【正期産児編】呼吸障害はまず感染症を考える
正期産児の呼吸障害:感染症とそれ以外の見分け方
新生児で見られる呼吸障害には教科書を見ると呼吸窮迫症候群(RDS)、新生児一過性多呼吸(TTNまたはTTNB)、胎便吸引症候群(MAS)、空気漏出症候群(エアリーク、気胸、縦隔気腫、間質性肺気腫等)、無呼吸発作、肺出血、慢性呼吸障害としての慢性肺疾患/気管支肺異形成、など記載されています。ここでは出生間もない新生児が苦しそうな呼吸をしているときにどう判断していくかについて考えてみましょう。
正期産児で多い呼吸障害は感染症、気胸、MAS、TTNです。TTNは基本的に除外診断ですので、まずは感染症、気胸、MASのいずれかまたはその合併を考えます。それらの区別が明確にできない場合もあるのですが(特に感染症とMAS)、大事なことは感染症による呼吸障害は待っていても良くなりませんので早々に治療を始めることが大事です。他の呼吸障害、すなわち気胸もMASもTTNも結局は自然と良くなるのを待つしかありません。その一方で抗菌薬投与が腸内細菌の定着に影響を及ぼし、将来のアレルギーに関連するというような話もあります。新生児の医療は予防医学でもありますので、余計なことをしてその子の将来の足を引っ張ってはいけません。
誰でもできる安全な医療としては抗菌薬を開始して、感染の疑いが晴れたら中止をするHit&away方式が主流です。私自身も感染症が否定できない場合にはこの方式をとります。ですが、このような当たり前のやり方では極論で語るということにはならないので、ここではコーナーぎりぎりを目指してみましょう。すなわち新生児の早発型感染症を診察と簡単な検査で判断すること、感染症とそれ以外の呼吸障害をどのように区別するのかということです。
その準備段階として出生直後の新生児の生理的な呼吸適応を理解しておくことが大事です。努力呼吸には陥没呼吸、呻吟、多呼吸、鼻翼呼吸等がよく言われます。このうち鼻翼呼吸はただ一生懸命呼吸をしているという意味しかなく、肺の状態を反映しないので忘れてもらって構いません。陥没呼吸、呻吟、多呼吸、この三つが大事です。そして生理的な呼吸適応の順序は①陥没呼吸、②呻吟、③多呼吸、④正常な呼吸の順番で移行するということを覚えましょう。
出生直前まで新生児の肺は肺水で満たされています。経膣分娩では産道を通過するときに肺水の約半分~1/3は圧迫排出されます。そして呼吸を繰り返すたびに間質に肺水が吸収され、分娩ストレスによる交感神経の活性化は肺胞のNaチャネルを活性化させ肺水の吸収を促進します。帝王切開では胸郭の圧迫が少なく交感神経の活性化も出生後に起こるため、肺水吸収遅延からTTNにつながるわけですね。話を元に戻しますと、出生直後にはまず陥没呼吸が見られます。これは吸気の際に肺がまだ硬いため、胸郭は広がる一方で肺の拡張が追いつかず横隔膜の付着している季肋部が引っ張られてしまう状態です。これが見られている間はまだ肺のコンプライアンスが低く全体的に虚脱した肺ということになります。
そこから肺胞が開き始めると陥没呼吸は軽減していき、その代わりに呻吟あるいは呼気延長が見られるようになります。呻吟はが見られるときには吸気時に肺胞が開きますが、呼気時に細気管支や肺胞が閉鎖してしまう状態です。呼気を延長し、声帯を絞ってうなる様な声を出すことで気道内圧を保ち、肺胞や末梢気道の閉塞を防ごうという誰に教わるものでもない生得的な自己PEEPです。正期産児ではサーファクタントの分泌が十分なため、呻吟や呼気延長を飛ばして次の段階に進んでしまう場合も多いです。
呻吟・呼気延長の次の段階として、呼気時の肺胞および末梢気道の閉塞がとれてくると多呼吸に移行します。これは気道内圧を保つ必要はなくなったものの、まだ肺のコンプライアンスが低く一回換気量が少ないために呼吸回数を増やして対応している状態です。よく新患のプレゼンで、「呻吟と多呼吸が見られており~」という表現がでますが、これは実は正確ではありません。というのは、皆さんが実際にやってもらえばわかると思いますので、声を絞って呼気延長させた状態で1分間に60回くらいのペースで呼吸をしてみてください。はい、とてもではないですが続けられませんね。呼気延長と多呼吸のどちらが優先されるかというと呼気延長の方が優先されるのです。これは喘息や細気管支炎の人の呼吸を普段から見ているとよくわかると思います。
【極論かましてよかですか】
新生児は①陥没呼吸②呻吟③多呼吸④正常な呼吸の順に呼吸が適応する
この順序が逆転したら病気である
生理的な呼吸の適応を理解したところで、次は感染症で起こる病態を考えてみましょう。新生児が「出生前後で」感染を起こす場合、局所反応では無く全身反応が起こります。要は全身性炎症反応(SIRS)です。昔から新生児肺炎という言い方があります。教科書の中にも未だに新生児肺炎と記載しているものもありますが、これは個人的には不適切で使うべきではない表現だと思っています。なぜなら早期新生児期の感染症による呼吸障害は、いわゆる肺炎(=肺の中で菌が繁殖し炎症を起こす)ではなく、SIRSの結果として毛細血管の血管透過性が亢進し、肺胞に血漿成分が漏出するのが原因だからです。サーファクタントは血液(血漿)と混ざると界面活性効果が失活することが知られています。成人のARDS肺で起こっていることと同じです。もちろん新生児も肺炎を起こすことはあります。たとえば人工呼吸器管理している新生児で時間がたってから起こるVAPなどは挿管手技で菌を押し込んで起こるものですが、分娩前後の感染症とは区別しておく方が整理しやすいです。GBS肺炎(肺の中にGBSが繁殖し炎症を起こす)は基本的に存在せず、あくまでもGBS感染を契機に起こるSIRSの結果として呼吸障害であり、実態は「肺炎」ではないというのが私の持論です。別の機会(RDSの抜管・CPAPのウィーニング)で触れようと思いますが、ここの病態の理解は呼吸補助方法を考える上でもとても大事です。
さて、サーファクタント欠乏と言えばRDSですね。感染症はサーファクタントの失活(消費亢進)に伴い相対的なサーファクタント欠乏状態になりますので、早産児のRDSと似た呼吸障害の経過をたどります(=感染に伴う二次性RDS)。それは「呼吸をするたびにどんどん苦しくなる」です。サーファクタントの欠乏した肺胞は開くために大きな力が必要で、呼気時には簡単に虚脱してしまいます。そのため必死に呼吸をしなければならないわけですが、一旦虚脱した肺胞はそう簡単には開きません。時間と共に虚脱した肺胞が増えていき、早産児のRDSも感染症によるARDSもどんどん呼吸状態が悪化していくわけですね。
【極論かましてよかですか】
出生早期の呼吸障害は肺炎ではなく、あくまでもARDSである。
感染症の呼吸障害はRDSと同様、時間と共に悪化する(待っていても改善しない)
それでは正期産児の感染症でみられる典型的な経過の一例を挙げてみましょう。
【症例】在胎39週0日、3050g、Apgar score 1分8点、5分9点、経膣分娩で出生した児。母体GBS陰性、臨床的絨毛膜羊膜炎なし。特に新生児蘇生処置は要さず元気で呼吸も安定していたため、付属児管理されていた。生後2時間のチェックの時に70回/分くらいの多呼吸があり、SpO2を測定したところ、93%前後だったので小児科医に報告があった。採血(静脈血)をしたところ、WBC 5000/μL、CRP <0.01mg/dLだった。
この臨床経過は先ほど述べたように、安定していた呼吸状態が時間がたって悪くなっております。正常な呼吸→多呼吸と生理的適応が逆転している点、本来100%近いSpO2であるはずのところが、SpO2のベースが下がっている点(=酸素化不良)が病的な経過の判断根拠になります。これが正常な呼吸→呻吟または呼気延長、あるいは正常な呼吸→陥没呼吸でも同じことです(ただし、急激に発症した陥没呼吸は気胸のことが多いです)。努力呼吸があまりはっきりせず、SpO2のベースの低下や不規則な呼吸(中枢性の呼吸リズムの変化)のみが見られる場合もあります。呼吸様式の変化を見極めるコツは「児の呼吸に合わせて自分も息をしてみる」です。そうすることで赤ちゃんが今どのような呼吸様式をしなければならない状態なのかが体感できます。吸気と呼気の比や呼気延長の有無、呼吸数を実際に体感できるほか、呼吸を合わせるために胸郭の動きもじっと見ることになりますので肺のコンプライアンスも想像できます。これは相手が小児でも大人でも簡単にできる方法だと思います。
そしてもう一点、CRPは生後すぐは上昇しませんので低いことで感染症の否定はできません。また、MASでも上がりますのでrule-inもrule-outもこれだけではできません。注目すべきは白血球数です。正期産児の正常白血球数は1万数千くらいですが、感染初期の白血球数は圧倒的に低下していることが多いです。逆に2万、3万と初期に上がっていることは少ないのです。もちろん新生児の感染を高感度・高特異度で判別するバイオマーカーは存在しないので、これも100%とは言えない訳でありますが、白血球数が低い時にはほぼ間違いなく感染症ですので白血球低値に関して日頃からアンテナを張っておくことが大事です。これはSIRSの初期には全身の血管透過性が亢進し、白血球が血管外の動員されることによります。それに対して骨髄機能の亢進が遅れて起こるため、翌日の採血では白血球数が上昇しているわけです。逆にこの時点で白血球もCRPも上昇していて羊水混濁があってSpO2がほぼ下がらず多呼吸だけ見られている場合にはMASだなぁ、という印象を持ちます。
この手の症例を最初に診察した研修医の先生が「感染リスクもないし、炎症反応も上がってないし、これで感染と言われても……」とつぶやいていたことがあります。そうなんです、感染リスクがどうであろうと新生児が感染を起こすことはよくあることなのです。「だって母体GBS陰性でしょ」いえいえ、新生児のGBS感染症の実に半数が母体のGBS検査は陰性なのです。むしろ母体GBS陽性の場合には、通常母体に抗菌薬が投与されており、新生児にほぼ感染症を起こさないので逆に安心なのです。ときどき感染リスクが「有る」、「無い」、という発言を耳にしますが、これは正確にはリスクが「高い」、「低い」な訳です。リスクが高かろうが低かろうが、目の前のこどもが感染症の症状を呈していれば感染症以外の何物でもありません。我々臨床医がその子が感染症を起こしているリスク(=可能性)が高い、低いと考えるのはあくまでも可能性であって連続した幅のあるものを考えている訳ですが、児の立場に立ってみれば自分が感染しているかどうかは、「している」、「していない」のどちらかしか無いわけです。リスクで判断するのはナンセンスです。川崎病のガンマグロブリン不応リスクスコアというのもありますが、それだってスコアはどうあれ実際に使ってみて効くか効かないかのどちらかしかないというのと同じことですね。
【極論かましてよかですか】
白血球が1万を切っていたら感染と思え
出生時の感染リスクと目の前の児が感染を起こしているかどうかは別次元の話である
呼吸障害の時間経過と白血球数でかなりの早発型感染症を絞り込むことができる、というのが今回のお話です。ただし、そうは言ってもMASと感染症を明確に区別しきれない、あるいは併発している場合もありますので、自信が無い場合には感染症と思って治療を始めることをためらってはいけません。