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エキザカム(誕生花ss)

 毎晩、耳元で囁かれる。どんな夢を見ていても途中から必ず同じ展開になり、目覚める寸前、決まって同じ言葉を。
「愛しています」
 相手は、最近夢に現れる美少女だ。くりっとした大きな瞳に長い睫毛、ほっそりとした手足に、幼げな表情。オレの理想を凝縮したような子だ……恥ずかしいことに。彼女は必ず夢に現れ、それまでのストーリーに綺麗に嵌る。怪物に追われる夢なら、逃げるオレを案内する小さな妖精に。犯人を追いかける刑事がオレなら、相棒の女刑事に。どんな夢でも必ずオレをサポートして、幸せな結末へ導いてくれる。そして、あの言葉を言うのだ。
 さすがにご都合主義が過ぎるので、夢のことは誰にも話せない。しかし、ここ一月ほど連続で同じ夢を見ているのは、やっぱり気になる。そんなに人恋しいわけでもないのに、何なのだろう。
 悶々としながら通学路を歩いていると、急に後ろから肩を叩かれた。思わず叫び声を上げながら振り向くと、そこには一月ほど海外に旅行していた幼馴染みが立っていた。
「よ、久しぶり。……ちょっと見ない間に、やつれたか?」
「久々なのに随分な挨拶だな。旅行はどうだったんだよ、お土産は?」
「ああ、お前にピッタリのブツを買ってきてやったぜ」
 言いながら幼馴染みが取り出したのは、蜘蛛の巣のような網目の飾り物だった。指でつまんでみると、風に吹かれてひらひらする。
「何これ」
「ドリームキャッチャーだよ。アメリカの何だかいう民族に伝わる悪夢除け」
「要らねえ……」
 驚いたことに、それ以外に土産は無く、オレは渋々それを受け取り、鞄にしまった。
 その夜も、彼女は現れた……ひどく歪な姿で。
 花のかんばせにはスポンジのような穴が無数に開き、綺麗な筈の手足は妙に引き延ばされて薄っぺらい。胴体はノイズが走るように絶えず不安定で、いつも鈴のように美しい声が、猿のような耳障りなものに変わってしまっていた。驚くオレの顔に噛み付くようにして、そいつは喚いた。
「おのれ……小賢しい真似を。なぜ気づいた」
 しかし、その鋭利な牙がオレに届くことはなく、夢は終わった。勢いよく身を起こしたオレの目の前に、眠る前に壁に掛けておいたドリームキャッチャーが揺れていた。


 10月20日分。花言葉「あなたの夢は美しい」「愛のささやき」「あなたを愛します」

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