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笑ってはいけないオンライン授業

オンライン授業。そこは全員の顔面が並べられ、表情まで晒され、自分ですら自分の画面が確認できる地獄の空間だ。わたしは、この空間が耐えられない。どうしても耐えられない。教授は真面目に授業をし、生徒は真面目に先生の話を聞く。これはコントじゃないか。どう考えてもコントだ。生徒たちは、zoomのURLを押した瞬間にこの壮大なコントに一瞬にして巻き込まれる。いや、自らの脳内でコントを生み出す、と言ったほうが正確だろう。この画面の外側、つまりわたしたちの身体が存在していると自覚している世界では、なにも起きてはいない。ただ”せかいが在る”だけ。そう、わたしたちの解釈でこの講義という架空の幻想が創り出されているのだ。その違和感を、わたしは拭うことができない。その背後に、全ての人間の「生活」が同系列で存在しているのが感じ取れる事実に。

画面に無表情の人間がポコポコと現れる。全員知らない顔だ。何を思ってその顔をしているのだろう。zoomの怖いところは、現実ならば顔を見られれば視線で分かるものだが、カメラと目の位置がズレているので、人の顔をまじまじと見る/られることが可能なところだ。皆揃って外向きの表情をしている。わたしだってそうだ。こうして、授業が始まる。時は満ちていく。

さて。時間が経つと、ノートを取り始めると、だんだん人は体裁を崩し始める。気が緩み出す。そうなってくると、余計なことを考える余裕が生まれる。もういよいよわたしは集中できない。さっきまで大口を開けてお腹をかきながらポテトチップスを食べていた人間が、カチッとした身なりをして格式ばった話し方で講義をしている、のかもしれない。さっきまで布団でゴロゴロペットと猫撫で声で戯れていた人が、眼鏡をかけてがんばって1ミリも頭を動かさず真剣に画面を凝視し続けている、のかもしれない。さっきまで夜勤で朝方まで仕事をし疲れ果てていたが、授業を受けねば、とやっとのことでシャワーを浴び、息抜きに一服していたのだけれど、案外時間が過ぎるのが速くご飯を食べる時間がなくなり、全て切り上げて机に向かうもまだ一縷の望みにかけてバナナを手元に置いて今か今かと食べるタイミングを窺っている、のかもしれない。知らない。わたしは何も知らない。いや、バナナは見えた。だが、それらを教授は、生徒は、「わたしはそんなことは知りません」といった風にかわす。なんだそれ。全員気づいているけれどだれも何も言わない。なんなん。いや、わたしだけがそんなことに気づき余計なことを考えているだけなのかもしれない。みんなは何も思わないの?わたしがひとり気づいて面白くなっちゃってるだけ?ねえ、だれかこの違和感共有したいよ。でもだれも知らない。いや、逆だ、だれのことも知らないからこそ滑稽なのだ。画面に映れば映るほど、笑えてきてしまう。しんどい。死ぬほどしんどい。わたしは、授業が終わった瞬間にその緊張から解放され、トイレで三分ほど笑い転げた。限界だった。ごめんなさい。わかってるんです。わたしが悪い。これは絶対にわたしが悪い。わたしだって、きっといろんなこと思われてると思うから。ゆるして。

どうも〜