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【読書日記69】『ヒッタイトに魅せられて』

強い夏の陽射しに、帽子からどうしても出てしまう後ろ首を焼かれるとき、じりじりと音がすると気づいたのは中学の頃です。

そのとき、私は名古屋市にある見晴台遺跡で発掘作業にいそしんでいました。小学生の頃、考古学者を目指していた私は、中学生になってから夏休みになると、発掘調査に参加するようになったのです。

見晴台遺跡は弥生時代の環濠集落。弥生土器や火を使った跡など、弥生時代と言えば!なモノたちが豊富に出土する遺跡で、毎年夏になると、中高生をボランティアで遺跡発掘に参加させてくれました。

土を注意深く一掻きすると、一気に色の変わること。図面に起こすと、また違った風景が見えてくること。そして、強すぎる陽射しに皮膚が焼かれるとき、じりじりと音がすること。

発掘に参加した10年間で、さまざまな感動を与えてもらいました。

そんなドキドキ感や、あの頃の陽射しの極悪さを思い出しながら読んだのが、今回ご紹介するこちらの本です。

■『ヒッタイトに魅せられて』について

■『ヒッタイトに魅せられて 考古学者に漫画家が質問‼』
■大村幸弘+篠原千絵著
■山川出版社
■1800円+tax

著者のおひとりである大村幸弘先生は、1972年以来、トルコ各地で未知の古代文明の発掘調査に参加されており、現在アナトリア考古学研究所所長でもいらっしゃいます。発掘を通して、世界の「鉄の歴史」を変えつつある考古学者さんです。

もうおひとりの篠原千絵先生は、言わずと知れた漫画家さん! 『闇のパープルアイ』『海の闇、月の影』『天は赤い河のほとり』などヒット作がもりもり。現在は『夢の雫、黄金の鳥籠』を連載中です。

本書は、ヒッタイト王国の大家でいらっしゃる大村先生に、『天は赤い河のほとり』でヒッタイト王国を描いた篠原先生が、したい放題質問をし倒すというステキ極まりない企画のもと、書かれています。

『天は赤い河のほとり』を読んだのは、もうずいぶん前のことなのに、本書を読み進めるうちに、あちこちの場面が蘇ったり、登場人物たちが脳内を闊歩したりします。

また、大村先生のお話は考古学という学問にとどまらず、研究や研究者のあるべき姿を言外に示されていて、研究者の卵をしていたころの自分に読ませたかったと…思ったりもしつつ。

何より、極上の「好き♡」が交差すると、こんなに心躍る対話になるのだと、読んでいるだけでドキワクできる一冊です。

■研究者であること

本書の前半は、大村先生の研究者としての歩みを振り返ります。

・アナトリア(トルコ)に辿り着くまで
・カマン・カレホユック遺跡のこと
・文化編年―土台となる研究について

大村先生は、ご自身が右往左往と試行錯誤されたことも余すところなくお見せになります。自分の成功だけでなく、失敗や挫折も全部、後に続く研究者たちの糧になるように、との願いからです。

実直に、誠実に研究を続けられている方たちに感動するのが、こういった姿勢なんです。「自分が!自分が!」となるのではない。あくまでも自分は長く続く歴史のうちに在り、以前からの積み重ねに何か一つを加えて、後に続く人たちに渡す。

そして、研究は独りでできるものではない。さまざまな人の力や知恵が加わることでその世界はどれだけでも広がるし、そうでなければ拡がることはない。

こういった姿勢は、大村先生の言葉の端々から感じ取れます。

それだけでなく、先生が所長をされるアナトリア考古学研究所の運営方針にも反映されているのです。そこでは村人たちの雇用を作り出し、労を惜しまず他の研究者たちに益するような方法が模索されています。

本書を読んでいると、大村先生は、考古学という学問、ヒッタイト王国という未知の文明、あるいは、研究という仕事が本当に大好きで、リスペクトに溢れているのだと……、会話のあちこちから、その気持ちがじわじわ滲んで伝わって、感じ入ることしきりなのです。

■ヒッタイト王国の謎に迫る

本書の後半は、ヒッタイト王国の文化や生活などについて核心に迫ります。

私自身は、カタカナに弱くて世界史を諦めたクチであり、ヒッタイト王国についても『天河』を読んで知っただけです。それでも、この後半戦はワクワクするほど面白かった!

考古学はモノで語る学問です。もちろん、想像力は最大限必要ですが、それもモノという証拠があってこそ。その上で、点と点が繋がって線となり、面となり、歴史という立体の一部が組み上がる。

その立体が、たとえば、ヒッタイト王国の文化や生活のごく一部となって、私たちの前に現われてくる。

それだけでも面白くて仕方ないのに、本書を読んでいると、そんな大村先生のお話を間近でお聞きになる篠原先生の立ち位置で、好奇心が刺激されまくるんです。

それはきっと、ヒッタイト王国についてさまざまお調べになり、それを元に想像力を羽ばたかせ、大きな物語を創出された篠原先生がお相手だからこそ、読む側が持てる感慨なんですよね。

この対談は、おふたりのヒッタイト王国に対する、極上の「好き♡」と飽くなき探究心、そして、好奇心を抱き続ける情熱が交わったところでなされた、この上なく幸福な時間を与えてくるものなのでした。

■まとめ

『ヒッタイトに魅せられて』は、アナトリア(トルコ)の大地で未知の古代文明を発掘し続け、世界の「鉄の歴史」を変えつつある考古学者 大村先生の歩まれた軌跡に、『天は赤い河のほとり』の作者 篠原千絵先生が迫る対談本です。

対談ですから、とても読みやすいです。
また、篠原先生のファンの方はもちろん、考古学を志す方だけでなく、研究職を目指される方にも良い本だと思います。もちろん、それ以外の方にも。

古代の王国に思いを馳せる豊かな時間をぜひ。

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