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【正期産児編】肺高血圧と遷延性肺高血圧は全くの別物

 遷延性肺高血圧(PPHN)は重症新生児仮死、重症MAS、先天性横隔膜ヘルニアなどに合併する、重度の肺高血圧(PH)が持続する状態です。この状態になると、主肺動脈の血流のほとんどが動脈管を介して下行大動脈に流れてしまい、肺血流が少ないことで肺胞でのガス交換が行われにくく低酸素血症となります。また、ストレス刺激、啼泣、体動等で肺血管抵抗は増加しますので、ただでさえ少ない肺血流がさらに減少し酸素飽和度が低下してしまいます。一旦肺血流が減少してしまうと、その後肺血流が回復しても元々の肺血流が少ないため酸素飽和度が上昇するまで時間がかかり、低酸素血症が遷延します。このように低酸素発作を起こすことをflip-flopという造語で表現します。ですのでPPHNの児を管理する時には鎮痛鎮静を行い、不要な刺激は避けるようにしなければなりません。むやみに触ってはいけません。エコー検査だけでも低酸素血症が悪化することがあります。
 PPHNがなぜ起こるのかという本質的な理由を簡潔に述べると、「肺血流が増加しない何らかの原因があるために胎児循環から成人循環への移行ができない」状態ということになります。逆にいうと心臓に構造異常の無い場合には肺血流が増加することで初めて成人循環に移行ができるということです。PPHNは昔は胎児循環遺残(PFC : Persistent fetal circulation)と呼ばれており、この循環動態を明確に示していた名称でした。原発性PPHN(肺動脈性肺高血圧)は染色体異常を持たない新生児ではまずありません。肺血流が増加できない状態には重症MASや重症RDSや重症感染症、びまん性肺出血、重度の間質性肺気腫のように肺胞の拡張が得られない状態か、先天性横隔膜ヘルニアやPotter sequenceのように元々の肺が低形成である場合、肺嚢胞性疾患のように肺血管床の少ない場合があります。その状態が改善すると肺血流が増加し、PPHNから脱却できるようになります。PPHNの治療で重要なことは肺血流を増加させる治療減少させない努力を行いつつ、PPHNに陥る基礎疾患を改善させることに尽きます。MASであればサーファクタント投与や洗浄、時間経過での改善待ちですし、感染症であれば抗菌薬が必須ですが、状況によっては免疫グロブリンや新鮮凍結血漿の投与、交換輸血(エンドトキシンの除去と補体等の補充目的)、エンドトキシン吸着療法まで必要になることもあります。肺出血ではHigh PEEPとpermissive hypercapneaで止血され肺の状態が落ち着くのを待ちます。外科疾患では根治術あるのみです。外科の先生につなぐまで全力でサポートするしかありません。肺血流を減少させない努力はflip-flopの予防、すなわち余計なことをしないことにつきます。かといって必要なことを行うタイミングを逃してもいけませんので児の様子をよく観察し判断できる看護力も要求されます。
 肺血流を増加させる方法は古くから行われている治療法として、酸素療法、過換気アルカリ療法、肺血管拡張薬の投与(Mg、ニトログリセリン、プロスタグランディン、トラゾリン)、体血圧の上昇(容量負荷、カテコラミン等循環作動薬)があります。この中で簡単に行える肺血管を拡張させる治療は酸素です。肺動脈の血管平滑筋は血中酸素分圧の上昇に反応して弛緩する性質を持っているため、酸素は強力な肺血管拡張薬なのです。実は動脈管の平滑筋もin vitroで酸素にさらすと弛緩しますので動脈管を拡張させるはずなのですが、in vivoでは肺血流増加に伴う酸素分圧の上昇にも関わらず収縮するという不思議な血管です。酸素分圧だけではなくPGやNOの減少の方が大きく影響するのでしょう。過換気アルカリ療法はアシデミアでは肺血管は収縮しアルカレミアでは拡張することから、過換気によるpCO低下やメイロン投与により血液をアルカレミアにすることで肺血管を拡張させる治療法です。肺血管拡張薬はその名の通り肺血管を拡張し、肺血管抵抗を下げて肺血流を増加させますが、最大の欠点は体循環の血管も拡張させてしまうために体血圧も下がってしまうことです。動脈管を流れる血液は肺動脈圧と体血圧の差によって肺血流主体(左右短絡)か体血流主体(右左短絡)になるかが変わります。体血圧が下がってしまうと、肺動脈圧との差が減り左右短絡が減少、あるいは肺動脈圧の方が優位となり右左短絡になり肺血流が低下します。そのためPPHNの治療中は体血圧を維持するようにしなければなりませんが、肺血管拡張薬の血管内投与を行う場合には特に体血圧に注意が必要です。また、換気のできていない肺胞の血管も拡張させてしまうため、ガス交換されない血液(肺内シャント、換気血流不均等)も増加することになります。酸素や過換気療法にも欠点があり、酸素には活性酸素による細胞傷害、過換気には脳血管の収縮による脳血流低下の懸念があります。PaCO2が40mmHgから30mmHgになると脳血流は約50%減少します。救命のためではありますが、特に過換気療法は脳血流への影響が大きいと考えられます。
 現在、PPHNの治療は一酸化窒素(NO)吸入療法ができるようになったことで劇的に酸素化の改善が得られるようになり、児の負担のみならず治療する側の身体的・心理的負担も軽減されました。この治療法の最も優れている点は、体血圧を下げず、ガス交換できる肺胞の血管しか拡張させないことで、換気血流不均等を起こさないという点です。挿管下でも非挿管下でも用いることができますが、アイノベントという保険診療で使える機械を借りるためには、一年間に一定数以上のNO使用がないと機械のレンタル料(けっこう高い!)が発生するため、総合周産期センターや大学病院、心臓血管外科手術の多い病院等年間使用件数が安定しているところでなければNO吸入療法ができないのが難点です。NO吸入療法は正期産児だけではなく超早産児の急性期にも必要となることがあります。20週前半の児で感染を起こしていたり、臨床的絨毛膜羊膜炎による高サイトカイン血症があったりするとPPHNを起こすことがあり、後手後手に回るとどんどん状態の悪化して頭に出血してしまうような超早産児のPPHN急性期にはNOは非常に良い適応です。一方慢性期のNO吸入療法についてはパッとしません。慢性期の場合には慢性肺疾患による肺高血圧(CLD-PH)に対する使用になりますが、この場合肺自体がボロボロになっているため、NOで一時的に低酸素血症の改善を行ってもその場しのぎにしかならないためです。NOもそうですしステロイドによる一時的な換気改善もその場は良くなったように見えても肺自体が解剖学的に良くなるわけではないので、その効果が長期的に続くわけではありません。短期的な視点だけでは痛んだ肺にムチ打つだけで根本的な解決にはなりません。これが慢性肺疾患にNOやステロイドを使っても短期予後も長期予後も改善できない理由でしょう。慢性肺疾患が改善するためには肺の負担をとり、できるだけ優しい換気方法で肺の成長の足をひっぱらず、肺胞の成熟を待たなければなりません。そのためには数か月から数年の時間が必要になります。もしその時間を短縮させられる治療法があるとすれば、傷害された肺に定着するような幹細胞治療の開発が一番考えられそうです。そのような治療ができるまでは抜管後にCPAPを行い無気肺の予防を行ったり横隔膜の自発呼吸時の電気信号を読み取り同調できるNAVAで肺の保護を行いながら成長を待つくらいしかないのかもしれません。
 ところで新生児の治療の歴史の中で、パラダイムシフトともいえるような画期的で劇的な治療効果が得られるものが3つあります。それは人工サーファクタント投与、低体温療法(脳低温療法)、そしてこのNO吸入療法です。サーファクタントが無い時代は最初の72時間を耐え抜いた児は生き延び、耐えられなかった児は救命できない、という医療者の力ではどうにもならない命がふるいにかけられる時代がありました。現在はRDS単独で救命できないことはほぼありません。低体温療法が無い時代には、重症新生児仮死のお子さんは亡くなるか重度障害児となるかのどちらかでした。出生後一旦元気になったかのように見えた子が数時間の後にけいれんを起こし、あれよあれよという間に脳障害が完成してしまうのに対して何も手立てがなかった時代がありました。低体温療法が確立し、全国で行われるようになり、重症新生児仮死児の神経学的予後は改善しました。新生児医療は寝たきりのこどもを増やすと揶揄されたこともありますが、実際にはこれは正しくありません。1950年台から1980年台にかけて新生児医療の発展と共に周産期に関連する重症心身障害児の発生率は実に1/3になっています。また、NRN-Jの登録データの解析から、早産児の救命率は向上しているにもかかわらず脳性麻痺の発生率(極低出生体重児で登録データのあるものという制限はありますが)は7-8%と横ばいです。新生児医療の発展によって従来重症心身障害児となっていたはずの集団が救済されているということなのです。新生児医療は救命できるかできないかという時代から始まり、脳性麻痺や視力障害などのない後遺症無き生存を目指す生物学的医療の時代を経て、今は知的発達・神経発達症の改善と生きづらさを乗り越える心の成長を促し、その子と家族が充実した人生を送れるようになってもらうかというその先を目指す世界に変わりました。

【極論かましてよかですか】
 PPHNは肺の状態が良くならないと改善しない
 過換気は脳血流を激減させる
 NO吸入療法は新生児医療の中で革命的治療の一つ
 新生児医療は生物学的医療の先を見つめる医療である

 さて、PPHNとPHは違いますが実際には混同されることがあります。当地域では急性期の治療で転院をお願いした際に、SpO2の上下肢差がある場合にはルーチンで高濃度酸素を投与し100%にした状態で連れて行かれます。SpO2の上下肢差がある⇒動脈管が右左短絡している⇒PHがある、ということになります。でもちょっと待ってください。そのPHは病的なPHでしょうか?
 胎児期には主肺動脈を流れる血流の90%が動脈管を経由し下行大動脈に流れていきます。非常に強いPHの状態です。出生後肺が膨らむことで肺血管が拡張し肺血管抵抗が急激に下がりますが、それでもPHの状態には変わりがありません。動脈管の右左短絡は生後しばらく続きます。でもそれは自然な適応過程の途中の話であり、病的で治療が必要なPHとは異なります。新生児は全員PHなのです。肺血管抵抗に関しては"3"がキーナンバーとなります。生後3時間、3日、3週。生後3時間で肺血管抵抗は出生時の約30-40%まで急激に低下します。右室圧は生後3日で出生時の約1/2になりプラトーに達し、肺血管抵抗は約20%まで低下しています。生後3週で10%以下となり、成人とほぼ同等になります。
 それでは治療が必要な新生児のPHとはどのような状態でしょうか。それがPPHNなのです。たとえば正期産の先天性ミオパチーの子が生まれて、筋緊張の低下による不十分な自発呼吸のため入院時のpCO2が80mmHg台、SpO2は酸素を使ったCPAPでなんとか上肢で90%、下肢で70-80%台程度で、CPAP装着後しばらく待ってもpCO2もSpO2も改善しないとします。そうすると呼吸については挿管するしかないですね。これだけ上下肢差のある肺高血圧についてはどうしましょう?頑張ってPHの治療を行うでしょうか。これは挿管して人工呼吸管理を始めれば換気量が増え、pCO2が低下しSpO2は改善し上下肢差も軽減するはずです。
 この手の式を出すと鳥肌の立つ方がいるかもしれませんが、学生の頃にこんな肺胞気式をみたことがあるはずです。
PAO2=(760-47)✕ FiO2-PaCO2÷0.8(呼吸商)
 PAO2:肺胞気酸素分圧、FiO2:吸入酸素濃度、PaCO2:動脈血二酸化炭素分圧
 もしpCO2が80-90mmHgあると、肺胞内の酸素分圧は50-60mmHgくらい低くなります。高CO2血症の場合に酸素を投与してもなかなかSpO2が上がってこない理由の一つです。気管挿管し、pCO2が正常化したとしましょう。そうするとそれだけでも肺胞内の酸素分圧は50-60mmHgくらい上がってくるわけです。FiO2にして7-8%くらいの増加に相当します。
 もう一つ式を出しますけど我慢してください。
pH=6.1 + log([HCO3-]/(0.03xPCO2))
 有名なHenderson-Hasselbalchの式ですね。これでpCO2が80mmHgから40mmHgまで変化したときのpHの変化を計算してみましょう。HCO3は変わらないとして、それぞれ80mmHgと40mmHgを代入して引き算するだけですのでΔpH=log80-log40=log(80/40)=log2となります。log2は0.30くらいですので、なんと挿管してNormocapneaにするだけでpHは0.3も上昇、すなわちアシデミアが改善するのです。これだけPaO2が上昇し、pHも上昇すれば肺血管抵抗も下がるはずです。ですから肺高血圧も呼吸さえきちんと管理すれば自然と落ち着くのです。こういうものはPPHNになるわけがありません。上下肢差=肺高血圧=高濃度酸素投与という条件反射で病態を考えずに画一的な治療しかできない医者になってしまうと医療の硬直化につながり、余計な治療をたくさんしなければならなくなります。ガイドラインやルーチンはだれがやっても不可を取らずに済むための基準です。ここで安心してしまうと最低限のところに安住してしまい進歩がありませんので、その先を目指す意識が新生児医療に限らずどの分野でも大事ではないかと思います。

【極論かましてよかですか】
 新生児は全員PHである。PPHNでないPHの治療は原則不要、待てばよい
 高CO2血症での低酸素血症、PHは換気を改善すればよくなる
 画一的治療(誰でもできる医療)はあくまでも不合格にならない医療。その先にある最適な治療を意識できるのがプロである


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