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■7月14日 毎日更新するということ

今日はこちらのnoteを拝読しました。

シゲクさんの『更新が止まれば終わり?続けてさえいればどうにかなる?noteでの活動が楽しめない原因と毎日更新に対する思い込み』という記事です。

さまざまな方が「毎日更新」について、賛成/反対の意見を述べています。この記事では、毎日更新1368日めであり、有料noteでもきっちり結果を出されているシゲクさんのご意見が明確に示されています。

その内容は記事を読んでいただくとして。今日は、私の意見、というほどではないのですが、「毎日更新」について考えの片隅にあるものを書いていきます。

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私自身は、毎日更新296日めを記録しています。しかも、毎日最低2記事更新、たまに一日4記事更新という、ちょっとアタマの螺子の外れたことをし続けています(笑)

だからといって、私が毎日更新を「惰性」でやっているかと言えば、そうではありません。明確な意図があり、続けています。また、書かずにはいられない、「書くことへの渇望」のようなものを抱え込んでいることも大きな要因の一つです。

つまり。私には私なりの必要があって毎日更新を続けているのです。

だから、「毎日更新」についてどう思うかと問われれば、必要ならすればいいし、必要でないならしなくていいし、その人のnoteとの距離感によるのでは? と思っています。

そして、もう一つ。

あるところまでは、私も「毎日更新」自体が目的化している時期がありました。それこそ、毎日書いていれば何とかなるのでは? という思考に支配されていた時期があったのです。

でもね。毎日更新だけしていたところで、事態は動きません。それはほんとに。毎日、記事を更新することが「目的」となっている場合、何も達成することはできないのです。このことを私は身を以て知りました。

4月ごろのことです。正直に言えば、私は、noteに関して少し心が折れかけていました。でも、今思えば。その時期は、何の意図もなく、ただひたすら毎日更新することだけを頑張っていました。そりゃ、何の結果も伴わないわけです。

簡単に言えば。「毎日更新」というのは「手段」であって、決して「目的」ではないんです。その部分について、考え違いを起こしてしまったから、私は心が折れかけたのだと思うのです。

はっきり言えば、毎日更新自体に是も非もないと私は考えています。「毎日更新」がその人のnote戦略において、手段として必要かどうか。そこに尽きるのではないかと思うのです。

もちろん、これは私個人の意見でしかありません。シゲクさんの記事を拝読して、なんとなくアタマの片隅にあったものを引っ張り出してみただけです。

どの時期にもいろいろ論じられることの多い「毎日更新」ですから、これを読んでくださったみなさまも、感じられることは様々だと思います。ぜひ、シゲクさんの記事をお読みいただいて、ご自身の「手段」を練り練りしてみてくださいね。

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今日もここまで読んでいただき
ありがとうございます。
今日がいい日でありますように。
んじゃ、また。

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