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まずは、RED-S(スポーツにおける相対的エネルギー不足)を疑う

はじめまして。管理栄養士の月岡美由紀と申します。

私は国際オリンピック委員会の二年間のオンラインコースでスポーツ栄養を学び、現在「スポーツ栄養相談所コモコメ」(noteアカウント: sentoushoku)としてアスリートの栄養サポート、またスポーツ栄養士仲間と立ち上げた勉強サロン「スポーツ栄養士の図書館」の管理人をしています。

ESOマガジンでは、栄養とスポーツ障害の関係、またスポーツ栄養関連の最新のガイドラインやコンセンサス等の紹介、話題のトピックといった情報を共有できればと思っています。


健康のためや、外見に自信を持つため、またアスリートであればパフォーマンスの向上のために、痩せたい/体重を落としたいというケースは少なくありません。スポーツに関わっていると、相談を受ける機会も多いのではないでしょうか。


そんな時は、体重を落とすためにはエネルギーバランスをマイナスにする、つまり摂取エネルギーが消費エネルギーを上回ればよいという原則から、

・運動で消費するエネルギーを増やす

・食事や間食・飲み物からの摂取エネルギーを制限する

といったご提案をされることもあるかと思います。


一方、エネルギー不足による月経機能障害や疲労骨折など骨の障害を指す「女性アスリートの三主徴」や、それをさらに広げて男性アスリートやパフォーマンスへの影響も含めたRED-S (Relative Energy Deficiency in Sports: スポーツにおける相対的エネルギー不足)といった、アスリートのエネルギー不足に注意を呼び掛ける言葉を目にする機会も少しずつ増えてきています。


言葉は広まりつつあるものの、

・その原因となっているエネルギー状態は正しく理解されているのだろうか?

・栄養面のアドバイスにまで落とし込まれているだろうか?

という点を踏まえて、今回はスポーツ栄養を学ぶ栄養士の視点から、

1.アスリートの三主徴とは?

2.RED-Sとは?

3.エネルギーアベイラビリティーとエネルギーバランスの違い

4.「相対的」エネルギー不足とは?

5.まずは相対的エネルギー不足を疑う!

について簡単にご紹介します。


1.アスリートの三主徴とは?

1997年にアメリカスポーツ医学会(American College of Sports Medicine: ACSM)がポジションスタンドを発表したことで広く知られるようになった「女性アスリートの三主徴」。

ACSMが関係団体とともに最新版のアップデートと競技復帰モデルを示した2014年の共同声明(*1)で三主徴は、

・摂食異常を伴う/伴わない低エネルギーアベイラビリティー

・月経機能異常

・骨密度の低下

の3つのうち1つ以上を含む臨床状態と定義されています。

1997年に発表された当初は、摂食異常、無月経、骨粗しょう症からなる症候群と説明されていましたが、2007年には三主徴の1つ目が摂食異常を伴う/伴わない低エネルギーアベイラビリティー、2つ目が機能性視床下部性無月経へと再定義され、その後、二度目のアップデートである2014年版では上記の定義へと変化してきています。

2007年版では、それぞれの要素が健康な状態から不健康な状態の間を揺れ動くスペクトラムであること、またエネルギー状態は月経機能と骨の健康のどちらにも直接影響し、さらに月経機能異常は骨の健康に影響するという3つの要素の関わり合いが示され、この考え方は2014年版でも引き続き支持されています(*1)。

女性アスリートに比べてまだ研究は少ないものの、低エネルギーアベイラビリティーによる生殖機能や骨への悪影響は男性アスリートにもみられることが分かってきているため、最近では「男性アスリートの三主徴」という概念も登場しています(*2)。


2.RED-Sとは?

2014年にIOCのワーキンググループが女性アスリートの三主徴に代わる用語として提案したもので、相対的なエネルギー不足により健康面への悪影響 (三主徴の要素である月経機能や骨の障害、また内分泌、代謝、血液、成長・発達、心血管、胃腸、免疫、そしてエネルギー不足と相互関係にある心理面) とパフォーマンスへの潜在的悪影響 (筋力や持久力、トレーニング反応、判断力、調整力、集中力、グリコーゲン貯蔵の低下、イライラや憂うつ、ケガのリスクの増加) などの生理学的機能障害が生じる症候群です(*3)。

この症候群の原因を、2014年の声明ではエネルギー摂取とエネルギー消費のバランスに対する相対的なエネルギー不足と説明していますが、この「バランス」という表現は誤解を招くとして、2015年の追記ではRED-Sの原因は低エネルギーアベイラビリティーであることが強調されています(*4)。

2018年の最新アップデート(*5)でも、原因が低エネルギーアベイラビリティーであるとはっきり述べられています。

三主徴に比べ、原因と結果という因果関係を前面に押し出したモデルだと感じますが、まだまだ仮説的な部分もあることは最新版でも認められており、今後の研究が期待されています。


3.エネルギーアベイラビリティーとエネルギーバランスの違い

三主徴、RED-Sの説明で「エネルギーアベイラビリティー」を多用してしまいましたが、もしかしたらこの言葉はまだあまり聞き慣れないかもしれません。

日本語では「エネルギー可用性」、「エネルギー利用可能性」、「エナジーアベイラビリティー」、「利用可能エネルギー」と訳されたりしていますが、現時点ではスポーツ栄養の教科書等でも表記は統一されていない印象です。

ただ、この日本語訳からイメージしてほしいのは、「何に利用できるエネルギーなのか?」ということです。

エネルギーアベイラビリティーは、もともと生理学の分野で哺乳類に用いられていた考え方で、哺乳類は

・食事からのエネルギーを体温調節など基本的な生理学的プロセスに利用する

・あるプロセスに使われたエネルギーは他のプロセスには使えない

ということが前提となっています。

これをスポーツ栄養学では運動によるエネルギー消費量が多いアスリートに当てはめて、食事で摂取したエネルギーから運動に使う分を差し引いた、運動以外の生理学的プロセスに使えるエネルギー量のことをエネルギーアベイラビリティーと呼び、除脂肪体重あたりの値で評価します(*6)。

式でいうと、

(食べ物から摂取したエネルギー - 運動で消費したエネルギー) ÷ 除脂肪体重

です。

一般的なエネルギーバランスのコンセプトでは、食べ物から摂取したエネルギーと、運動を含めた一日の総エネルギー消費量を直接比較し、一日のエネルギー出納の結果としてどれだけ残ったのか、それがプラスなのかマイナスなのかを判断します。

一方、エネルギーアベイラビリティーのコンセプトでは、運動以外にエネルギーをどれだけ使えるのかを考えるので、まったく別の視点からエネルギーを見ています。

実はこのエネルギーアベイラビリティー、通常の栄養学では勉強しません。

エネルギーバランスの考え方が染みついてしまっているとなかなか掴みにくいところもありますが、スポーツ栄養に特化したコンセプトで、スポーツ栄養学の醍醐味だと感じています。


4.「相対的」エネルギー不足とは?

ではどうしてアスリートには「エネルギーバランス」ではなく、「エネルギーアベイラビリティー」のコンセプトを使って考えた方がいいのか、そのヒントがこの「相対的」エネルギー不足という言葉に隠されています。

何に対して「相対的」なのでしょうか。

エネルギーアベイラビリティーとして表される運動以外の生理学的プロセスに使えるエネルギー量が、「健康や身体機能、運動以外の生活活動を支えるのに必要な量」に対して十分でない状態を「低エネルギーアベイラビリティー」と言い、「相対的」という言葉は「絶対的」にはエネルギーが不足していない、つまりエネルギーバランスで考えるとマイナスではない場合でも、この低エネルギーアベイラビリティー状態が起こりえるということを表しています(*4)。

例えばエネルギーバランスがマイナスである状態が続いた場合、エネルギーが足りない中でやりくりをするうちに、身体の適応として代謝が下がった不健康的な状態でエネルギーのバランスが取れてしまい、見かけ上はエネルギー不足状態を隠してしまうという状況が考えられます。

実際、運動習慣と月経異常がありエネルギー不足が疑われる18-35歳の女性217名では、間接熱量測定法による安静時代謝が、日本でもよく使われるハリス・ベネディクトの予測式での値の90%未満に低下していたことが確認されています(*7)。

アスリートの三主徴、RED-Sのどちらも原因はエネルギーアベイラビリティーのコンセプトに基づいた「相対的」エネルギー不足なので、「絶対的」エネルギー不足=マイナスのエネルギーバランスだけを改善しても、根本的な解決にはならないのです。


5.まずは相対的エネルギー不足を疑う

スポーツ栄養士の目線から見ると、このような不健康な低代謝状態になっていることが疑われるけれども、もっと痩せなければと考えてしまうケースは少なくないのではないかと感じます。

安易に運動量を増やしたり、食事制限を提案したりすることは、相対的なエネルギー不足を加速させ、より不健康かつ代謝の悪い (痩せにくい) 状態につながりかねません。

しかも、気を付けたいこととして、エネルギー不足と言われると細身の体形をイメージしがちですが、身体の大きいアスリートほど除脂肪体重や運動に使うエネルギー、そしてもちろん健康的な代謝に必要なエネルギーも増えるので、一概に見た目やBMIだけでは判断できません。

とはいえ、厳密にエネルギー摂取量や運動によるエネルギー消費量を測定してエネルギーアベイラビリティーがどれくらいか計算して判断する、というのは現実的ではない場合も多く、しかも誤差も大きくなりやすいので、RED-Sとして示されている様々な症状を簡易的にチェックしてみることは役立つはずです。

2014年のRED-Sの声明(*3)には、アセスメントモデルも示されていて、いくつかの項目は問診等でも確認ができます。 

例えば、

・摂食障害や、疲労骨折の既往がある

・女性の場合、生理が止まってしまった/不規則になっている/高校生になっても生理が来ていない

・ジュニア期の場合、成長の鈍化がみられる/成長スパートがない(成長曲線で確認)

・ひと月に体重の5%以を減らすような急激な減量を行った

などがあります。

機器があれば骨密度のチェックもできるかもしれません。

他にもヒントになることとして、

・特定のダイエット(低炭水化物、グルテンフリー、ケトジェニックなど)をしている

・食事や間食を減らしているのに痩せない

・体重や食べ物のカロリーを過度に気にしている

といった点(*1)やその期間も確認できると、これはちょっとスポーツ内科医やスポーツ栄養士など他の医療者と連携してしっかり確認したほうがよさそうだぞ...とピンとくるきっかけとなり、そうした連携が相対的エネルギー不足の予防や、競技や健康に支障が出る手前での早めの対応につながっていくことを願います。


まとめ

以上まとめます。

1.アスリートの三主徴とは、低エネルギーアベイラビリティーによる生殖機能や骨の健康障害

2.RED-Sとは、低エネルギーアベイラビリティーによる多様な生理学的機能障害の症候群

3.エネルギーアベイラビリティーとは、運動以外の生理機能につぎ込めるエネルギー量

4.相対的エネルギー不足とは、エネルギーアベイラビリティーが健康的な代謝を支えられる量に対して不足した状態、つまり低エネルギーアベイラビリティー (エネルギーバランスはマイナスとは限らない)

5.栄養アドバイスの前に、RED-S症状の兆候から簡易的なエネルギーチェックを!


「女性アスリートの三主徴を疑う」だと男性アスリートが見逃されてしまいそうですし、「低エネルギーアベイラビリティーを疑う」だと判断が難しくて見逃されてしまいそうですので、「RED-Sを疑う」という表現でご紹介しました。


まずはRED-Sを疑う。

ぜひ、意識してみてください!


*参考文献:

1. De Souza MJ, Nattiv A, Joy E, et al. 2014 Female Athlete Triad Coalition Consensus Statement on Treatment and Return to Play of the Female Athlete Triad: 1st International conference held in San Francisco, California, May 2012 and 2nd International conference held in Indianapolis, Indiana, M. Br J Sports Med. 2014;48(4):289. doi:10.1136/bjsports-2013-093218

2. De Souza MJ, Koltun KJ, Williams NI. The Role of Energy Availability in Reproductive Function in the Female Athlete Triad and Extension of its Effects to Men: An Initial Working Model of a Similar Syndrome in Male Athletes. Sports Med. 2019;49(Suppl 2):125-137. doi:10.1007/s40279-019-01217-3

3. Mountjoy M, Sundgot-Borgen J, Burke L, et al. The IOC consensus statement: Beyond the Female Athlete Triad-Relative Energy Deficiency in Sport (RED-S). Br J Sports Med. 2014;48(7):491-497. doi:10.1136/bjsports-2014-093502

4. Mountjoy M, Sundgot-Borgen J, Burke L, et al. Authors’ 2015 additions to the IOC consensus statement: Relative Energy Deficiency in Sport (RED-S). Br J Sports Med. 2015;49(7):417-420. doi:10.1136/bjsports-2014-094371

5. Mountjoy M, Sundgot-Borgen JK, Burke LM, et al. IOC consensus statement on relative energy deficiency in sport (RED-S): 2018 update. Br J Sports Med. 2018;52(11):687-697. doi:10.1136/bjsports-2018-099193

6. Loucks AB. The Female Athlete Triad: A Metabolic Phenomenon. Pensar En Mov Rev Ciencias del Ejerc y la Salud. 2014;12(1):1-23. https://revistas.ucr.ac.cr/index.php/pem/article/view/12586/14420

7. Strock NCA, Koltun KJ, Southmayd EA, Williams NI, De Souza MJ. Indices of Resting Metabolic Rate Accurately Reflect Energy Deficiency in Exercising Women. Int J Sport Nutr Exerc Metab. 2020;30(1):14-24. doi:10.1123/ijsnem.2019-0199


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