【NCPR編】重症新生児仮死のHIEの評価は主観的。迷うくらいなら低体温療法を行う方がいい
新生児仮死は非常に広い概念です。ちょっと具合の悪い子から心停止かそれに近い状態まで含んでいます。出生時に自発呼吸がなく、人工呼吸ですぐに自発呼吸が出現し元気になったような子も多々いますが、人工呼吸を行って自発呼吸が出たとしても、筋緊張の回復に時間がかかったり、しばらく元気が無かったり、あるいは易刺激的で過敏な子の場合には色々心配になるかと思います。新生児仮死や分娩ストレスの大きかった児では、低酸素性虚血性脳症(HIE)の程度の評価を行う必要があります。2020年までのガイドラインでは、中等症以上のHIEに対しては低体温療法の適応が考慮されます。
HIEの判断はどのように行えばいいのでしょうか?以前はSarnat分類が用いられてきましたが、現在臨床研究を進めている軽症脳症を含んだtrial(Baby cooling Japan2)ではmodified Sarnat 分類を採用しています。
いずれも主観的な判断がほとんどです。低体温療法のワーキンググループの先生方は「HIEは未だに主観的な評価項目だ」と批判をしていますが、それを言うのであれば、Apgar scoreなんかは心拍以外はすべて主観評価です。Apgar score 10/10という点数をつけている施設も見かけますが、正期産児の末梢チアノーゼは通常生後10分時点でも残っていますので、10点などつけられるわけがありません。Apgar scoreはそれくらいいい加減な点数ということです。60年以上そのようないい加減な評価が訴訟でも産科医療保障制度でも採用されていますので、客観的な評価を確立したいのであればこちらの方をいち早く改善すべきだと考えます。Sarnat分類にしてもmodified Sarnat分類にしても骨子は変わりませんので、HIEの重症度の最も簡単な「主観的」判別方法を記載します。
軽症のHIEは交感神経の活性化した状態で意識障害も軽度です。具体的に表現すると、目つきがギラギラして一見活気があるように見えるものの刺激に過敏で易刺激性のあるギャアギャア泣くような児、これが軽症HIEです。普段からあまり気にしてみていない人にはちょっと具合悪かったけど、すごい元気でよかったな、という印象で済まされてしまうような児です。中等症の脳症は軽い意識障害があり反応が鈍く、筋緊張も低下し、反射も何となく弱めな児です。一言でいうと、蘇生処置はしたけれども、なんとなくぐったりして元気の乏しい児です。3度の脳症は視線もうつろで時間が経っても反応も見られないような児です。除脳硬直という記載もありますが、除脳硬直が出るまでには時間がかかりますので、視線がおかしい、時間が経っても動かないような児は3度のHIEと判断して良いでしょう。まとめますと、HIE1°(軽症)は何となく目つきがギラギラしていて易刺激的で元気はあるような児、HIE2°(中等症)は元気がなくて、筋緊張はやや低下し反射弱めな児、HIE3°(重症)は視線がおかしく刺激に対して反応がほぼない状態、ということになります。低体温療法関係の集いで動画をみながらHIEの重症度の判断を色々な専門家にしてもらうという企画がありましたが、mSarnat分類を基にしても、評価する人により重症度の判断は様々でした。主観的評価項目が多いため仕方がありません。所詮主観的な評価方法ですので、いっその事①目つきギラギラで元気、②ぐったり元気なし、③視線がおかしく動かない、というざっくりとした分類で十分ですし、これで重症度の判定はほぼ一致します。印象で決めてもらって構いません。大事なことは生後1-6時間の中で最も重度の時点で判断することです。HIEは虚血に対する再灌流が起こることで一時的に回復します。その後4-6時間以降で二次性神経細胞傷害が起こり出すことで悪化していきますので、良くなったときに安心すると、その後にぐっと悪くなってしまうことがあります。低体温療法の恩恵は若手には実感がないのかもしれませんが、低体温療法のない時代を見てきたものにとっては、本当に画期的な治療なのです。これが昔から行われていれば、今外来で診ている重心の子がどれほど救われていたことかと思います。
最近HIE3°の児が生まれ、低体温療法を行ったものの基底核壊死を起こし、治療中のけいれんのコントロールに難渋した症例があり、その振り返りで担当医が「低体温療法の合併症に『死亡』がありますし、両親に十分説明して、行わないという選択肢があると思う」という発言をしていました。重症例を経験がしたことがないので、管理に難渋してそのような感想を持つことは否定はしませんが、重症HIEの死亡率は50%、生存した児の後遺症は100%(そのなかには最重度障害児が多数含まれています)です。両親に「あなたのお子さんは重症で50%が死亡し50%が生存、生き残った場合には100%後遺症が残ります。低体温療法を行うと、合併症として諸々+死亡が起こることがありますが、行うことで神経細胞の保護と後遺症の軽減の可能性があります。どうしますか?」と聞いたときに、親はどちらを選ぶでしょうか?その答えは決まっています。今まで低体温療法をしないという選択をした親はいません。そのような選択を親にさせることは必要でしょうか?もし親が治療をしないという選択肢をしたとして、小児科医であるあなたは、寝たきりにならないかもしれない可能性があるのに、その子が死ぬか寝たきりになるしかない未来を確定させることを親の選択だから仕方がないと思うのでしょうか?唯一無二でほぼ安全に行える治療方法があるにもかかわらずそれを行わないのはこども目線では医療的ネグレクトです。それを医療者が勧めることはあってはなりません。低体温療法を行ったがために死亡するようなことはありません。低体温療法の死亡例はそもそも低体温療法を行わなくても相当な全身管理を必要とする非常に重症な児で、低体温療法をしてもしなくても、全身状態を維持するために非常な労力を必要とする児だからです。
現在軽症脳症に対して低体温療法が必要かどうかの検証が始められています。2008年のLancetに「出生時新生児蘇生を要し、入院治療をした児も入院治療を要さなかった児もどちらも8歳時点でのIQ低下リスクがある」という報告が出ました。北欧の追跡調査で、軽症HIEと低体温療法を受けた中等症HIEで認知機能に差がなかった(=軽症HIEと冷やした中等症HIEが同じくらいに悪い)という報告も出ています。少なくとも中等症HIEについては低体温療法を行うメリットが明らかですので、中等症っぽいかな、と心配な場合には低体温療法を導入しておいた方が児へのメリットが大きいと考えられます。
【極論かましてよかですか】
Apgar scoreは主観的で心拍以外いい加減な評価である
HIEの判断は目つきがギラギラしていて易刺激的で元気な軽症、元気がなくて、筋緊張はやや低下し反射弱めな中等症、視線がおかしく刺激に対して反応がほぼない重症とざっくりした印象評価で十分(対外的にはmSarnat分類でやりましょう)
低体温療法は中等症らしければ迷わず行え。やらずに済ますよりやっておくメリットの方が大きい
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