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心豊かに過ごすために

玄関を出て、鍵をかける。
鍵は掛かったか、ドアノブをガチャガチャやって確認する。さあ駐車場へと行こうとすると、決まって不安になる。
 
私、ガス止めたっけ……?
 
止めたはずだ。止めてないはずがない。朝起きて弁当と朝食を作って、何時間かキッチンで過ごしたのに、ガスを止めていなかったらさすがに気づくだろう。特に気にならなかった。ということはガスは止めてあるということだ。
 
階段を下りながら私は、大丈夫だ、と自分に言い聞かす。
 
でもさ。もしも止めてなかったらどうなるのよ? 10時間ぐらいは留守にするでしょ? 火事になったりしてアパートが爆発炎上したら貴方はどう責任を取るつもりよ?
 
めんどくさい私が小言を言ってきた。
私はどんどん不安に駆られて、アパートが爆発炎上する妄想までが広がり出す。
 
あぁーもう!! と思いながら、私は階段を駆け上がり、玄関の鍵を開け、ガスの火を確認にキッチンへと飛び込むのだ。
 
ガステーブルは、
「あなたそんな慌ててワタシに何か用?」
と冷たく言いそうなほどに冷えていた。
 
なんだよもう! と思いながら、安心しきった私は再び家を出るのだ。
 
毎日それを続けるのが面倒になった私は、ガステーブルが壊れたのをきっかけに、安物のIHに買い換えることにした。
 
IH はガスとは違って爆発炎上する恐れがないから安心だった。ストレスフリーだとも思った。
ところがだ。
フライパンを転がせない。
プロの料理人みたいに格好つけて転がそうと空中へと離せば、「離れちゃダメ!」と、恋人に依存しまくった人間のようにピーピーピーピーと警告音がうるさい。その度に私は「だまれ!」と呟かずにはいられないのだ。
 
それに揚げ物をするときの火力も、抜けかけた炭酸水のように物足りない。

私が購入したタイプのIHは安物で、魚焼きグリルが無いから、魚はフライパンで焼かねばならなかった。故にパリッとジューシーに焼けないのだ。おまけに鍋の水が沸騰する時間ものんびりとしている。
 
私は料理をする間、ストレスを感じた。

しかし、朝の出勤時には一発で玄関から車へと乗り込める。その点では時間短縮となり、やっぱりIHは最高だわ! と調理中に溜まったストレスレベルは減るのだ。
 
そんなことを繰り返し一年ほどIH を使った結果、ついにストレスレベルは100になりかけては90へと減るという上澄みあたりを行ったり来たりし出した。
 
洗濯機、食洗機、電気ケトルを使用中には料理はできない。電子レンジなんてもってのほかだ。そんな電気の贅沢使いをしたなら、ブレーカーがバチン!! とお怒りになり、強制的に電気が使えなくなってしまう。
 
私は電気を使うのに、我が家の電気使用状況を神の目線で見なくてはならなくなった。でなかったら、ブレーカー様がお怒りになり、洗濯機も洗い途中で『洗うのやめた~』と途中放棄してしまうからだ。それでは今までの洗濯に費やした時間と水が無駄になる。
 
なんてこった。こんな事なら、電気とガスを併用したほうが家事の面では心豊かに過ごせていたじゃないか。

最近は肉や魚の値段も上がった。
せっかくの大好きな魚がパリッとジューシーに焼けない。ふにゃふにゃのでろっとした感じになる。
揚げ物の温度は、まるで抜けきった炭酸水のように物足りなさすぎる。
やはり魚は火で焼くに限る。
揚げ物は温度が命。
私はプロっぽくフライパンを転がしたい!!
 
ついに私のストレスレベルは満タンになってしまった。
ガスは止めたかと確認に戻らねばならないストレスなんて、ありんこ程度の物だったと気付きを得たのだ。
 
私はIHコンロを卒業することにした。
IHコンロは、卓上で鍋やたこ焼きをする時にでも使うとする。卓上での火の使用は危険だから丁度良かった。そこでならIHは活躍してくれそうだ。
 
人は失敗を繰り返しながら、もがき苦しみ生きている。そこからどう行動していくのかが大切だ。私の場合、IHよりガスコンロの方が心豊かになれると身に染みて分かった。IHにしたのは無駄ではない。IHを試してみなければガスコンロの有り難みには気付けなかったのだから。
そうやって無駄にあがき、人は豊かさを追い求めて行くのだ。
そして再び、ガス止めたか? の日々が始まるのだろう。


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