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「これが好きだからやりたい」は至高の欲望

昨日散歩をした時に幼稚園の横を通った。

世間は七夕の季節なもので、外には園児たちのあどけない字で書かれた短冊がいくつも飾られていた。

「パン屋さんになりたい」

「ケーキ屋さんになりたい」

「プリキュアになりたい」

そんなことを祈ったなと遠い昔を懐かしみながら、そっと短冊を覗いてみた。

するとどの短冊にも

「はやくおともだちと遊べますように」

と書いてあるのである。

どの短冊にもだ。


抑圧されると願望が一段階さがる。

食べるものが買えないときは、お金が欲しい。

友人がいないときは、誰でもいいから話を聞いてくれる人が欲しい。

成功者が最終的に慈善活動をするのはお金で買える欲望をすべて満たしたからだ。

抑圧された状況では、真に楽しく、真に高潔には生きていけない。


就職活動に際して、「好きなこと」を仕事にしたいと思えていることが幸福だと思う機会が何度もあった。

たいていは、安定のために大手や成長企業といった思考に走る。

それはやりたいことがないからというのが1つの理由ではあると思うけど、その子やその子の親が金銭面で、世間体面で苦労をしたゆえに抱く願望であろうと思う。

お金がない。世間体が悪い。

このような抑圧された状況では本当にやりたいことを知ることもできない。


こうしたことは何も仕事だけではなく、日常でも言えるだろう。

ある程度の時間的余裕、金銭的余裕、友好関係、他者からの承認がなければ、好きなことをやりたいと思うことはない。

好きなことをやらなければ、熱中できる時間も手に入らない。

だから好きなことをしたいというのは至高の欲望であると思う。

得難くて、だからこそ抱いているなら可能な限りどんどん実行すべきだろうと思うのです。

健全な欲望というのは結構貴重なのである。

大切にしたいと、園児たちの短冊を見て思った。

そして1日でも早く、彼、彼女たちが将来の夢を描ける余裕を手に入れられる世界になってほしいと願うばかりです。

いつもありがとうございます🤍