当はシステムによって解決してほしいですね。これって、大量生産を実現するためにあらゆる生産が分業化されて一連の流れを把握できなくなったことによる弊害だと思います。その中でもサードウェーブコーヒーカルチャーは問題の透明化やシステム改善にうまく取り組めている分野なので、ぼくもその活動については追うようにしています。

Saito:ぼくたちの願いは、ちゃんとフェアトレードできているお店から珈琲を買ってほしい、それに尽きます。消費者からするとなかなか見極めが難しいかもしれないけど、珈琲店と消費者が親密な関係を築くことで、徐々にではあるけれど知ってもらうことに繋がると信じています。でも実は開業当初はそこまで考えていなくて、ただ美味しいコーヒーを飲んでほしいという理由だけでお店を作りました。ただそれだと消費者が悪い流通システムの中に知らずに巻き込まれてしまうケースもあって、サイコーヒーではフェアトレードできている事実をお客様と共有しながら販売したいと思っています。美味しいと感じて買った先にだれかが苦しんでいたら嫌ですよね、これはそういうシンプルな話です。何をそんな綺麗事をと思う人もいるかもしれないけど、実はもうすでにぼくたちはフェアトレードの中にいないと美味しい豆を手に入れることができなくなってきている事実もあるんです。搾取されている農家は生産を維持できなくなったり、大麻農家にシフトしたり、そのくらい追いやられているので、今のうちに農家と良い関係性を築いているところしか良質な豆が流通しない時代はすぐそこまで来ています。

Araki:たしかに、生産量には限りがあるのに人口はどんどん増えているわけだから、最近あらゆる分野で同じ問題を耳にします。人口が増えることで生産のあり方を変えなければいけない時代なんでしょうね。モノカルチャーが問題視されたり、そこから脱穀物みたいな思想が生まれることも共通していると思います。フェアトレードの問題もあるけれど、そもそも地球の許容量を無視して人口増やしすぎ問題だと言えるかも。

Saito:地球ってマックス何人まで許容できるんだろう。結局人は地球を食べて生きているわけだから、これって地球食べ過ぎ問題とも言えそうですね。

Araki:そうですね、建築では都市化=ビルディングという技術が人口問題へのレスポンスになっています。農業による環境破壊はたしかに深刻で、新しい技術が間に合うか自然が枯れ果てるかのレースになっています。ぼくは人間を信じているところもあるんですけど、環境を荒らしているのは疑いようがなく人間だけど、そのことに気がつけるのも人間しかいないので、なんとかしてくれるだろうと楽観的に見ながら穀物摂取しています 笑。とはいえ腑に落ちない事実もあって、せっかくみんなが頑張っているのに、でかい戦争ばんばん始めたりもしていて、せっかくの苦労が水の泡というかなんというか、戦闘機とか爆撃とかCO2排出量やばいでしょ。

Saito:そう言われると確かにそうですよね。豆どころの騒ぎじゃないのかも 笑。人口増って住むスペースの問題よりも、生産する場所がなくなったり場所を増やすことで自然が枯れていく問題の方が深刻なんですね。ぼくたちのコーヒー農家の問題もどうなっていくのやら。ホテルもそのうちビル型農家にリノベーションされる未来が来るのかも 笑。

Araki:屋上農園とかまさにその兆候ですもんね 笑。ちょっと重たい空気が流れているので少し話をもどしてクロージングへ向かいます 笑。エチオピアは齋藤さんにとって学びの多い旅だったわけですが、コーヒーに関わらず、他に行きたい旅先はありますか。

Saito:すみません、今は珈琲のことしか頭になくって 笑。インドネシアに行きたいです。ぼくたちがトレードしている先にインドネシアもあって、エチオピアの旅のように農家の暮らしを見たいという想いがあります。そんなことを考えているタイミングで、山口県立大学の教授から依頼もあったりして、彼らの研究をサポートしながら旅ができればいいなと計画しています。 研究プログラムは国際マーケティングとサイエンスを珈琲から学ぶといった内容です。現地農園に学生を連れて行って、生産から輸出までの一連の流れを学び、国際マーケティングに結びつけるという、面白いテーマでされているので、何らかサポートできないかと考えています。

Araki:珈琲に取り憑かれていますね。もしかしたら珈琲を飲むことでチェリーに行動を支配されているのかもしれませんね 笑。せっかく話をやわらかい方向へ引き戻そうとしたのに、見事に失敗しました 笑。そうそう、サイコーヒーは5周年を迎えたわけですが、何か話しておきたいことはありますか。

Saito:そうですよね 笑、いつからこんなに珈琲のことばかり語る人になったんだろう。とくに言い残したことはないんですけど、ぼくたちのやっていることは建築のような創造する仕事とは違って「与えられたものを活かす職業」だと思っています。だから今は珈琲豆と向き合っていますが、また新しく何かと出会うことができれば、その時こそ、今している活動で得たノウハウが活きてくれるような気がしています。

Araki:おおー、徹底して循環の人なんですね 笑。これだけ珈琲の話をするとなんだかまた飲みたくなってきました。今日はインタビューに付き合っていただきありがとうございました。次回のインタビューが焙煎士の木村さんなので、こんなに珈琲の話をやり尽くしてしまって大丈夫なのかという不安もあるけど 笑、とても刺激になる楽しい時間でした。またサイコーヒーに遊びに行きますね。


day of stay:April 18, 2024

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