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発信が苦手な私がnoteを始め、4年ぶりにTwitterを再開した理由

私は不特定多数の人に個人の意見を発信するのが死ぬほど苦手で、noteはおろか、ブログも続いた試しがありません。昔はTwitterも鍵つけてしっぽりやってました。

当時、Twitterは便利だし楽しかったけど、ある時虚しさと、ちょっと飽きた感じがしてすっかり見なくなりました。

これが最後の私のつぶやきです。超くだらねぇ…。

「発信」の本当の目的

そんな私がそもそも発信をする気になったのは、独立するにあたり必要だった…といえばそれまでですが、自分の中で「発信すること」の必要性が腹落ちできたキッカケがありました。それは、「灯台もと暮らし」を運営する鳥井さんのブログです。

ブログでは鳥井さんはこんな事を語られてます

目からウロコでした。
要するに私は発信した結果、何が得られるのかが曖昧だったわけです。なんなら「いいねだけ集めたってねぇ」くらい思ってたかもしれない。

視座を共有できる人というのは人生で一体何人出会えるんでしょう?でも、そういう仲間って人生において欠かせなくて、私はそんな人をずっと探してました。リアルな場での活動だけでは限界がある、だからもっと広く発信する。すごく当たり前で、すごく大事な事。

私は自分自身に嘘のないコトや価値を発信することに決めました。

視座の発信と繋がりを作るTwitter

ここから、まず私は発信先をfacebookかTwitterどちらにしようか検討しはじめました。faebookはわりと見ていたので、Twitterのタイムラインを整理し、新たにフォローする人を探し始めたのですが、すぐに「Twitterすごい!」となったわけです。

なにがすごいって
・世の中には素敵なことをやってる人が沢山いた
・その人達が自分の「視座の発信」をしまくっていた
・素敵な人は素敵な人と繋がってるので、さらに素敵な人を発見していける
・↑の3つがあるので、自分の思考を深めるのに超最適
・コメントつけてRTすると、素敵な人たちに自分の発信を見てもらえる
・いいねをもらえるとすごい幸せ→やる気になる
あたりです。最終的にはRTといいねの積み重ねで、視座の共有ができる人と何かを作れる可能性すら感じました。

Twitterユーザーからしたら当たり前の事かもしれないけど、4年ぶりの浦島太郎からしたら新発見と感動の日々なわけで!みんなこんな世界で生きてたのかよ…という気持ちです。

優しくて素敵な世界な気がしたnote

Twitterをやっていてさらに、気づいたのが
・140字短い。もうすこしまとめて書きたい
・素敵な人たちはみんなnoteやってる

という事です。noteは誕生した当時見ていてイマイチ活用できずにいた記憶で止まっているんですが…本当にみんな、noteに書いてるんですよ。

そんなタイミングのnote5周年。 #noteでよかったこと ハッシュタグをいくつか読みました。冷静に、noteはひとつの文化圏を築いていて、Twitter的なゆるいつながりが発生していそうだな、という感想もあったのですが

noteでいちばんのよかったことは、気が合う人に会えたこと。友達ができたこと。noteがあって本当によかったな。どうもありがとう。これからもよろしくおねがいします。

このコトバにグッと来てしまって、うーんもう始めよう!と思いました。
なんだか、noteってすごく優しい世界な気がしたんです。

まとめた文章を残す場としてnoteに決めた理由がファジーというか…ただの勘!というオチですが、この一連の体験を通して、ネットというのは本当にリアルでは作れない広さとスピードで人との繋がりを作れる場だと心から感じました(本当に今更)。

まじめに更新していこうと思いますので…みなさま、これからよろしくお願いします!

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