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人間ってなあに?

「人間とはどんな存在か?」という問いは、哲学の中でも多くの人によって考えられてきたものです。このコラムでは、その問いに対して1つの答えを添えていきます。さらにニンゲンだけでなくジンケンについても解説します。

(読了時間:約4分半)

基本的人権の父 ジョン・ロック

現代の人権に大きな影響を及ぼしたのは、イギリスの哲学者であるジョン・ロックです。彼は(国や法のない)自然な状態において、人は全て公平に自然権を持つと主張しました。

自然権とは、生命・健康・自由・財産に対する権利のことです。権利とは「○○してもよい」ということで、言い換えると、義務(○○しなくてはならない)や禁止(○○してはいけない)をしてはいけないとなります。すなわち、自然権とは、健康で自由に自分のものを持って生きてもよいということなのです。

さらにロックは、自然権を生得的で不可譲、つまり人間ならば誰もが生まれ持っていて、譲ったりあげたりすることができない権利としました。

ヒトとモノの深い関係

人間とは所有物の総体です。ある人の持つ物を全て合わせた存在が人間なのです。すなわち、人間は「所有」という概念から定義されているのです。それでは、この単語について説明をしていきましょう。

「所有」とは、所有していない人よりも所有している人が優先してモノを扱うという意味です。「扱う」とは大まかに、①使う ②手放す ③保つ ④変える の4つの行動のことです。

人が所有できるモノは、有形の(形ある)ものから無形の(形ない)ものまで、多種多様です。

物体、資源、肉体、時間、空間、情報、価値観、問題、感情、欲求、期待、信頼、労力、能力、選択肢(=自由)、責任

挙げだしたらキリがありませんが、以上のような様々なモノを持てるのが人間であり、それを全て合わせた存在が人間なのです。

所有の権能

人間は「所有の権能」を持ちます。権能とは権利と能力、つまり、○○できるし○○してもよい、という意味です。なので、「所有の権能」とは「優先してモノを扱えるし扱ってもよい」と言い換えられます。

自然権の概念に基づき、「所有の権能」も生得的で不可譲なものです。すなわち、人間ならば、誰しも生まれた時から持っていて、手放すことや奪うことのできない力が「所有の権能」なのです。

もちろん、人間の持つ「所有の権能」を無視することはできます。あたかも奪ったかのように、他者のモノや他者自身を、自分のもののように扱うことそのものは可能です。しかし、他者に所有される人間は奴隷やペットと呼ばれ、人間ではない扱いをされるのです。「所有の権能」を失った人間は、もはや人間ではないのです。

現代において、人間を奴隷にすることはルール違反とされています。

砂山のパラドックス

モノは、手に入れたり手放すことができるため、人間の形もそれに伴って変化します。何を持っていることが「人間」の最低条件なのかは、時代や文化によって異なるでしょう。

たとえば、あなたの持っているボールペン1本を失くしてもあなたはあなたのままです。住む家をなくしても同じでしょう。しかし、あなたの身体1つをなくしたらどうなるのでしょうか? あなたの寿命をなくしたらどうなるのでしょうか?

これはまるで、人間という名の砂山から、どんな砂を取ったら砂山と呼べなくなるかを考えるようなものです。

所有の権能で基本的人権は説明できる

基本的人権は、ロックの主張した自然権の範囲をもっと広く具体的にしたものです。自然権は、生命・健康・自由・財産の4つに対する権利ですが、基本的人権はそれらに加えて、思想・良心・学問・表現・環境・情報……などの様々な対象が含まれています。

これらの対象は、どれも人間の所有物の一種です。形はありませんが、人間を構成し体現するパーツなのです。

基本的人権の尊重とは「所有のルールを守ろうね!」という意味です。所有物の1つにわざわざ「基本的人権」としての名前をつけるのは、なぜでしょうか? それは、歴史的に所有のルールが無視されやすい(=破られやすい)対象だったからです。

たとえば、基本的権利の1つに「表現の自由」があります。表現は、時の権力者によって弾圧されることが多々ありました。禁書や焚書、拘束や抹殺まで、自分の発言が場合によっては身の危険を伴うものだったのです。

ただ、そういうのはよくないと考えられるようになりました。表現はその個人のモノだから、基本的人権に基づいて、「ある表現をしなくてはならない」とか「表現してはならない」は禁止されるようになったのです。

まとめ

人間とは、所有物の総体であり、所有の権能を持つ存在です。所有の権能とは、優先してモノを扱えるし扱ってもよいという意味で、生得的で不可譲なものです。所有の権能は、一般的には基本的人権と呼ばれます。

おわりに

人間とは何かという問いは、このnoteを始めた当初に書こうと思っていたことです。しかしまとめ方に悩み、今までそのままになっていました。

つい最近、私はジョン・ロックが基本的人権の基礎を作ったことを知り、彼の考え方が知らぬ間に自分の定義づけに協力してくれていたことに気づきました。その結果、こうして新たなコラムとして実を結ぶことになったのです。

最初の発見者でなかったのは悔しいですが、私は賢人の肩に乗って、より遠くへ進むことができるのです。

よろしければ、スキを押していただけましたら幸いです。


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