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【NCPR編】安定化の流れ:正期産児の蘇生にCPAPは不要、人工呼吸ができれば良い

 NCPRには大きく分けて二つの流れがあります。生後60秒以内に人工呼吸を開始しなければならない「救命の流れ」と、自発呼吸があり徐脈のない状態で呼吸補助(CPAPや酸素投与)の必要性を判断する「安定化の流れ」です。救命の流れは1秒でも早く”有効な”人工呼吸を行い、肺を膨らませることに全力を注がなければならない時間勝負の世界です。一方、安定化の流れでは出生時の生理的な呼吸の適応過程に乗っているかどうかを観察しながら、必要であれば呼吸補助を行うことになります。児は呼吸もしており徐脈もありませんので、ゆっくり時間をかけながら考えて判断していく段階です。時間勝負の世界ではありません。

NCPR2020年版アルゴリズム
安定化の流れ

 2015年のアルゴリズムでは、児が努力呼吸と(中心性)チアノーゼが両方ある場合にはCPAPまたは酸素投与(CPAPが可能な施設はCPAP、CPAPができない施設は酸素投与を行う)、ということになっていました。なお、チアノーゼの有無はパルスオキシメータの数値が表示された後はSpO2の値により判断をしていきます。2020年版では、努力呼吸かチアノーゼのどちらかがあればモニターをつけて観察し、これはCPAPが必要だろうと思ったところでCPAP、酸素投与が必要だろうと思ったところで酸素投与を開始するということになりました。その子にCPAPが必要なのか、酸素投与がいいのか、待っていていいのかの判断が蘇生者に完全に委ねられたのです。出生直後の児はすべからく努力呼吸とチアノーゼが併存している時期が存在してますし、呼吸の生理的な適応過程にある途中であればそもそも呼吸補助をする必要はありません。2015年版に忠実に従うと過剰なCPAPが行われることになります。この変更は安定化の流れに関して私が昔から感じていた違和感をきれいさっぱり払拭してくれたものでした。だって、必要な呼吸補助は行うが不要な呼吸補助はしなくていい、というごくごく当たり前の話をしているだけなのですから。でもこれって人によりその判断基準がバラバラじゃないですか?蘇生者のレベルによってある人はCPAP、ある人は酸素投与、ある人はじっと待つ、と蘇生内容が変わってくることでしょう。専攻医クラスの先生が主体になって対応したときに、蘇生処置の質の担保が難しいのではないかと思います。
 ここは極論で語ることをモットーにしてますので、断言してしまいます。正期産児の蘇生にCPAPはいりません。正期産児の安定化の流れにおいて「まずCPAPをする」という癖をなくしましょう。私は自己膨張式バッグ(構造的にCPAPはできません)主体とした蘇生を行う施設でこれまで数千人の分娩に立ち会ってきましたが、CPAPができなかったがために入院を回避できなかった”正期産児”を見たことがありません。なぜなら、CPAPをしなければ呼吸が安定しない児(RDS、一部のMAS、感染症)は、CPAPを中断するといずれ呼吸は悪くなり結局入院が必要になるからです。一過性多呼吸では辛抱強く待てば呼吸は安定しますし、急いで呼吸を安定させたいのであれば2-3回軽くやさしい人工呼吸で肺を膨らませれば済む話なのです(「一過性多呼吸からの二次性RDSはないと思え」の項参照)。
 しかしながら、現実的に安定化の流れにおいて呼吸補助が必要か不要かを正確に判断できる人はほとんどいません。そのため、蘇生法講習会では安定化の流れに入ると定めしCPAPを行うシナリオの流れになり、実際の蘇生現場でも本来不要な児に対してもCPAPを習慣的に行うことにつながります。正期産児へのMask CPAPは本来危ない手技であることを認識しておく必要があります。Nasal CPAPは流入する気流と流出する気流の方向を変えていることで呼出がしやすい工夫がなされており、いざとなれば口から圧を逃がすことができますが、Mask CPAPは完全に口も鼻も塞ぎ、気流も一方通行のため呼出がしにくい状態になっています。そのためMask CPAPは過剰な圧が気道にかかりやすくエアリークにつながるのです。以下に正期産児の蘇生でCPAPが必須ではない理由を述べていきます。

 正期産児の呼吸障害は感染症、MAS、気胸、TTN、週数違いや糖尿病母体等によるRDSのいずれかです。このうち感染症は入院必須です。RDSは軽ければ入院は不要ですが、継続的なPEEPが必要であれば入院になります。CPAPを行い一旦肺が広がっても、CPAPをやめると呼吸が悪化するため結局入院になります。気胸の児にCPAPを行うのは論外です。気道に陽圧をかけるとエアリークが悪化します。気胸と思ったら何もせず自発呼吸の中で虚脱した肺が自然と膨らむのを待てばよいのです。CPAPを続けていても陥没呼吸が一向に良くならないような場合には、まずCPAPをやめてみましょう。増加したリークで膨らみたい肺が膨らめなくなっているのが陥没呼吸の原因なのですから。MASにCPAPを続けると、胎便による気道の不完全閉塞部がチェックバルブ機構により気腫状変化を起こしてきます。MASの場合には短時間気道陽圧をかけること不完全閉塞以外の肺が広がり、呼吸が一段改善します。ですので必要であれば呼吸補助を短時間行い、あとは自発呼吸に任せるのがよいでしょう。それでだめなら、どのみちMASは時間経過で呼吸が一段悪化してくるので入院になる可能性が高いです。90%以上のTTNは時間さえ許せば生後2‐4時間のところで呼吸は改善し、入院不要な状態になります。まとめるとCPAPを行ったとしても行わなかったとしても、呼吸が良くなる人はそもそも何もせずに良くなりますし、逆にやったがために気胸を起こして入院になることもあります。一方でCPAPを行っても良くならない人は色々やってもやらなくても結果入院ということに変わりがない、ということになります。これが、私が正期産児にCPAPを行わなくてもいいと主張する理由です。新生児蘇生でCPAPを頻繁に行う施設は気胸の入院率が明らかに高いです。なおこれまで述べてきたことの繰り返しになりますが、私がTTNという言葉を使用したときにはあくまでも肺水吸収遅延による呼吸障害のみを指しており、軽症RDSは含んでおりません。世間一般では呼吸状態の経過で判別しうるTTNと軽症RDSとの区別をしていません(できていません)ので、どちらもTTNとして済まされておりますが、軽い呼吸障害で長引くものは本質的には軽症RDSなのであってTTNではないのです。そこを踏まえた上で本トリセツを読んでください。また、誤解がないように付け加えておきますが、あくまでもCPAP不要論は正期産児の蘇生の話であって、早産児に関しては基本的にRDSを背景としていますのでCPAPができた方がいいと私も思います。
 さて、今度は別の視点からで、呼吸の生理的適応(陥没呼吸⇒呻吟⇒多呼吸⇒正常呼吸)をもとにCPAPの適応を考えるとするなら、呻吟とチアノーゼが続くときにはRDSか感染症の呼吸様式なのでCPAPが良い適応です。陥没呼吸はRDSも気胸も両方ありえますのでCPAPをやってみてもよいですが、改善傾向がない場合には気胸なので早々に中止した方がいいでしょう。特に急激に現れた陥没呼吸は上気道の狭窄・閉塞あるいは気胸のどちらかです。多呼吸の場合には肺胞の虚脱がほとんどなくなっている段階ですので、気道の陽圧をかけても改善はあまり期待できません。必要に応じて酸素を投与しながら一回換気量が増えてくるのを待っていればよいでしょう。多呼吸は本来起こらないはずの気胸を起こさないよう、CPAPを避けるべき呼吸様式です。
 安定化の流れはシンプルにしておくのが蘇生に立ち会う人にとってもいいと思います。CPAPしなければ呼吸の安定が維持できないような場合はバッグの種類に関わらず入院になります。ですので「正期産児の蘇生は自己膨張式バックで行う」ということにしてしまえば、根本的にCPAPのしようもなく、できる処置は酸素投与と人工呼吸の2択ですから迷いませんし、どうしてもCPAPしたいのであれば、すぐ出せるところに流量膨張式バッグを用意しておき、取り出して使えばいいのです。安定化の流れは時間勝負ではなく、バッグをつけ変えるくらいの時間は十分とれる段階なのですから。

【極論かましてよかですか】
 安定化の流れは"呼吸補助が必要な児に適切な呼吸補助を行う"過程である。不要な児に呼吸補助を行ってはいけない
 安定化の流れは焦って処置を進めるものではない。ゆっくり児を見ながら必要な処置を判断する過程である
 正期産児の蘇生にCPAPは不要である。自己膨張式バッグでできる処置の範囲で十分である
 CPAPを続けて良くならないのは気胸だから、まずCPAPを中止してみよ

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